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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 7. 不可の現実認知
22/111



***



「ばいばーい」



夜中の2時、ようやく飲み会が終了した。それぞれ自分の家に帰っていく人や、連れだって洋くんの家へと向かう人もいた。私もいつもは洋くんの家に行ったりもするんだけど、今日はもうそんな力も残っていない。早く家に帰って、ベッドに横になりたい。

私は途中まで洋くんの家に向かう人たちと一緒に歩いていき、洋くんの家の近くでその人たちと別れた。古賀さんが気を使って私を送ると言い、二人して並んでバイパス道路沿いの歩道を歩く。



「別に送ってもらわなくてもよかったのに」



横を歩く古賀さんにそう言うと、古賀さんはちらっと私の方を見ただけで、またすぐに前を向いてしまった。



「日付変わってるんだから、さすがに危ないだろ」

「でも、遠回りじゃん、古賀さん」



古賀さんの家は、塾のある駅前から自転車で30分程のところにある。私の家は塾から駅一つ隣なので、そこから古賀さんが帰るとなると、だいぶ時間が掛かってしまう。それに、私は歩きだけど、古賀さんは自転車で来ていたのだ。いくら危ないといっても、一時間無駄に歩かせてしまうのは申し訳ない。



「別にいいって。地元なんだからこの辺はよく漕いでたんだし、お前今日けっこう酔ってるだろ」

「んー、まあ」



古賀さんの言葉に曖昧に答えると、古賀さんはまた私を一瞥して前を見る。

ほんとは、『まあ』なんて言葉じゃ済まないほど酔ってると思う。実際、今歩いているのだってまっすぐ歩くようにかなり気を使ってるんだから。たぶん、古賀さんはそれに気がついてるんだろう。

バイパス道路といっても、もうこの時間には車もあんまり通っていなくて、たまにトラックなんかが通るくらいだ。それ以外は意外にも静かで、自転車のタイヤが回る音がよく聞こえる。空気も冷たいが、アルコールで熱くなった顔にはちょうどいい。



「永井さんって、結婚してるのな」



横を歩いていた永井さんが、出し抜けにそう言った。



「うん」

「知ってたのか?」

「うん。だって、指輪してるし」



両手をコートのポケットに入れて、前を見ながら歩く。



「何か変に仲良くなっちゃってさ、正直どうしたらいいか分かんないんだよね」

「まあ、お前が気にすることないんじゃない?」

「そうなんだけど、ね」



そうなんだけど、やっぱりあの人との距離は測りかねてしまう。どうも、事が事なだけに、自分が気にしていることを相手が気にしていないということに、違和感を覚えているみたいだ。まあ、私が気にしすぎなだけかもしれないけど。



「良い人っぽかったじゃん」

「うん。良い人だよ」



良すぎるくらいにね。そう思いながら、古賀さんの言葉に頷く。

もし、さっきの永井さんの言葉やこの間会ったときのことを言ったら、古賀さんはどんな反応をするだろう。私と同じように、永井さんとの距離を考えてくれるだろうか。それとも、気にしすぎと言うだろうか。分からない。古賀さんに永井さんのことを言えば、一緒のなって考えてくれるだろうとは思うけど、今はそれを言う気にはなれなかった。自分でもよく分かっていないのに、その答えを古賀さんに求めるのは、何か違う気がするのだ。



「さっきさ、」



前を見ながらぼーっと考えていると、古賀さんが口を開いた。何だろうと思って、古賀さんの方を見る。古賀さんは、前を向いたままだった。



「藤田さんに、友達紹介してあげるって言われた」

「友達?」

「うん。藤田さんの」



それを聞いて「へえ」と関心を持った。

藤田さんというのは、うちの塾の女の先生で、さっきの飲み会でもみんなと一緒になって永井さんの話で盛り上がっていた。とても女の子らしい人で、一応彼氏もいるらしい。その藤田さんの『友達』を紹介されるということは、つまり、女の子を紹介されるということだろう。



「良かったじゃん」

「んー。いいのかなあ。俺、あんまりメールとか好きじゃないんだけど」

「頑張れ」



そう言うと、古賀さんは「んー」と首を傾げて考える様子を見せた。

古賀さんは、良い人だ。それに、好青年という感じで、女の子受けも悪くないと思う。たぶん、女の子の話もしっかり聞いてくれる人だ。ただ、連絡を取り合うことが好きじゃない。まったくしないというわけじゃなくて、『しないといけない』という気持ちは持ってるから、メールも電話もするんだけど、本当はあまりそれが好きじゃないらしい。そして、それ以上に、面倒くさがりだ。自分の勉強を優先させたいという人だから、『正直な話、遊ぶのは月に一回とかでいい』と前にはっきりと言っていた。



「いいじゃん。紹介してもらえば」

「でもなあ……」



常々私に『女の子を紹介しろ』と言っているくせに、いざとなったら面倒くささが出てくるらしい。未だに古賀さんは首をひねって考えている。

私は、紹介してもらえばいいと思う。古賀さんは良い人なんだし、何だかもったいない気がする。ただ、古賀さんがもし誰かと付き合うとなると、今まで通りな関係でいることは無理だろうなとも思うし、それはそれで、少し嫌だった。もし、今古賀さんがいなくなってしまったら、何かあったときにきっと立ち直れないと思う。自分勝手な考えだけれど、それはどうしても避けたいことだ。それでも、古賀さんが誰かを好きになるのは全然構わないし、私にそれを止める権利がないことも分かっている。



「まあ、古賀さんの好きにしたらいいじゃん。連絡来たら来たで、その時考えなよ」

「だよなあ」



古賀さんはそう言って開き直ったように頷いた。そんな古賀さんを見て、思わず笑ってしまう。古賀さんもそれに気付いたのか、私の方を見て「なんだよ」と笑った。



「別に」



笑ったままそう返すと、古賀さんは私を鼻で笑ったけど、その顔は楽しそうだった。

そんな風に何でもない、とりとめのない話をしながら家路に着いた。





ゆっくり一時間ほど歩いて、私の家のマンションにたどり着いた。外から見えるどの窓も、明かりが消えている。



「ありがと」

「おう」



古賀さんにお礼を言って玄関の方に行こうとしたら、古賀さんから呼びとめられた。



「なに?」



古賀さんは自転車を止めることはせずに、ハンドルを握ったまま私の方を向いている。私は首を傾げて古賀さんを見た。



「また何かあったら、言えよ? 話くらいは聞くから」



やっぱり、古賀さんは優しい。さっきの電話でへこんでいたことを気にしてくれている。



「うん」



私の返事を聞いた古賀さんは満足したように頷き、「じゃあ」と言って自転車にまたがった。



「明日遅刻すんなよ」

「古賀さんもね」



二人して手を振りあってさよならをする。古賀さんが曲がり角を曲がったのを見送って、私はマンションの中へと入っていった。



五階にある自分の部屋に上がって、ベッドの上に鞄を放り投げる。時計を見ると、もう3時を過ぎていた。今からシャワーを浴びることに若干気が引けたけど、身体にまとわりつく煙草なんかのにおいが嫌で、結局入ることにした。


シャワーを頭からかぶりながら、帰り道で聞いた古賀さんの言葉を思い出す。



「古賀さんに彼女、か」



一人呟きながら、もし古賀さんに彼女ができたらということを考えた。それが現実に起これば、私はもう古賀さんの近くにはいられないだろう。私や古賀さんが気にしなくても、古賀さんの彼女が気にすると思う。

私や古賀さんは、自分たちが周りの定義から少しずれていることをしっかりと認識している。こんな風に付き合うのは、自分たちでは何とも思っていないけど、それが周りから見れば少し奇異なことも分かっている。中には気にしない人たちもいるけど、そんなのはごく少数だ。

だから、きっと古賀さんに彼女ができれば、二人とも何となく距離を置くことになるだろう。それは、私の彼氏がこっちに帰ってきたときも同じだと思う。私はそれが嫌だった。この居心地のいい関係を壊したくなかった。もし古賀さんが誰かと付き合うことになったら、私は誰を頼ればいいんだろう。

そこまで考えて、永井さんのことが思い浮かんだ。あの人も、知らないうちに私のことをよく知る人になってしまっている。性格とか好みとか、そういう私自身に関することじゃなくて、私が腹を立てていることや悩んでいることをあの人は知っている。そんなこと、私の友達にだって一人くらいにしか話していないのに。今では、永井さんに頼ることも少しはある。話も合うし、喋っていて楽しいと思える。私のことを察してくれる。ただ、それでも、私は今日みたいなことが起こると、他の誰でもない古賀さんを求めてしまう。話すか話さないかは別として、何か起こってどうしようもなく腹が立ったり、パニックになったりすると、まず一番初めに古賀さんのことを思い出す。

そう思うのは、古賀さんとの付き合いが長いということもあるし、古賀さんと私が似ているということもある。そして、たぶんこれが一番の根底にあるんだけど、古賀さんはいつだって私の味方でいてくれる。それが、私には心強かった。


それに、と思う。永井さんは結婚もしている。永井さんに助けを求めようとしても、どこかであの指輪のことを考えてしまって、自分にストップをかけてしまう。考えすぎかもしれないけど、そこは考えるに越したことはない。

それでも、もし古賀さんとの関係が遠ざかってしまったら、私は結局永井さんに助けを求めるんだろう。それがひきょうだということも、もちろん分かった上で。


そんな起こるか起きないか分からないことを考えている自分に気付いて、馬鹿みたいだと笑って、シャワーのコックをひねった。







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