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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 14. 不純な純情
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携帯を持ちながら、溜め息をつきそうになるのをぐっと堪える。



『なんで、別れるとか言うんだよ』

「今言ったじゃん。違う人に誘われて、デート行ったって」



ソファに座りながら、投げやりに答える。

携帯で今どこにいるか分からない彼氏と話を続けながら、部屋のカレンダーを見やる。電話の向こうからは、楽しげな会話が聞こえてきた。会話はもちろん英語なんだけど、嬉しいのか腹立たしいのか、その会話を全部理解してしまう自分がいた。

心の中で溜め息をついて、カレンダーの日を数える。永井さんのところから離れて、二日経っていた。今日は水曜日で、バイトが終わってから、家で彼氏に電話を掛けた。もちろん、別れ話をするために。予想通りというか、彼氏は別れることに反対した。永井さんと一緒になったとは、言っていない。けれど、私はちゃんと真実に近いことも言っていて、それでも別れたくないという彼氏が正直分からない。



『俺も言ったじゃん。女の子に、いきなりキスされたって。それでも、春希とは別れたくないから、断ったんだよ』



このやり取りが、かれこれ一時間は続いている。

私が知り合い――永井さんと出掛けたことを言うと、彼氏はなぜか現地で知り合った日本人の女の子にキスをされたことがあると言い出して、二人がおあいこだからまだ続けたいと言ってきた。意味が分からない。



『春希が俺のこと嫌いになったんじゃないなら、別れたくないよ』



好きか嫌いかで聞かれたら、たぶん、もう彼氏のことは好きじゃないんだろう。それでも、そうやってはっきりと言えない自分がいて、永井さんとのことを引っ張ってきて、別れる理由にしようとしている。最悪だ。本当に。



『ごめん、みんな呼んでるから』



そう言って、私が何も言わないうちに、電話を切った。

自分も携帯の切ボタンを押して、大きく溜め息をついた。結局、これは別れられなかったということだろう。

永井さんがいるからとか、そういうことではなく、単にもう彼氏との関係を終わらせたかった。これ以上続けても何の意味もないだろうし、連絡も取り合っていないのに、付き合ってるともいえないだろう。彼氏が留学から帰ってきてずるずると関係を続けるより、ここで終わらせておいた方がずっといい気がしていた。それをはっきりとは言えなくて、永井さんとのことを引っ張り出したんだ。

永井さんが好きなのか。それもよく分からなかった。それでも、永井さんを受け入れた。

本当は、土曜日に、行くかどうかを直前まで迷っていた。先週のバイトで、行こうかどうしようかと、古賀さんに相談しようかとも思っていた。その度に、古賀さんに聞かされた『美香ちゃんと付き合うことにした』ということが思い出されて、結局聞けずじまいだった。そのまま、事後報告のような形になって、バイトが終わった今日、永井さんとのことを古賀さんに話した。



***





「永井さんに誘われた?」



バイトが終わって、お互いがいつもの場所に着いたところで、永井さんに誘われたことを話すと、古賀さんが驚いたように私を見てきた。



「で、行ったの?」

「……うん」



私が頷くと、古賀さんは何とも言えないような表情をして、小さく溜め息をつき、私から顔を逸らせた。



「何で今言った?」



私から顔を逸らせたまま、古賀さんが問いかける。



「言おうと思ってたんだけど、ほら、美香ちゃんとのことがあったし」

「ああ……」



美香ちゃんの名前を出すと、古賀さんは今思い出したように呟いて、また小さく溜め息をついた。



「別に、言えばよかったのに」

「そうもいかないでしょ」



苦笑しながら言えば、古賀さんも分かっているのか、小さく息をついただけで、何も言わなかった。



「……どうすんの?」



顔を私の方に戻し、古賀さんが言った。私は苦笑いを漏らしたまま、肩をすくめる。



「別れるよ。もう、一緒にいても意味ないもん」



そう思っていたのは前々からで、永井さんとのことがあって、その考えが強くなった。



「そうじゃなくて、永井さんと」



そんなことは分かっているという風にして、古賀さんが言った。その質問にも、苦笑を漏らすしかない。



「分かんないんだ。一緒にいたいのか、いたくないのか。永井さんは別れるって言ってたけど、不倫だもんね。私のしたことって」

「そのことは、お前に責任ないだろ。誘ったのは、永井さんなんだから」

「……悪いって言ってくれた方が、だいぶ楽なんだけどね」



私の言葉に、古賀さんが少し怒ったような顔つきになる。



「人から悪いって言われて決めるんじゃなくて、自分がどうしたいかで決めろ。そうでないと、永井さんだって納得しない。あの人は、本当にお前のことが好きだって言ったんだろ」

「……ごめん」



真剣に言われて、小さく謝る。そんな私を見て、古賀さんの顔も少し柔らかくなった。



「お前のしたいようにすればいい。どんな結果になっても、俺はお前の味方だから」



古賀さんの言葉は、上辺だけのものじゃなくて、本当にそう思っているようなものだった。いつだって味方でいてくれる古賀さんに、その時はどうしようもなく申し訳なくなって、小さく頷くことしかできなかった。



「美香ちゃんとのことは気にしなくていいから、何かあったら、いつでも言え」



帰り際に古賀さんがそう言った。私はそれに頷いたけど、古賀さんも私も、それが本当にそうなるとは思っていなかっただろう。美香ちゃんと古賀さんが付き合っているという事実が、二人の今までの関係を変化させているということに、二人とも気付かないようにしていた。



***




今日の古賀さんとのやり取りを思い出して、また溜め息をついた。

古賀さんは、私の味方でいてくれると言った。けど、それは、私と彼氏が別れるという前提でだ。結局私と彼氏が別れていないと知ったら、いくら古賀さんでも、私を軽蔑するような気がした。それに、私は耐えられるんだろうか。こんな曖昧なまま永井さんと一緒にいることにして、それを古賀さんに言えるんだろうか。誰に何と言われてもいい。勝手だとか、卑怯だとか言われてもいい。でも、古賀さんには味方でいてほしかった。古賀さんがいなくなったら、私は、きっと耐えられない。

永井さんと一緒にいるのは止めよう。こんな風に、よく分からない感情を持ったまま、永井さんといることはできない。あの人はすぐに分かってしまうから。私が何を考えているかを。

携帯をソファに放って、そうすることに決めた。あとは、それを言うだけだ。大丈夫だと思って、濡れていた髪を乾かそうとソファを下りる。鏡を手にとって、それを見たときに、よれたTシャツから首元に赤い痕があるのが見えた。



『春希、』



私の名前を呼ぶ、永井さんのことを思い出した。初めは切羽詰まったように、次には優しい声で、最後は全部の気持ちをぶつけるように、私の名前を呼んだ。その声のまま、私を抱きしめていた。何度も何度も私の名前を呼んで、キスをして、触れ合って。

嫌いじゃない。永井さんのことは。どうでも良かったら、こんなこと思い出さない。だから、嫌だった。永井さんを嫌いだと思って、彼氏となあなあに続けられたら、どれだけ良いか。

彼氏と続けるのは、完全に惰性だ。一年付き合って、今は恋人らしいことをしていないけど、なあなあに続けている惰性。それにプラスして、自分も似たことがあったからおあいこだと言われ、続けようとほだされた結果。

彼氏と続けるなら、永井さんとは一緒にいられない。それをしてしまったら、私は古賀さんを失くしてしまう。


最低だ。私は。永井さんとのことなのに、何一つ、永井さんのことを考えられていない。本当に、永井さんはどうして私なんだろう。どうして、永井さんと繋がりを持ったんだろう。あれがなければ、もう少し楽だったのに。

ばかみたいなことを考えて、Tシャツで首元を隠した。






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