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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 13. どうしたって変われない
37/111



土曜日、朝から会場入りして、他の出席者の発表を聞いた。自身の発表もそれなりにいって、昼に行われた昼食会でも何人かの教授と挨拶を交わした。

朝起きると、村瀬は案の定駄々をこねて、なかなか起きようとはしなかった。そこで、村瀬の携帯を勝手に拝借し、アドレス帳の中からマネージャーに連絡をして引き取りにきてもらった。


学会が終わってホテルに戻った時間は、5時頃だった。彼女からの連絡は、ない。



「何か伝言があったりしませんか?」



ホテルのロビーでそう尋ね、自分の部屋番号と名前を告げる。フロントからは、何も入っていないと返された。



「もし、あった場合は、お部屋にお繋ぎしましょうか?」



フロントがそう聞いてくるのを、少しの間考える。



「いや、いいです。ありがとうございます」



フロントに礼を行って、自分の部屋へと戻った。

部屋に戻って、鞄を適当にソファに放る。整えられたベッドに座り、そのまま仰向けに倒れ込んだ。片腕を額に置き、反対の手で携帯をズボンのポケットから引っ張り出して、受信や着信が入っていないか確認する。受信も着信も入っていなかった。



『来たらどうすんの?』



携帯を横に置いて、昨日の村瀬の言葉を思い出す。

彼女が来たら、どうするつもりなのか。それは自分でもよく分かっていなかった。ただ、来れば何かが変わるだろうとは思っている。彼女が来なければ、もう彼女に近付く気はなかった。もう少しで今期も終わる。それで、彼女との繋がりもなくなる。だから、今日が彼女との繋がりを続けるかどうかの、分かれ目の日だった。

ぼんやり彼女のことを考えていると、段々と瞼が下がってくる。昨日あれだけ飲んで、朝が早かったんだから、眠くなっても当然か。そう思いながら、それに逆らうことなく、意識を落とした。



どれだけの時間が経ってからか、ゆっくりと意識が戻る。閉じていた目を開けて、数回瞬きする。横においてあった携帯を手探りで取り、時間を確認した。時計は6時を過ぎていた。一時間程眠っていたみたいだ。枕もしないでそのまま寝たからか、何だか頭が痛い気がした。目が覚めてるような覚めてないような感じで、このままベッドで横になっていたいような気もした。それでも、少しの間だけそのままの体勢でぼーっとすると、頭もはっきりしてきて、ゆっくりと起き上った。喉に渇きを覚えて、そういえばこの階に自販機があったなと思い、買いに行くことにする。ソファに放り投げた鞄から財布を取り出して、カードキーを手に廊下へと出た。

少し歩いたところにある自販機コーナーでミネラルウォーターを買い、その場で少し飲む。水分を取ったことで、目が完全に覚めた。財布をズボンのポケットに入れ、部屋に戻ろうと自販機コーナーを後にする。

部屋に向かって廊下を歩いていくと、どこかの部屋の前に人が立っているのが見えた。目で部屋の数を数えて、それが自分の部屋だと分かる。立っているのは、彼女だった。

思わず足を止めてしまう。彼女は少し前に来たのか、部屋のドアをしばらく見た後、こちらに立っている俺には気付かずに、反対方向へと身体を向けて歩きだした。それを見て、ようやく足が動く。大股で走るようにして彼女の方に向かい、俺の部屋を少し過ぎたところで、彼女の腕を掴んで引きとめた。



「あ、」



腕を掴まれて、彼女は驚いたようにこちらを向く。掴んだのが俺だと分かると、戸惑いながらも、俺を見上げてきた。



「ごめん。水、買いにいってた」



少し息を切らせて言えば、彼女は小さく笑う。そんな彼女を見て、自分の余裕がなくなったのが分かった。

彼女の腕を引っ張って、過ぎた自分の部屋へと向かう。後ろから彼女の何か言う声が聞こえたが、それは無視して歩を進める。

部屋の前まで来て、ポケットからカードキーを取り出し、ドアを開けた。彼女を中に引き入れ、ドアが閉まるか閉まらないかの内に、彼女を壁に押し付けて唇を奪う。持っていたペットボトルやカードキーは、床に落とした。

両手で彼女の頬を包み、強引なくらいに、何度も唇を合わせた。片手を彼女の身体に滑らせて、途中で彼女が持つ鞄を掴んで床に落とす。そのまま、その手で彼女の腰に手を回し、身体を引きよせた。宙をさまよっていた彼女の手が俺の身体に触れ、身を任すように手を肩や腰に回される。

そのままの状態で、何度も唇を合わせ、彼女に触れた。合わせた唇はそのままで、頬や腰から手を離し、彼女が着ているコートに手を掛けた。意図していることが分かったのか、彼女も一旦俺の身体から手を離す。離れた腕を通してコートを床に落とし、また彼女の腰を抱いた。

何が、『自分でもよく分かっていない』だ。どうするかなんて考えられるほど、冷静でもないくせに。初めから、彼女を求めて、欲しいと思っていた。

一度彼女から離れて、また腕を掴んで部屋の奥へと入る。彼女の顔を見ないまま、彼女をベッドに押し倒した。それから、一度だけ唇に触れて、ゆっくりと顔を離して彼女を見る。そこに、戸惑いがあったら、止めるつもりだった。けれど、そこにある彼女の表情は、きっと、今の俺と同じであろうものだった。求めて、欲しがって、止まらないような。



「……みっともない……」

「え?」



彼女を見下ろして、自嘲する。下にいる彼女が、聞き返してくる。



「こんなにも、余裕ないなんて」



片手で彼女の頬に触れながら言えば、彼女はそれに自分の手を重ねてくる。



「余裕、ないよ。私だって。あれだけ言ってたのに、結局、来たもん」

「来なかったらどうしようって、少しだけ思ってた」



少しだけ、嘘をついた。本当は、来なかったらと『かなり』思っていた。でも、それは言いたくない。

けど、彼女はそれを分かっているかのように、俺を見上げて、小さく笑った。



「永井さんの嘘って、けっこうすぐ分かる」

「……分からない振りして」



そう言うと、彼女は「無理」と言って、また笑う。俺もそれに笑い返して、顔を近づけた。今度は、ゆっくりと、彼女の唇に触れる。角度を変えて、何度も、何度も。もう、止まらなかった。



***





腕の上で、彼女が離れていくような気がして、反対の手を彼女の腰に回した。



「……何してるの?」



目を開けながら尋ねると、彼女はこちらを向いて、困ったような顔をしていた。浮かしかけた身体をもう一度ベッドに沈めて、首をかしげる。



「帰ろうと思って。今ならまだ電車あるから」



その言葉を聞いて、眉間にしわが寄るのが自分でも分かった。



「泊まっていけばいいよ」



そう言っても、彼女はまだ困った顔をする。



「今から起きて君のこと送る気力ないから、泊まって」



そう言いながら、彼女を抱きよせる。何も纏っていない柔らかな彼女の身体が、俺の身体と寄り添う。



「……お腹すいた」



俺の言葉に答える代わりに、彼女はそう口にした。



「確かに。それはあるね」



首だけ動かして、サイドテーブルに付属しているデジタル時計を確認する。9時を少し過ぎていた。昼から何も食べてないんだから、お腹がへって当然か。



「外か中、どっちがいい?」



すぐそばにいる彼女を見下ろして聞くと、彼女はまたしても困ったような顔をした。



「服買いたいよ」

「ああ。じゃあ、外で食べようか」



帰ると言っていたくらいだから、泊まる用意なんて持ってきてるわけもないか。彼女の言葉にそう思い当たって、外で食べることにする。



「疲れてない?」

「……疲れてはないけど、」

「けど?」



「そういうことは聞かないでほしいなあ」と言って、彼女は上半身を起こす。その顔は、おかしそうに笑っていた。背中だけが、露わになっていた。



「そう? 無理させたかなって思っただけなんだけど」

「思うんだったら、止めたらよかったじゃん」



そう言って、彼女はまた笑う。起き上った彼女の腰を引きよせて、もう一度ベッドに倒した。彼女が驚いたように声をあげる。



「止められたらいいんだけどね」



言いながら、片手を彼女の頬に滑らせ、口付ける。



「ご飯、行く?」

「……その手には乗らない」



ゆっくりと口付けた後、ほんの少しだけ顔を離して尋ねると、彼女はぐいっと俺の身体を押した。



「その手ってなに」



押された身体を素直に元に戻して、彼女に問いかけた。彼女はまた起き上って、俺の方を見てくる。



「永井さんの嘘なんかすぐ分かるんだから、知らない振りしても無駄だよー」



彼女はふざけるようにそう言って、きょろきょろと自分の服を探し始めた。



「嘘って分かってても、乗ってくれたらいいじゃない」

「やーだ。ほら、早くご飯行こう」



彼女に腕を引っ張られ、俺も身体を起こす。手近にあったシャツを彼女の顔に掛けて、自分はベッドから抜け出た。彼女がシャツを外す前に下着とズボンだけ身につけて、バスルームに向かう。

その途中で、彼女の下着を放ってやると、珍しく彼女が恥ずかしがっていた。






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