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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 8. 芽生えた何か
28/111

    2



ナースによってカーテンが開けられたのを確認し、彼女のところに戻る。



「友達、大丈夫だった?」

「うん」



彼女はそう言ってから、俺の方を睨むようにして見てきた。



「なに?」

「何であんなこと言ったの」

「あんなこと?」



彼女の言っている意味が分からず、首をひねるも、すぐに何のことか分かって「ああ」と返す。



「だって、君は一人暮らしで、家に誰もいないって知ってるから」

「だとしても、冗談でもあんなこと言わないでよ」



びっくりする、と続けて、彼女は息をついた。

俺としては、別に冗談のつもりもなかったんだが。もし彼女の友達が駄目だったら、彼女のそばにいるつもりだった。けど、今それを言ってしまっては彼女の機嫌を損ねることも分かっていたので、何も言わないで黙っておく。

彼女の腕からは点滴も外されていて、顔にあったガーゼも小さいものに変わっている。それでも、長時間点滴の針が通っていた部分に違和感を感じるのか、彼女は針が刺さっていたところを服の上から撫でている。

しばらくすると、ナースの人が彼女のコートを持ってきてくれた。何やら透明の袋に入れて。それを見た彼女の顔が引きつる。



「破れたりはしてないと思うんだけど、やっぱりだいぶ汚れてるし、擦り傷が入ってるかも。でも、これがあったから怪我しなくて済んだんだけどね」



ナースが袋からコートを取り出して彼女に渡しながら言う。彼女もコートのおかげという部分は分かっているらしく、「そうですね」と小さな声で同意していた。彼女は渡されたコートを広げて、苦笑いをして「あー」とうなった。

彼女のコートは黒地だけど、コンクリートに転がったせいで、その部分が白く汚れている。何箇所か、擦ったような傷らしきものも見えた。お気に入りらしかったから、けっこうショックなんだろう。



「クリーニング出せば直るかな」

「まあ、黒色だから目立たなくはなるんじゃない?」



俺の言葉を聞いても彼女はショックなようで、へこんだままナースの人が持ってきた書類にサインをした。

ようやく帰宅準備が整って、彼女がコートを着ようと再びそれを広げた。俺はそれを制して、自分のコートを彼女に渡す。彼女のコートはナースが持ってきた透明の袋に入れなおした。



「え、なに?」

「俺の着てていいよ」

「でも、永井さんが寒いじゃん」

「今の君よりも健康体だから心配しないで」



そう言って、彼女にベッドから下りるよう促す。彼女はもう何も言っても無駄だと思ったのか、素直に俺のコートを羽織る。俺と反対側に立っているナースの人は、既に車いすを準備していた。彼女はそれに難色を示すものの、ふらつくことは自覚してるようなので、大人しくナースの人が持つ車いすに座った。俺は彼女の鞄や自分の鞄なんかを持って、その隣に並ぶ。

車いすを押されながらの彼女と一緒に病院の入り口まで向かう。ロビーに出ると、人がまばらにいるだけで、特に大勢いるわけでもなかった。ナースの人はここで待つように言うと、カウンターの一つに向かっていった。



「車回してくるから待ってて」



その間に車を正面まで持ってこようと思い、彼女にそのことを告げると、彼女はきょとんとしたように俺を見上げてきた。



「あ、送ってくれるんだ」

「どうやって帰るつもりだったの。すぐ戻るから、待ってるんだよ」



彼女の発言に呆れながら、俺は病院の外へと出た。そのまま急いで自分の車に戻り、それを病院の正面入り口に着ける。彼女とナースの人は、入り口の外で待っていた。俺は彼女が乗る助手席のドアを開けに一旦車の外に出る。



「やっと帰れる」



車が到着すると、彼女は帰れることが嬉しいのか、その嬉しさのまま勢いよく車いすから立ち上がる。だが、当たり前だけど、一応事故に遭った身体はそれを受け入れるわけもなく、彼女は勢いに負けてふらついて倒れそうになった。



「ちょっ、」



彼女のところまであと数歩というところまで来ていた俺は、そんな彼女を見て慌てて駆け寄る。彼女が倒れそうになるのを抱きしめるような形で受け止めて、ほっと息をつく。見れば、ナースの人も助けようとして動き出そうとしていた。



「まだ万全じゃないんだから、気をつけて」

「ごめん」



腕の中にいる彼女にそう言うと、彼女は苦笑しながら謝った。彼女がしっかりと立つと、ナースの人が鬼の形相ともいえる顔で、彼女に注意をしだす。彼女はその勢いに負かされて、数歩後ろに下がった。ナースの人の怒りが収まると、彼女はナースに謝り、車に乗り込んだ。俺もナースに会釈をしてから、運転席に回って車に乗る。

開けた窓から彼女がナースの人に手を振り、俺は車を発進させた。



「薬、もらったの?」

「うん」



彼女が手に持っている袋の中身を見ながら頷いた。俺が鞄が後ろにあることを伝えると、彼女は手を伸ばして鞄を取る。



「さて、家どこか教えてくださいね」



彼女の案内で彼女のマンションまで送ったが、その場所は少し入り組んでいて、確かに彼女が以前言っていたように『説明するの面倒』という場所だった。

マンションに着くと、彼女は鞄と袋に入ったコートを持ってさっさと中に入っていく。どうせ入っても何もできることはないし、俺はそのままマンションの前で待つことにした。

十分ほどで彼女が小さなボストンバッグを持って戻ってきて、また助手席に座る。俺は彼女が扉を閉めるのを見て、車を再びスタートさせた。彼女の案内で、今度は彼女の友達の家に向かう。



「今日、ごめんね。授業行けなくて」



彼女のマンションの近くにある信号で止まっていると、彼女がそう言ってきた、



「事故だったんだから、それくらいいいよ。診断書も出してくれたら、欠席にはならないし」

「うん。あと、来てくれてありがと」

「どういたしまして。病院って聞いた時は焦ったけど、意外に元気そうで安心した」



そう言えば、彼女は自分も元気でびっくりしてると笑った。俺もそれにつられて笑う。信号が変わったので、車を進めた。



「何より、避けられてるわけじゃないみたいだから、良かったよ」

「え?」



俺の言葉に彼女がこちらを見た。俺は運転しているから、前を見たままでいる。



「用事とはいえ先週は当日にキャンセルされるし、メールもあんまりこの間のことは話したくないみたいだったから」

「ああ……」

「それで今日来てみたら君はいないし。避けられてるかなって思っても仕方ないでしょ?」

「避けてないよ」



最後は彼女を見ながら問いかける。彼女は小さく笑って俺の言葉を否定した。



「避けてないけど、どうやって話したらいいか分かんなくなって。だから、あんまりその話にならないようにした」

「普通に、思ったまま話してくれていいよ。君がそうしたいなら」



もう一度前を見てそう言うと、彼女からは困ったように笑う声が聞こえた。それから、椅子に深く座りなおす音がする。



「それじゃあ、永井さんがただの都合のいい人になっちゃうよ」

「あんまり気にないけど」

「そうだろうけど、私が気にする」

「でも、相談相手には言うんでしょ?」



その言葉には少しの間があった。再び信号で止まって、彼女を見ると、彼女が本当に困った顔をしているのが目に入った。彼女は俺の視線に気付いて、曖昧に笑ってみせる。それから、小さな声で「まあね」と答えた。



「だったら、俺もおんなじように考えてもらっていいよ。前にも言ったけど、君が話して楽になるんだったら、いつでも聞くから」

「覚えてるけど、今はちょっとよく分かんなくなってきてるから、少し整理させて」

「どうぞ」



彼女の言葉に頷くと、彼女は小さく息をついて、窓の外に目をやった。

それから五分程度で彼女の友達の家に着き、止まった車の中で彼女がコートを返そうとそれを脱ぎだす。



「持ってていいよ。クリーニングから返ってくるまで、コート使えないでしょ」

「え、でも、持ってたら変に思われるし。永井さんも困るでしょ?」

「誰も俺のだなんて気付かないよ。それに、家にまだあるから」



彼女の言っている『困る』が万里子に関することだとは分かっていたけど、それには答えずに、彼女にコートをそのまま持たせる。彼女はそれを了承し、お礼と共に車を下りた。助手席側の窓を開けてやると、彼女が中を覗き込んでくる。



「今日は、ありがとうね」

「気にしないで。来週一週間はゆっくりしてるんだよ」

「はーい」



彼女は笑って手を振り、向きを変えようとした。そんな彼女を呼び止めて、もう一度彼女と開かれた窓を通して向き合った。



「俺も、君の味方だから。だから、何言ってくれても大丈夫だよ」

「……うん。ありがとう」



俺の言葉に、彼女は少し目を開いて驚いた。そして、少ししたあと戸惑いながらも頷く。俺はそれに微笑み、彼女にもう行くよう促した。彼女は今度こそ車に背を向け、友達のマンションの入り口へと入っていく。

それを見届けてから、車のアクセルを踏んだ。


車を走らせながら、彼女の言葉を思い返した。彼女は、よく分からなくなってきていると言っていた。それは、たぶん、俺のせいでもある。けど、彼女がそれを口にしたっていうことは、少なからずそれを理解していて、俺にその答えを求めているような気もする。

彼女が求めているものは、話を聞いてくれる人というよりも、味方になってくれる人なんだろう。だったら、そうなればいい。元からそのつもりだったけど、はっきりと口にしたのは今日が最初だ。これで、彼女が少しでも俺を頼ってくれればいいと思う。

家に続く道を車で走りながら、薬指に光るものを目に止める。これは、確かに彼女のストッパーになっている。けど、俺にしてみれば、こんなものよりも、古賀という彼の方がよほど大きなストッパーになっている。


彼は、当分何も起こすつもりがないようだ。なら、俺にはそのストッパーを壊すチャンスがある。

たとえ、彼が何かを起こそうと思っても、自分に止まるつもりはないんだけど。







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