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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 5. 対にある魅力
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こんなに近くにいるのに、触れられない。


自分には、触れる勇気も、ないのだけど。




***




「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす」



そう言って、宮瀬と二人、エレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が閉まる寸前に、教室長からも「お疲れ様でーす」という声が返ってきた。

扉が閉まると、横の宮瀬が壁に寄りかかりながら「あー」と奇声をあげた。声には出さないけど、俺もおんなじ気持ちだ。



「話長いよ、あの人」



顔を存分にしかめながら、宮瀬がこぼす。



「あー。もう11時だし。最悪」

「『何とかしていかなきゃいけないんです!』って言うくらいなら、自分で何とかしろっつーの」



俺が腕時計を見ながら壁に寄りかかった横で、宮瀬が教室長の口真似をしてぐちる。その真似が妙に甲高い声で、おかしくなって笑ってしまった。そんな俺を見て、宮瀬もにやっと笑う。

エレベーターが一階について、ビルの小さいエントラスの裏口から駐輪場へと向かう。外に出ると、やっぱり寒かった。俺も宮瀬も、寒さに背中を丸めてしまう。

今日は月曜日で、週初めのバイトの日だった。現在事実上の主力としてシフトに入っている俺や宮瀬は、二人が揃う月曜日に必ずといっていいほど、教室長の長い話に付き合わされていた。今日も、その例に漏れず、10時には帰れるはずが11時まで伸びてしまった。いい加減、残業代請求するぞ。

夜の空気は昼とは比べ物にならないくらい冷たく、コートを着ていても寒いくらいだ。まして、下はスーツのスラックスなのだから、もっと寒い。

二人して首をすぼめながら、自転車と原付が止まっているとこまで来ると、俺は膝くらいの高さまであるコンクリートブロックに、宮瀬は自分の原付に座る。



「つかれたよー」



宮瀬はそう言って、自分の鞄を原付のストラップ部分に引っかけて、ぐーっと手足を伸ばす。俺は鞄の中からごそごそとお茶の入ったペットボトルを探しだす。鞄の下の方に入っていたペットボトルをやっと発見して取り出すも、中身はほとんど空っぽ状態だった。



「あれ。俺、そんなに飲んでたっけ?」

「教室の中暑いって言って、けっこう飲んでたよ」



ペットボトルをかざして見せる俺に、宮瀬は頷きながら言った。



「しょうがない。何か買うか」



どう考えても、これだけの量じゃ喉の渇きは潤せないと思って、駐輪場から道路を挟んですぐ目の前にある自販機で何かを買うことにした。



「私もー」



財布を持って立ち上がった俺を見て、宮瀬が原付に座ったまま手を上げる。



「おごれってか?」

「ジュース一本くらいいいじゃん。お金持ちなんだから」



立ったまま宮瀬を見下ろせば、へらへらと笑ってそう言った。

普段から貯金残高を自慢しまくっていた手前、その言葉に否定はできない。



「……あったかいミルクティー?」

「うん」



俺の言葉に、宮瀬は元気よく頷いた。

宮瀬とよく遊ぶようになってから、宮瀬の好みがだいたい頭にインプットされてきた。甘いものが好きで、苦いものがだめ。夏はだいたい炭酸飲料で、冬はあったかいミルクティー。たまにココアの日もあるけど。買い物も好きで、レディースものも買うが、気にいったものであればメンズのものも買う。

こんな風に情報がどんどん蓄積されていって、知れば知るほど、俺と宮瀬は似ているのだと感じさせる。

今日みたく、何にも言わないでも、二人お決まりの場所に座って、話し込むんだ。月曜日はだいたい俺たち二人が一番最後まで残るから、いつもここで話してる。別に『こうしよう』と約束してるわけじゃないけど、何となくそれが習慣化してきてるんだ。

俺の分のあったかいコーヒーと宮瀬のミルクティーを買って、さっきの場所に戻る。



「ほら」



近くまで来てミルクティーの缶を宮瀬に向かって放ると、宮瀬は上手いこと片手でキャッチした。俺は缶コーヒーを振りながら元の位置に座って、財布を鞄の中に戻す。少しの間、両手で缶を包んで手をあっためる。だいぶ暖まった頃に蓋を開けてコーヒーを口にしていると、横で宮瀬がミルクティーを飲みながら携帯を操作していた。



「何してんの?」

「んー? メール来てた」



その言葉に、一瞬また彼氏から来てたのかと思ったが、嬉々としてメールを打っている宮瀬を見ると、どうやらそれは違うらしい。



「先生からか?」

「うん。ってか、だから『先生』っていうのやめてって」



他に思い当たる節もなくてそう言えば、宮瀬は即答する。そして、またおかしそうに笑いながら『先生』の訂正を求めてくる。

その先生の名前が『永井』という名前だということは教えてもらったが、別に俺は知り合いでもないので、宮瀬みたく『永井さん』と呼ぶよりも『先生』と言ったほうがしっくりくる。

宮瀬がメールを打っているので、所在なげに缶を持っている右手の薬指をなでる。今、その薬指には包帯がぐるぐる巻きにされていた。昨日の日曜日に、谷原や他のバイト仲間数人とテニスをしていて、足をもつらせてアスファルトのコートに思いっきり滑りこけたのだ。その拍子にグリップを握っていた右手の薬指がひどい状態ですりむけた。すりむけたっていうか、えぐれた。診療所で治療してもらった時に、何かにぶつかったら痛いだろうからということで、保護テープの上から包帯を巻いてくれたのだ。



「痛い?」



ぼけっと薬指をなでていると、横から宮瀬の心配そうな声が聞こえた。横を向くと、携帯は手に持ったまま、こちらを心配げな目で見ていた。



「少しな」

「利き手だと面倒だね」

「うん」



昨日ほどではないが、今も傷口はじんじんと痛いときがある。しかも、ちょうど第二関節あたりをやってしまって、ものを書くときがとても煩わしい。



「けっこうメールしてんのか?」

「ん?」

「永井さんと」



なでることを止めて、未だに心配そうにこちらを見ている宮瀬の携帯を顎で指して聞いてみる。宮瀬は一瞬何の事を言っているのか分かっていないようだったが、永井という名前を出すと、思い出したように「ああ」と言って携帯を見下ろした。



「そうだねえ。けっこうしてるかな」



そう言いながら、宮瀬は携帯を少し操作してコートのポケットに仕舞った。それから空いた手でも缶を包むようにして持って、両手を温めている。

俺は宮瀬の言葉に「ふーん」とだけ返して、またコーヒーを口につけた。






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