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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 7. 不可の現実認知
23/111

side K



今日、初めて、宮瀬のいう『永井さん』と会った。


『会った』というか、『見た』というか。お互いそんなに言葉も交わしていないんだから、『会った』というのは少し変かもしれないけど、確実に『見た』ではないと思う。

大学の先生だという割には、だいぶ若く見えたし、実際若いんだろう。飲み会の最中「かっこいいのー!」と騒いでいた同僚の言葉も、あながち間違いではないと思う。研究者だと言われれば、確かにそうかもしれないけど、何というかオタク的な研究者ではない。見た目好青年の永井さんが何かに真面目に取り組んでる姿は、きっと女の人の目を引くだろう。ほんの少し顔を合わせただけだけど、なんとなくそんな予想がついた。


それでもって、永井さんが、友達という枠を超えようと宮瀬のことを気遣っているんだろうなって、なんとなくそんな気がした。




宮瀬が電話をしにいってから少しして、店の入り口の方に誰かが歩いていくのが見えた。たぶん、あれは永井さんだ。さっき、トイレの前らへんで見たから間違いない。

宮瀬の電話は、きっと彼氏からだろう。ちらっと見た携帯には相手の名前は出ておらず、番号だけが表示されていた。彼氏がただ現地の友達と連絡を取り合いたいからという理由だけで学校側に無理を言って携帯を購入したという話を、前に宮瀬から聞いたことがある。それもどうかと思ったけど、それ以上にちょっとなと思ったのは、携帯を購入した理由を宮瀬と話したいからと言っていたらしいことだ。連絡を取り合いたいなら、メールかPCでのテレビ電話もできる。まあ、宮瀬はそのどっちも拒否したらしいけど。それでも、携帯以外にも連絡をとる方法はあるのに購入したってことは、結局のところ自分が現地の友達と交流したいからだろうということは、俺にも想像がついた。それなのに押しつけがましく

『買ったんだから電話しよう』と言う彼氏に、宮瀬はだいぶ腹を立てていた。

何にしても、今あった彼氏からの電話はすばらしくタイミングが悪い。あの宮瀬の動揺っぷりがそれを表している。きっと、宮瀬のことだから、飲み会があるから電話はできないと前もって伝えてあるはずだ。それを、彼氏が守るかどうかは別として。

何となく嫌な予感がして、俺も席を立つ。周りは騒いでいるから、俺一人が席を立ったってどうってことないだろう。


入り口の近くまで行くと、透明のドアの向こうに誰かが立っているのが見えた。永井さんだろう。それでも俺は永井さんがいることを無視して、ドアを押しあけた。

案の定、そこには決して大丈夫とはいえない様子の宮瀬が立っていた。永井さんがこちらを見ているけど、今はそれどころじゃない。



「すぐ行くから、下のベンチで待ってろ」



外へ出るという宮瀬にそう告げて、宮瀬が頷くのを見てから、俺はドアを閉めて席に引き返した。



「宮瀬が酔ったから、下行って酔い醒ましてくる」



メンバーの中で一番まともそうなやつに伝えて、俺と宮瀬の分のコートを持ってさっきの場所に戻った。途中、トイレの前らへんで永井さんとすれ違い、あっちが俺のことを見てきた。



「彼女、大丈夫かな」

「たぶん。今は少し混乱してるだろうけど、そのうち元に戻ります」



それだけ言うと会釈をして店のドアを開いた。

宮瀬はぼけっとベンチに座って、携帯を見ていた。コートを手渡すと携帯をポケットに入れて、またぼーっとする。隣に座った俺も、何も言わずにぼんやりと駅前のターミナルを眺めていた。こうやって、宮瀬に何かあっても自分からは聞かない。宮瀬が話したくなったら話せばいいと思ってるし、宮瀬もその方が楽だろうと思う。

そうしているうちに、宮瀬が少し泣きそうな声で話しだした。俺はそれにアドバイスをするでもなく、慰めの言葉をかけるでもなく、普通に会話をする。

もう何度も宮瀬から彼氏の話を聞いていて、宮瀬の彼氏がどんな奴かだいたいの想像はついている。詳細は違うけど、宮瀬の夢を横からかっさらったような形になっていて、それを元から自分の夢だというように言い、勝手なまでの『さみしい』アピール。正直いえば、よく付き合ってられるなとも思うけど、今が今なだけに宮瀬も決断しかねてるのかもしれない。

話すうちに、宮瀬の顔が段々とすっきりしていくのが分かる。以前にあった集合に遅刻した話を出すと、宮瀬はおかしそうに笑っている。そうして、話が一息つく頃には、宮瀬の混乱もだいぶ取り除けたようだった。



「上、戻るか」



そう言って立ち上がると、宮瀬も立ち上がろうとしたが、その途中で店の方から団体客が出てきて、そちらの方に気をとられていた。俺もそっちを見ると、その中の一人がこっちに向かって歩いてきている。永井さんだった。



「先戻るな」

「うん。ありがとう」



宮瀬の言葉に「おう」とだけ答えて中へと戻る。ビルの中に入る前に後ろを振り向けば、永井さんが心配げな顔で宮瀬を見下ろしているのが目に入った。


席へ戻ると、何人かの女の先生が宮瀬の様子を心配していた。こっちに戻ってきてからもう一度彼氏の話もしたくないだろうと思い、適当な話がないか考える。すぐに、一番の話題が思い浮かんだ。



「ちょっと酔ってただけだって。今、あの演劇学の先生と話してるよ」

「えー?! なんでいるんですか?」

「さあ? 何か他の先生たちに連れられてきたらしいよ」



永井さんの話題を口にしただけで、女の先生たちはきゃあきゃあと盛り上がる。宮瀬の携帯のことなど、頭から吹っ飛んだようだ。宮瀬が下から戻ってきた後も、しばらくはその話題が続いていて、宮瀬が彼氏のことを言う必要はなかった。




***





その日の帰りは、だいぶ酔っている様子の宮瀬を送っていくことにした。見た感じは普通だけど、たぶんまっすぐ歩くのも必死な状態だったと思う。宮瀬の家の前で別れて、俺は自転車に乗ってその場を離れた。

歩いて帰る途中、宮瀬に永井さんが結婚してることを聞いてみた。俺も今日初めて知ったけど、正直聞いたときは驚いた。今までは何の疑いもなく、永井さんはフリーだと思いながら話を聞いていて、だからこそ宮瀬と何かあるんじゃないかって変に考えていた。それが、結婚してるなんて。

ただ、永井さんが結婚してるからといって、永井さんはそれを気にしてる様子はなかった。もちろん宮瀬の方は気にしているが、永井さんはそういうのを超えて宮瀬に気を使っているように感じられた。はっきりとした理由なんて分からないけど、そんな風に思ったのだ。



「やだな」



自転車を漕ぎながらつぶやく。永井さんを知った今、あいつと永井さんが会うのが何だかすごく嫌になった。

きっと、宮瀬の近くにいるのは俺だ。けど、今日藤田さんに言われた『紹介』が上手くいってしまったら、宮瀬と今まで通りの関係でいるのは難しいだろう。俺でも宮瀬でもなくて、紹介された子が嫌な思いをする。俺たちは互いに付き合っていようがいまいが、友達として会う分には良いと思ってる人間だ。だが、それが世間一般ではずれた考えだということくらい分かっている。だから、俺たちは距離をとるだろう。宮瀬の彼氏が帰ってきたときも同じだ。

もし、宮瀬との関係がくずれてしまったら、あいつは永井さんを頼るんだろうか。そうなれば、永井さんは宮瀬の助けを受けるだろう。


永井さんのことを知って、ゆっくりと、俺と宮瀬の均衡がくずれていくような気がする。それが、怖かった。俺たちは、今の関係を進めようとも、壊そうともしない。この微妙な位置関係を維持している。永井さんはそんな関係も気にせず、自分の立場も顧みず、何かをやってしまいそうに思えて、怖い。



「あほか」



そこまで考えて、自分は未だ起きてもいないことを危惧していることに気付く。宮瀬と永井さんがどうにかなるなんて、そんなこと起きるかどうかも分からない。第一、永井さんは既婚者だ。薬指に光っていたシルバーの指輪が、それを証明している。

自嘲的な笑みを一つはいて、自転車の速度を上げた。







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