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「あーあ、洋くんがパチンコでも麻雀でも勝たないからお金が……」
「ほんと、それ」
いつものように夜飯を三人で食べる際になって、宮瀬が恨みがましそうにぽつりと漏らした。今日の夜飯はピザに決定したが、谷原がおごってくれる様子を見せなかったので、今日の夜飯代は三人で割り勘になっていた。
谷原におごらせるつもりだった俺も宮瀬と同じ思いだったし、宮瀬に同調しておく。すると、谷原は『何言ってんだ』とでも言うように俺たちを見てきやがった。
「何で俺がいつも君たちに夕飯おごらないといけないの」
汚いキッチンから持ってきた皿を俺たち三人の前に並べて文句を言う谷原。宮瀬は皿が配られる前に既に今日の夜飯であるピザに手を伸ばしていた。
「え、洋くんが副業で儲かったら私らにおごるっていうルールじゃなかったっけ?」
「そうそう」
「そんなルールない!」
ピザを両手で持った宮瀬がへらへらと笑いながら言った。
「幸運をばらまかないとお前が不幸になるんだって。また事故りたくないだろ」
「……もう事故らないから大丈夫だし」
谷原の弱い反論に俺と宮瀬は二人して笑ってやる。
谷原には、何か良いことがあるとその次に必ず不幸がやってくるというジンクスがある。主にパチンコや麻雀で大勝ちしたときは、大抵それから近い日に事故る。この前なんて大勝ちした次の日に車と事故ったことがあって、バイト仲間で大分ネタになっていた時期があったほどだ。被害者だったり、加害者だったりと立場はその時によってばらばらだが、今までのところ被害者、加害者、被害者の順番できてるから、次は加害者だろうというのが俺たちの見解だ。
「次事故るんだったら加害者だね」
「うるさい」
宮瀬が嫌味な笑いをつけて言い、面白がって谷原の神経を逆なでする。谷原はぶすっとそれに答えて、ピザに手を伸ばした。俺もそれに続く形で箱の並べてあるピザを手に取る。これがいいと宮瀬がねだったピザは季節限定のもので、トマトベースのソースに生ハムやら何やらがのっていて、食欲をそそる。見れば、宮瀬の手にあるピザはもう半分ほどなくなっていた。
「うまうま」
顔をほころばせて宮瀬が嬉しそうにピザを頬張っている。正直、その姿はとても大学生には見えない。こいつは真面目にしてるときはそれなりに大学生っぽく見えるんだが、気抜いてるときは高校生と思われても仕方ない顔立ちだ。本人はそのことを言われすぎてもう何とも思わないらしいけど。
宮瀬につられて俺もピザを一口頬張る。
「ん。うまいな、これ」
「ねー。おいしい、おいしい。チーズがいっぱいのってて好き、これ」
そう言って、宮瀬は箱から新しいピザを取りだす。
食うのはえーな、と思っていると、テーブルの上にある携帯がブーブーと振動した。
「宮瀬のじゃない?」
誰のだ、と言うより早く、谷原が顎で携帯を指して言った。
「ほんとだ」
宮瀬も携帯の振動に気がついて、一旦ピザを皿に置き、ピザに付いてきたおしぼりで手を拭いてから携帯を手に取った。
「彼氏から? 今日来てからよく鳴ってるよね」
谷原の問いに宮瀬の顔が一瞬だけ陰るのが見えた。けど、すぐにそれを打ち消すようにへらっとした笑いを浮かべる。
「違うよー。あっちとは最近ぜんぜんメールも電話もしてないし」
宮瀬はさらっとひどいことを言って、携帯の画面に目を戻した。谷原はその言葉に苦笑を浮かべる。
あまり気付かれないようにしているけど、宮瀬は彼氏や留学関係の話題が出るのをひどく嫌がっている。今現在彼氏との関係が良好とは言えない状況でそれについて話したくないというのもあるし、その話題で自分の駄目になった留学のことも思い出すんだろう。基本的に宮瀬がその話題を嫌がるっていうこともその理由も、知っているのはバイト仲間と宮瀬の学校の友達一人だけぐらいだ。さっきの谷原のようなぽっと出の質問は、あいつも仕方ないと思ってるみたいで何も言わないけど、学校で彼氏の友達に普通に質問されるとどうしようもなく腹が立つらしい。そういう時は面倒だから、適当に返事してさっさとその人から離れる、と前に宮瀬は言っていたけど。
「そんなメールしてんの?」
その手の話をしないようにして宮瀬に問いかける。そういえば、俺が来てからもよくメールしてたな。人と連絡をあまり取り合わない宮瀬にしたら珍しいことだ。
「うん。昨日からのお友達」
「昨日からなんだ。珍しいね」
谷原が可笑しそうにつっこんだ。谷原も宮瀬の人見知り具合を知っているから、珍しさ半分面白さ半分ってところなんだろう。
「そうそう。昨日たまたましゃべってさ、何か仲良くなった」
「へえ。学校の子?」
谷原がテンポよく質問していく。こういうところが俺や宮瀬との違いだと常々思う。人見知りの俺たちは会話を続けようとは思わないし、できない。だから、基本的に『へえ』だけで会話が終わってしまうこともよくある。
俺の方は『昨日』というワードが少し気になっていた。昨日、といえば宮瀬が男と仲良くしゃべっていたときだ。このまま話を聞いておけば、昨日の話題が出るかもしれない。そう思って、目線だけは宮瀬の方を向けておいて、ピザで口をいっぱいにしておくことにした。
「んー、『子』っていう感じじゃないな」
「どういうこと、それ」
宮瀬の答えに谷原笑って言った。宮瀬は一度携帯から目を放し、首を傾げて少しの間迷っているような素振りを見せた。
「だってさ、相手、たぶん三十くらいいってるもん」
「え?」
今度は混乱する谷原。いや、谷原だけじゃなくて俺も混乱してるけど。
「そんな年上とメールしてんの?」
俺は食いかけのピザを皿に置いて、口をナプキンで拭きながら言う。
「んー、まあね。ま、見た目三十いってるようには見えないんだけど」
「へえ」
さすがの谷原も驚いて次の言葉が出てこないようだった。
それを見て宮瀬は『ははっ』と笑って、再び携帯に目を戻す。
「それってさ、昨日カフェに一緒にいた人?」