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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 5. 対にある魅力
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普段は、自分から人と連絡を取り合わない宮瀬にしたら、その『けっこう』という頻度は珍しいことだ。ましてや、知り合いになってまだ三日ほどしか経っていないならなおさら。



「珍しいな。お前がそんなに人と連絡取り合うなんて」



思ったことをそのまま口にした風を装って、宮瀬から連絡を取り合っているのかを探る。

宮瀬はミルクティーの缶を両手で持ったまま、少し考える素振りを見せて、「うーん」とうなった。



「まあ、自分からメールとかしてるわけじゃないけど。向こうからけっこう来てて、私から切っちゃったときは、次の日とかにメールするけど」

「……大学の教授って、けっこう暇なんだな」



宮瀬からではなく、向こうから連絡を入れていることに若干の不満を覚えつつ、少し意地の悪いことを言う。それを聞いた宮瀬は声をあげて笑いだし、落ち着くためにミルクティーを飲んだ。



「暇かどうかは知らないけど、今は忙しいみたいだよ。金曜に学会もあるって言ってたし。今頑張って資料作りしてるんだって」

「へえ。その人の専攻って何なの?」

「ん? 演劇学」



『演劇学』。理系の俺からしたら、どんなことを研究してるのか皆目見当もつかない分野だ。演劇なんていう分野は、理系の入る余地がまったくないとも思えてしまう。



「何勉強してるんだろとか思ってるでしょ」



知らずのうちに眉を寄せていて、宮瀬の声にはっとする。宮瀬を見れば、俺の考えなど分かってるというように、にやにやとした笑みを浮かべていた。



「しょうがないだろ。完全に俺からしたら専門外なんだから」

「まあねー。でも、けっこう面白いよ」



そう言いながら、宮瀬はまたコートのポケットから携帯を取り出す。どうやら、早くも返信が来たらしい。

宮瀬はメールを見て、返信を打ち出す。しばしの沈黙が流れるが、別に俺はこの沈黙を苦とは思わないし、たぶん宮瀬もそんな風には感じてないだろう。

この沈黙よりも、宮瀬と永井っていう人が頻繁に連絡を取り合ってるっていうことの方が俺は嫌だ。今宮瀬の一番近くにいるのは、たぶん俺だと思う。けど、宮瀬が永井って人と連絡を取り合っているということを聞いて、何だか俺という場所が浸食されてくんじゃないかって思ってしまう。

宮瀬と永井って人には、俺にはない共通点がある。俺は理系だし、宮瀬は文系だ。それも、お互いの分野にひとかけらも触れることすらない、正反対のことを学んでいる。だけど、その永井って人には、宮瀬の勉強していることが分かる。宮瀬がどういうことを欲していて、どんなことを学びたいかが、きっと手にとるように分かるんだろう。

そして、一番嫌なのが、その永井って人が、宮瀬がどういう人間かを理解しているかもしれないということだ。宮瀬からではなく、向こうから連絡を入れてるのは、宮瀬が自分から連絡を取らないということを分かっているからだと思う。自分から連絡することで、宮瀬との関係を続かせているような気がする。

それの行きつくところが、俺の今の居場所な気がして、仕方がない。

別に、永井って教授が宮瀬とどうこうなろうなんて考えてるとは思わないけど。ただ単に、俺の居場所を持ってかれそうで、怖いだけだ。



「ねえ、やっぱり痛いの?」



コーヒーの缶を持ったままぼーっとして、無意識のうちにまた薬指の包帯のところをなでていたらしい。宮瀬が心配そうに聞いてきた。っていうか、すぐ近くにいる。いつの間にか、原付を下りて、俺の隣まで来ていた。それでもって、俺のことを覗き込んでいる。あまりにもいきなりで、驚いて身体を少し後ろに引いてしまう。



「ちょっと、危ないよ」



身体を引いた拍子に後ろにこけそうになって、宮瀬に腕を掴まれた。



「何やってんの」

「おお、悪い」



呆れたように言う宮瀬に、俺は謝るしかない。宮瀬はそのまま俺の隣に腰を下ろした。見れば、携帯も既に仕舞っている。



「寒いねえ」



宮瀬はそう言いながら、はーっと息を吐き出して、白い息を出しては楽しんでいる。

俺と宮瀬の間には、ほんの少しの距離ができている。距離、というよりも、もはや隙間と言った方がいいかもしれない。それでも、このほんの少しの隙間が、俺たちの関係みたいだ。近いようで、近くない。触れられそうで、触れられない。



「ああ、さみぃな」



俺も同じようにして、白い息を吐き出す。

二人してコンクリートブロックに座って、何を話すわけでもなく、ぼーっとする。俺と宮瀬には、こんな沈黙もよくあることで、お互いそれが気まずいなんて思ったことはない。他の誰かだと気まずいものもあるが、宮瀬とだと別に気負って何かを話す必要もないかなと思えてしまうのだ。

そうやって二人でしばらくの間黙っていると、かすかに携帯のバイブが鳴る音がした。俺は宮瀬を、宮瀬は自分のコートのポケットを見る。宮瀬は再びポケットから携帯を取り出して、メールを読んだが、今度は返信せずに、また携帯をポケットに戻した。



「永井さんじゃないの? 返さないのか?」

「うん。家帰ってから返す」



宮瀬はそう言うと、ぐびっとミルクティーを一口飲んだ。



「そういえば」



永井って人の演劇学であることを思い出し、宮瀬に尋ねようと口を開く。



「前に行きたいって言ってた舞台のチケット、取れたのか?」



その話を持ち出すと、宮瀬は顔をぱっと輝かせた。



「うん。取れた。C席もB席も空きがなかったからA席にしちゃったけど、取れたよ」



そう言うと、宮瀬はふんふんと鼻歌を歌いだす。そしてもう一度携帯を取り出すと、何度か操作してから俺に入金完了画面を見せてきた。



「よかったな」

「うん」



満面の笑みのまま宮瀬は携帯をいじり、鼻歌は続けて身体を少し揺らしだす。どんだけ楽しみなんだ。

宮瀬が行きたいと言っていた舞台には、何でも宮瀬の好きな俳優が出てるらしい。俺も谷原も、その俳優のことはあんまり知らなくて、『どっかで見たことあるな』くらいにしか思ってなかったが、宮瀬は違った。その公演のCMを谷原の家で見たときに「行きたい!」といきなり言いだしたくらいだ。聞けば、もともと舞台俳優らしく、最近になってテレビなんかに出始めたということだ。宮瀬にその俳優の良さを弾丸のような勢いで聞かされたから間違いない。

公演はこの県ではなく二つ隣の県でやるんだが、ここからだと快速電車に乗れば一時間も掛からない。それを知った宮瀬は俄然燃えて、「絶対にチケット取る」と言っていたのを覚えている。



「今週の土曜日なんだ。村瀬健吾だよ、村瀬健吾」



まだ身体の揺れている宮瀬が、心底楽しみなようにその俳優の名前を口にする。



「俺、この間そいつのドラマ見たけど、そんなにかっこいいか?」

「単体で見たらそこまでだけど、演技してる時はかっこいいからいいの」

「……お前、それ褒めてないぞ」



俺の言葉は無視して、宮瀬は携帯をいじり続ける。そして、目当てのものを発見したのか、「ほら」と言って俺にその画面を見せてきた。



「この時はかっこいいでしょ?」

「ああ、確かに」



宮瀬が見せてきた画面は動画で、俺が見たドラマのものだった。

村瀬健吾が走って逃げる女の人を追いかけて腕を掴んでいるシーン。



『逃げないでください!』



必死でそう言っている村瀬健吾のシーンで動画が止まる。あれ、まだ続いてんだけど。



「ここ、めっちゃかっこよくない?」



動画を止めた張本人の宮瀬が言う。「ここ」と言って、俺にちゃんと見えるように携帯をこっちに寄せてくる。それにつられて、宮瀬の身体も俺に寄りかかった。



「はいはい、かっこいいね」

「ちょ、ほんとにかっこいいんだって」



適当に流す俺を不満げに見て、宮瀬は体勢を戻した。もちろん、宮瀬の身体も離れる。先ほどの隙間が、また俺たちの間に出来た。宮瀬はそんなこと気にする様子もなく、携帯をポケットに仕舞っている。

こんな風に何かしらのアクシデントがないと、俺と宮瀬が触れるなんてことはありえない。どれだけ近くにいても、意図して触れ合うことなんて皆無なのだ。それが、俺たちをこんな風にちょうど良い関係に繋げているのかもしれないけど。



「さむっ。そろそろ帰るか」



今の自分の考えなんて気付かなかった振りをして、コーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。宮瀬も残りのミルクティーを飲んで立ち上がった。



「今から原付とか寒いな」

「じゃあ、俺と代われ」

「やだ」



軽口をたたき合いながら、二人して道路の向こうにある自動販売機のところまで歩く。缶をゴミ箱に放り込んで、また駐輪場に戻った。



「次来るの水曜日だっけ?」

「おう」



俺の答えを聞いて、宮瀬は「そっかそっか」と頷きながら、ヘルメットと手袋を装着した。俺も自転車の鍵を開け、それにまたがる。



「じゃあ、カゼ引くなよ」

「そっちもねー」



それだけ言って、「じゃあ」と手を振り、先に自転車を漕ぎ始める。大通りに出たところで、横の道路から宮瀬が俺を抜かしていった。

自転車を漕ぎながら、次に会うのは水曜日だなと考える。そして、予定が空けば、たいがいは週末を一緒に過ごす。今週は無理だけど。だからといって、宮瀬と俺の関係が崩れることはない。

それどころか、遊ぶたびに、一緒に過ごすたびに、縮めることのできない距離が出来上がっていく。その距離がどれだけ近くても、触れ合うことはないんだ。



偶然で近づくことはあっても、それを必然に変えるつもりは、今の俺にはない。


だから、宮瀬の世界入ってきた永井って教授が、俺が起こすつもりのないことを、平然とやってしまいそうで、余計に怖いんだ。






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