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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 8. 芽生えた何か
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side N 1



金曜日、俺がいつものように教室のドアを開けると、珍しいことに彼女がまだ来ていなかった。彼女の友達はいつもと同じように座っているが、彼女の姿はない。

避けられてるかな、と少し思った。

先週の金曜日、彼女と居酒屋で偶然遭遇したときの話を聞かせてもらう予定だったが、彼女から友達と遊ぶことになったと断られていた。メールもそれなりに交わしているが、何となくあの時のことを話さないようにしている感じだ。そして、今日である。少しは、そう思っても仕方ない。

そんなことを考えても授業はやらないといけないので、そのうち彼女もやって来るだろうと思い、いつものように授業を始めた。


が、結局、彼女は最後まで姿を現さなかった。これは本格的に避けられてるかもなと考えながら、教室の出口に向かって歩いていたところ、彼女の友達同士が話しているのが耳に入った。



「ハルさん、今日来てないの?」

「うん。さっきメールしてみたんだけど、返ってこないんだよね。寝てんのかな」



彼女の友達にも、連絡がいっていないみたいだ。

そうなると、避けられているという予想は違うのかもしれない。いくら彼女だって、友達に何も告げずに休むことはないだろう。だいたい、避けてるからといって、授業を休む彼女じゃない。

じゃあ、一体何があったんだろう。そう思って、彼女にメールを打ちながら、講師控室に向かった。



昼休みを過ぎても、三時間目の授業が終わっても、彼女からの返信はなかった。さすがに、彼女に何かあったんじゃないかと心配になる。大学のメイン広場をさっさと抜けて、駐車場に止めてある自分の車に着いてから、彼女に電話を掛けた。



『もしもし?』



数回のコールのあと、彼女の声が聞こえてきて、少しほっとする。



「もしもし? 今日来なかったね」

『あー、うん。ごめん』

「いいけど、今日は大丈夫?」

『今日はちょっと……』

「何かあったの?」



何だか歯切れの悪い彼女に質問する。



『いや、ちょっと、学校行く時に事故って……』

「え? なに、事故?」



予想もしてなかった答えに思わず大きな声が出てしまう。



「今どこ? 病院?」

『え? いや、大丈夫だから。古賀さんも来てくれてるし』



『古賀』という名前に思わず反応してしまう。彼女の相談相手だ。つまり、彼女が事故を起こしてから彼がずっと付き添っていたということだろうか。

そんな考えを起こしながら、俺は車のドアを開けて中に乗り込む。



「大丈夫じゃないよ。どこの病院?」

『医大だよ。明法の近くの』

「すぐ行くから、ちゃんと待ってるんだよ」

『……はい、待ってます』



彼女の返事を聞いてから、車のエンジンを掛けてスタートさせた。

明法の近くの医大病院には行ったことはないが、場所がどこかは分かる。大学のキャンパスを出ると、まっすぐにそこへ向かった。


病院の来客駐車場に車を止めると、中に入って受付で彼女のことを尋ねる。まだ処置室にいるという返事を聞いて、足早にそこへと歩を進めた。

処置室の入り口で部屋の端っこのベッドに座る彼女を見つけ、大股で彼女のところへ近付く。彼女の隣には、彼もいて、様子からずっと彼女に付き添っていたようだ。



「大丈夫なの?」



彼女のすぐそばまで来ると、そう尋ねた。彼女が頷いたのを見て、自分でも分かるくらい安心する。すると、椅子に座っていた彼が立ち上がって、バイトなのでもう行くと言う。その時に、彼女が一瞬だがさみしそうな顔をした。けれど、彼女はすぐに笑顔になって彼にお礼を言う。彼が彼女の表情に気付いたどうかは分からないが、その後に彼が何かをしようとしたのは分かった。何かあったら言うようにと告げた後、彼の腕が動く気配を見せた。彼もそんな自分に気がついたらしく、途中でぐっと腕に力を入れて腕を身体の横にくっつけるようなことをした。それから彼は彼女に一言掛けると、早足で処置室を出ていった。



「永井さん?」



彼が出ていった方向を見ていると、下の方で彼女が俺を呼んだ。彼女を振り向くと、どうしたんだというような顔をしている。俺は何もないと首を横に振り、先ほどまで彼が座っていた椅子に腰を下ろした。



「何で事故になんかあったの」



彼女を見ながら尋ねると、彼女は曖昧に笑って、首をひねった。見れば、大きな怪我はないようだが、彼女の頬から顎にかけてガーゼが貼ってあり、服は患者用の服を着ている。



「いや、学校行く途中でさ、男の子がいきなり飛び出してきたから、思いっきり原付横に切ったら勢いで道路にこけちゃったんだよね。で、すぐに立ち上がったんだけど、こけた時に頭も打って、脳震盪起こして運ばれてきたらしいよ」

「らしいよって……」

「だって、目覚ますまで知らなかったんだから、しょうがないじゃん」



簡単に事故のあらましを話す彼女に、少し呆れてしまう。

彼女の腕には点滴が繋がっていて、残りは三分の一ほどだった。



「大怪我もしてないなら、何で点滴なんてしてるの?」

「ん?」



俺の質問に彼女はわざとらしく聞き返してくる。こういう時は、たいてい何か知られたくないことがある時だ。



「なんで」



彼女の顔をじっと見て先を促すと、彼女は諦めたように息をついた。



「んー。なんか貧血気味らしいから、それ用に」



彼女の答えを聞いて、今度は俺が息をついた。

前々から、彼女の生活が忙しそうだとは思っていた。聞けば、大学が後期に入ってからは毎日バイトに行っていたらしいし、夜遅くに帰ってきてから課題をやっているという。最近になって金曜日はフリーの日としてシフトを入れていないと言っていたが、それでも他は学校が終わってからすぐにバイトに行くと言っていたから、大変なことに変わりはない。貧血気味と言われても、当然かもしれない。



「少しは休むことも覚えなよ」



ようやく自分も落ち着いてきて、着ていたコートなんかを脱ぐ。



「大丈夫だよ。来週はシフト全部なくしてもらったって古賀さんも言ってたから」



そう言って簡単に笑う彼女。

また古賀さんか。そう思いながらも、彼女のことを考えれば、彼のしたことは正しいと言えるだろう。



「君の友達も心配してたから、連絡しといてあげなよ」

「あー、そういえばメール来てたね。返しとく」



彼女はサイドテーブルに置かれていた携帯に手を伸ばし、友達にメールを打ち始めた。

彼女がメールを打ち終わったところで、俺はもう一度彼女の方を向いて口を開く。



「怪我がなかったから良かったけど、自分の身体にはちゃんと気をつけないと」

「それ、古賀さんにも言われたけど、貧血と事故は関係ないよ」

「それでも、事故があったから貧血気味だって分かったんでしょ。何かあってからじゃ遅いんだよ」



少しきつめに言えば、彼女も反省はしてるのか、素直に俺の言葉に頷いた。俺はまた息をついて、ガーゼが貼られている彼女の頬に手をそえる。



「これ、擦り傷とかだよね?」

「え? あ、うん。すぐに治るって」

「そっか。よかったね」

「うん」



彼女が頷いたのを見て、手を離す。



「そういえば、家族の人は?」



周りを見て、そう尋ねた。一人暮らしとはいえ、事故を起こしたんだから、家族の一人や二人来てそうだけど。



「ああ、電話して、内容だけ話した。こっち来るとは言ってたけど、ただの脳震盪だし、来なくていいって言っておいた」

「……それ、ちゃんと貧血のことも言ったの?」



そう言うと、彼女は視線を逸らす。



「だから、何で言わないの」

「だって、言ったら絶対来るもん」

「当たり前でしょ」



俺がそう言っても、彼女はうーうーとうなるだけで、反論はしてこなかった。



「これからはちゃんと休むんだよ」

「……はい」



俺がそのことにはそれ以上何も言わないでいると、彼女はほっとしたような顔になって、俺の言葉に返事をした。



「じゃあ、何で古賀さんが来たの?」

「携帯の履歴の一番上に古賀さんの名前があったんだって」

「ああ」



それなら、納得だ。俺は基本的に彼女にはメールしかしないし、電話はごくたまにだ。彼なら、彼女と連絡をとることも多いだろうし、連絡をもらったらもらったで、授業なんか無視して病院に来ることは容易に想像できる。彼が帰る際の行動を思い出して、余計にその考えは現実味を増した。彼は今頃、自分の行動をどう思っているだろうか。



点滴ももう少しでなくなるという頃、医者が彼女のところまで来て、カルテなんかを広げながら彼女に経過を報告した。



「CTも異常がなかったから、もう帰っても大丈夫だよ。今日は、家に誰かいる?」

「いや、いないです」



医者を見上げながら言う彼女に、医者の方は「うーん」とうなって少し困った顔をした。



「それじゃあ、今日は家に帰せないな。一応頭を打ったから、家に誰かいないと帰宅許可できないんだよ」

「え、」



それを聞いて彼女が固まる。そして、医者が俺のことに気付いてこちらに目をやった。



「あなたは、宮瀬さんのご家族ですか?」

「いえ、違います。けど、家にいた方がいいなら、そうしますけど」



俺がそう言うのを聞いて、彼女がぎょっとこちらに顔を向ける。俺がそれを無視して話を続けようとすると、彼女は手を前にもってきてそれを制した。



「友達の家に泊まります。だから、家に誰かいます。大丈夫です」

「友達には連絡した?」

「今からします」



そう言って、彼女はサイドテーブルにある携帯を掲げる。俺が肩をすくめるのを見て、医者はそれを許可した。

彼女が電話をする間、俺は医者についてその場を離れる。彼女は電話が終わり次第、点滴を抜いて、元の服に着替えるそうだ。医者が彼女のベッドの周りにカーテンを引き、俺たち二人はカウンターの方まで歩いた。



「頭を打ったって、そんなにひどいんですか?」



カウンターに着いたところで、俺が医者に尋ねる。医者は彼女のカルテをカウンターの棚のようなところに戻し、俺の方を向き直った。



「ひどいというか、脳震盪で気絶しているので、セカンドインパクトが心配なんです。だから、今日くらいは家に誰かいてもらわないと。最低でも、一週間は安静にさせてください」

「わかりました」



正直に言えば、俺は彼女の生活を管理できる立場ではないんだが、医者がそう信じているようなので黙って頷いておく。

医者はそれだけ言うとカウンターの中に戻ってしまい、俺はカウンターに寄りかかって彼女の着替え等が終わるのを待っていた。






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