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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 2. 混在した意識とその原因
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最近、よく思うことがある。この変な関係はいつまで続くんだろう。谷原さん、古賀さん、私の三人で遊ぶこの関係は。彼氏が留学から帰ってくるまでだろうか。

べつに三人で遊ぶことが嫌なわけではない。むしろこの三人、というよりバイトの人と遊ぶのは楽しいから好きだ。ただ、この関係を学校の友達に話すと、ほとんどが奇異な目で私を見てくる。『彼氏がいるのに他の男の人と?』。はっきりとは言われなかったけど、友達の目はそう言っているようだった。

幸か不幸か、私が今の塾にバイトとして入ったころは、ベテランの女の講師が二人と私より数か月早く入った女の講師が二人いるだけで、全体的に男の講師が多かったのだ。しかし、ベテランが卒業するより早く、二人の女講師はバイトを辞めてしまい、残ったベテランも大学卒業と同時に辞めてしまった。

今でこそ、何人か女の講師も増え、飲み会を通しての交流も出来たけど、それまでは私しか女の講師がいなかった。必然、私は男の講師との交流しかできず、また二人の兄を持っているだけにその中での溶け込みも早かった。


彼氏が留学に行く前は、バイト帰りにたまにご飯を一緒に食べるだけの関係だったのが、いつの間にか一緒に遊んだりするようになっていた。一緒に遊ぶようになったのは、彼氏が留学に行った夏休み終了目前に、古賀さんが誘ってくれたのが始まりだ。

それまでにも、古賀さんにはバイトからの帰り道で、はたまたメールで、それはもうたくさんの愚痴を聞いてもらっていたのだが、あの誘いを境に一段とバイト仲間との繋がりが多くなった。特にこの二人、もしくは古賀さんとの繋がりが。

一度、バイトの人と遊ぶことを理由に留学中の彼氏からの電話を断ったら、彼氏がひどく不機嫌になった。それより前の、バイト帰りのご飯も彼氏的にはあり得ないことらしく、一緒に遊ぶなんてひどいとまで言われた。何だってそこまで言われなきゃいけないのか。じゃあ、勝手に留学して勝手に『さみしい』とか言うのはひどくないのか。そんなことも古賀さんに愚痴っていた。


何で古賀さんにばかり愚痴を言うのか、と仲の良い、そして奇異な目で私を見ない友達に一度聞かれたことがある。そのときは曖昧に『何でかなあ。やっぱり年上だからじゃない』と言っておいたけど、本当はちゃんと分かっている。

古賀さんなら、私の欲しい言葉をくれるからだ。留学のことで彼氏や学校側と揉めたときも『がんばってるのは知ってる』と言ってくれた。同じような愚痴を繰り返す私に『留学するって決めたのはあっちなんだから、彼氏が何か言ったり決めたりする権利はないんじゃない』とも言ってくれた。『一人はいやだ』と言った私に誘いをくれた。ただの甘えだとは分かっていたけど、誰かにそう言ってほしかった。私しか知らない古賀さんに愚痴を言うことで、全面的に私に味方をしてくれる誰かが欲しかった。私はひきょう者だ。

私の中の彼氏の存在が曖昧すぎて、どうしたらいいか分からない。別れたほうがいいのか、続けたほうがいいのか。分かっていることは、私がバイトの人たちに、古賀さんに、依存しているということだ。



「君って女性は、なんて勝手なんだ!」



後ろからそんな言葉が聞こえて、身体がぎくりと反応する。振り返れば、テレビの中のレムスが主役の女優に向かって文句を言っているところだった。女優も、負けじと言い返している。なんだ、テレビだ。しかも、私の好きなシーンの一つじゃないか。

ほっとすると同時に、古賀さんはテレビに反応したのか何かうめきながら身体を少し動かした。顔を古賀さんに戻してみるけれど、古賀さんは起きる様子もなく、布団を手放すこともない。動いた拍子に、本人が少し伸びてきたと文句を言っていた前髪が目にかかった。私自身がそうなると気になって眠れないので、前髪をどかしてあげようと身体を動かして手を伸ばした。

そっと、気づかれることなく、前髪をどかすことができた。

ただ、そうしたことで古賀さんとの距離がぐっと縮まった。すぐ隣に肘をついて見下ろしてるのに、まったく気がつかない。ある意味すごいと思う。元の位置に身体を戻して、ベッドに腕を置いて、その上に顎を乗せて古賀さんを見る。



「ごめんね」



いろんな意味を込めて、謝った。

なんとなくだけど、古賀さんが私のことを心配してくれてるのは分かる。それで、私のことを気にかけてくれてることも。二人とも、どことなく似ている部分があるのを、最近になって思うようになった。どこが、と聞かれても分からないけど、なんとなくそう思う。



「ごめん」



愚痴ばかり聞かせて。甘えて。味方にしかなれない状況作って。依存して。

『ごめん』と、もう一度声に出そうとして、止めた。古賀さんがまた何かうめいて、今度はゆっくりと目を開きだした。



「……みやせ?」



寝起きだからか、目を細めて、少しかすれた声で名前を呼ぶ古賀さん。



「おはよう」

「……ん……ああ」



ゆっくりと、緩慢な動きで身体を起こしてベッドに肘をついて、右手で髪がはねてないか頭を触る。私は動くことはせずに同じ体勢のまま、古賀さんを見上げる。



「……あれ、谷原は?」



たぶんまだ頭がはっきりと回らないのか、古賀さんは谷原さんがいないことに気づくのに数秒かかった。



「洋くんは例の田川くんに呼び出されてコンビニまで。ついでにご飯買ってくるって。お金は後で請求するらしいよ」



簡潔にさっきの状況を報告すると、古賀さんは少しの間考えるように私から視線を外し、そして「あっ」と声を漏らした。



「そうだ。あいつにおごるって言ったんだ」



自分で言ったことを既に後悔する古賀さん。着ていたシャツの第一ボタンを開けて、寝ている間にずれたカーディガンを正す。



「ま、いいか。知らんふりしとこ」

「さすがに気づくでしょ」

「俺が気づいてなかったらオッケー」

「意味わかんない」



ジャイアン的な発言に思わず笑ってしまう。古賀さんもおかしそうに私と一緒になって笑う。この感じが好きだ。これが私をさらに依存させる。



「これ、何観てんの?」



テレビを指差して古賀さんが尋ねてきた。確かに、これは古賀さんの射程圏外な映画だろう。古賀さんにべったべたのラブストーリーは想像できない。



「『ニューヨークの騎士~ナイト~』。めっちゃラブコメ。でも変えちゃだめだからね」

「えー」



案の定文句を垂れる古賀さんだったけど、テレビを観て、また「あっ」と声を上げた。



「この男の方知ってる」

「そりゃあ、まあ、有名だし」

「前にテレビで見た。今度新しいのに出るだろ」

「うん。あ、下にまたテロップ出るよ」



片腕はまだベッドの上に置いたまま、私は画面下に流れ出るテロップを指差した。古賀さんは肘をついた姿勢のまま、少し前のめりになってテロップを読もうとした。



「彼とあなた、なんだかんだ言って似てると思うわ」



映画のセリフに、またしても身体が反応してしまった。今度は、主演女優の友人役の女優のセリフだ。彼女は主役の女性とは違い、結婚して子供もいる設定だ。



「どこがって言われてもはっきりとは分からないけど……。そうね。不器用で、周りに合わせる気がなくて、相手のことだけは何となく分かってる」



古賀さんも、私も動かなかった。古賀さんは、まだテロップを読んでるからだろうけど。

私はさきほどのように映画のセリフと分かって、気が抜けるような感じがした。この映画って、こんなに緊張するようなものだったっけ。

テレビでは主役の女優が友人の言葉に『ないない』と首を振っている。



「行くか」

「……は?」



テロップを読んでいた古賀さんが出し抜けに言いだした。何のことか分からず、顔を古賀さんに戻す。古賀さんはいつの間にかテレビから目を放し、肘をついたまま私の方を見ていた。



「新しいの」

「映画?」

「うん」

「べったべたのラブストーリーだよ、たぶん」

「まあ、べつにいいんじゃね。お前は、そういうの好きだろ」



肩をすくめ、なんでもない風にして古賀さんが言った。

いつもこうやって、古賀さんは助けてくれる。古賀さん自身が、私を古賀さんに依存させるんだ。



「まあ、うん」

「ん」



私のよく分からない返事を了解と取って、古賀さんはテレビに視線を戻した。私もそれ以上何も言わず、ベッドに置いた片腕に頭を乗せて、テレビを観ることにした。



「谷原、飯なに買ってくるって言ってた?」

「何も言ってなかった」

「また餃子は嫌だよ、俺」

「普通に買ってきそうだけどね」

「また餃子だったら、金出さないでおこう」

「勝手」



笑って言えば、古賀さんもこっちを見て笑っていた。

古賀さんとは、こんな雰囲気がいつも作り出される。作ろうとしなくても、自然にこうなっている。こんな風に話すのが、やっぱり好きだ。

友達に何と言われても、この感じは壊したくない。勝手だと言われても、味方になってくれる人を、私は手放すことが出来ない。きっと、いつまでも依存してしまうだろう。



この変な関係に、終わりが来なければいいのに。


そう思うのはきっと、古賀さんが優しすぎるからだ。






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