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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Extra Story
105/111

あるお友達のおせっかい2



経験からして、松木の良い案というものは、大概が微妙な案だったりする。

今回もその例に漏れず、ものすごく微妙だった。



『明法に行って永井さんに会おう。それで、一言言ってやろう』



まず、この案には一つ課題がある。永井さんっていう人が明法に来るのは、金曜日だ。それは古賀から聞いて知っている。金曜は、午後からしか授業のない俺はいいけど、松木は古賀と一緒に一時間を受けている。必然的に、空いた二時間目から昼休みまでは古賀と一緒にいて、その中でどうやって古賀の目を盗んで明法に行くというんだ。松木は、たぶん、そのことに気付いてすらいない。


案が出た週の金曜日、松木はさっそく壁にぶち当たった。一時間目を古賀と一緒に受けてようやく、古賀に内緒で明法に行くなんて無理だと分かったみたいだった。昼休みに学校へ行くと、意味不明なくらい落ち込んでいる松木がいた。


が、運は松木に向いているようだった。その案が出た次の週の金曜日、古賀が教授に呼び出されたのだ。処分とかそういうのじゃなくて、単にお手伝い。それでも、その教授が古賀の狙っている研究室の教授だったらしく、古賀は面倒どころか楽しげに教授についていったと、松木から聞かされた。

その松木と、今は明法に向かっている。何で俺が松木と一緒に明法に行かなきゃならないんだ。午前中は学校のない俺とある松木だったら、明法で待ち合わせでいいだろうに。向かう途中で、そうやって文句を言うと、松木は「一人は無理」と言ってきた。そうだ、こいつはこういう奴だ。前にカフェに行った時だって、『古賀のためだ』とか言いながら、一人では行けなかった奴だ。



「おー、明法だ」



明法に着くと、松木が嬉しそうに声をあげた。「女の子がいっぱいいる」とはしゃいでいる。確かに、理系学部の多いうちと文系学部の多いこのキャンパスとじゃ、女の子の数が違う。まだ二時間目の途中らしく、キャンパスにはそれほど人はいなかった。その中を、松木が勝手知ったるというように歩いていく。



「おい、その永井さんっていう人が授業やってる教室知ってるのか?」



先を歩く松木にそう尋ねると、松木はにやっと気持ちの悪い笑みを返してきた。



「万事抜かりなしだ。明法の知り合いに聞いてある」



何が万事抜かりなしだ。初っ端から抜かりがあったじゃないか。

そう思いながらも、松木の後をついていく。他校との合同サークルに入っている松木には、この明法の友達もいるんだろう。こいつの人柄から、それは間違いない。

永井さんという人が授業をやっているという教室は、駐輪場と駐車場を抜けた、比較的新しめの棟にあった。歩いている途中で授業終了のチャイムが鳴り、あちこちから学生が出てくる。俺たちがその棟に入った頃には、ほとんどの学生がいなかった。

一つ一つの教室を覗いていく松木を見ながら、何を言うつもりなんだかと考える。『一言言ってやる』と意気込んでいたのはいいが、それが永井さんって人にどれだけのダメージを与えられるっていうんだ。結婚しているのに宮瀬ちゃんに近付こうとしてる人だ。それなりの度胸のある大人だろうということくらい、想像つくだろうに。

相変わらず馬鹿だなあ、と思いながら松木を見ていると、松木が一つの教室の前で「おっ」と声をあげた。壁に貼りつくようにして、細長い透明の部分から中を覗いている。ここから見たら、ただの変態だ。



「見つかったのか?」



じっと中を覗く松木に尋ねるも、松木は黙ったままだった。ちらっと顔を見れば、口を開いて馬鹿みたいな顔をしている。なんだと思って、俺も首を伸ばして透明の部分から中を覗き見る。そうして、危うく俺も松木と同じ顔になりそうになった。確かに、ここは永井さんという人が授業をやっていた場所だ。中には、宮瀬ちゃんもいるし。問題なのは、中にいるのはその二人だけで、その二人がキスをしてるってことだ。残念というか何というか、そのキスは永井さんから一方的にしているというわけではないようだった。だって、宮瀬ちゃん、ちゃんと応えてるし。

二人して中を覗いていると、しばらくしてようやく宮瀬ちゃんと永井さんが離れた。永井さんが宮瀬ちゃんに何かを言い、教壇に置いてあった鞄を手に取ったのを見て、二人してやばいというように、駆け足でその棟を出てきた。




「あれは、そういうことだよな?」



棟までの途中にある喫煙スペースに座りながら、松木が聞いてきた。



「たぶんね」



俺はスペースの柱に寄りかかりながら、曖昧に答える。先にいて吸っていた男たちが、火を消して歩いていった。俺も煙草持ってきたらよかったなあ。



「たぶんて何だよ! 付き合ってなかったら、キスなんてしないだろ」



こいつの思考能力は、高校生か。いや、最近じゃ高校生も早いから、中学生だな。



「勢い余って、キスからいっちゃったんじゃない?」

「はあ?」



松木が思いっきり顔をしかめる。

よかった。キスからって言っておいて。もしかしたら身体からかもねって言おうとして、松木の精神状態を考慮して、やめておいた。古賀から聞いていた永井さん像から、あの人はちゃんと気持ちを伝えてあるんだろうな。それが先かどうかは知らないけど。それで、たぶん、まあ、そういうことがあったんだろうね。永井さんも大人だし。じゃないと、あんな風にキスできないだろうし。

横で顔をしかめる松木を見ながら、そんなことを考えていると、授業のあった棟から永井さんが出てきた。こちらに向かって歩いてくる。当たり前に、俺たちのことは眼中にない。こっちに歩いてくる永井さんに気がついた松木が、勢いよく立ち上がった。そして、たぶん、何か言おうと永井さんに向けて足を一歩踏み出す。ああ、面倒だなと思っていたら、松木が喫煙スペースに置いてある灰皿に思いっきりけつまずいて、前のめりに倒れそうになった。馬鹿みたい。



「おわっ」



声にならない声をあげて、松木が転びそうになる。



「おっ、と」



が、そうはならなかった。歩いてきた永井さんが、うまいこと片手で松木を支えたからだ。しゃんと立ちなおした松木を見て、永井さんが小さく笑う。



「気をつけて」

「あ、はい」



松木は完全にぼけっとして、歩いていく永井さんを見送っている。馬鹿か、お前は。何、してやられてるんだよ。

永井さんが去ってから、また座りなおした松木が溜め息をついた。そして、沈んだ様子で顔を横に向けた時、今度は宮瀬ちゃんが棟から出てきた。大人しくしてればいいものを、松木はあたふたと慌てだす。案の定、俺たちに気がついた宮瀬ちゃんが『なんで?』という風に、松木に尋ねてきた。テンパって何も答えられないでいる松木に代わって、俺が答えてやる。ついでに、古賀と美香ちゃんとのことを聞いてみた。横で松木が何か言いたそうにしているけど、無視。宮瀬ちゃんの答えを聞いた松木が、今度は心配そうに古賀のことを宮瀬ちゃんに質問する。



「古賀ってさ、ほんとに美香ちゃんのこと好きだと思う?」



それを聞いた宮瀬ちゃんの顔が、一瞬だけど、かげった気がした。



「そうだと思うけど。古賀さんは優しいけど、嘘で付き合ったりはしないよ」



一瞬だけどかげった顔を、見事なほど隠して、宮瀬ちゃんが笑って答えた。それを聞いて、松木が嬉しそうにする。嬉しさのあまり、またしてもさっきのキスのことを忘れている。

友達が待っているという宮瀬ちゃんと別れてから、松木がそのことに気がついた。



「あー、さっきのこと聞いてねー!」

「聞いてどうするの」



呆れた目を投げてやれば、松木が言葉に詰まる。それでも、すぐに顔を笑顔に変えた。



「でもさ、宮瀬ちゃんがああ言ってるなら、古賀ってほんとに美香ちゃんのこと好きなんじゃない?」



その言葉を聞いて、さらに呆れてしまう。



「いいね、松木は」

「何が?」

「言葉のまんま受け取れて」



その言葉の意味さえ分かっていない松木を置いて、喫煙スペースを離れた。後から松木も慌てたようについてくる。

宮瀬ちゃんが、古賀と美香ちゃんとのことで何か考えているのは、明らかだ。それは、たぶん、古賀も同じ。それを二人とも、うまいこと隠してるんだろうな。




「永井さん、大人な感じだったな」



学校への帰り道、松木がぼそっと呟いた。そりゃあ、あんなことされたらな。



「大人だよ。俺たちも。年齢的にはね」



そう言って、本当にそうなんだなと思った。

古賀も、宮瀬ちゃんも、変に大人だ。訳分かんないくらい気持ちを抑えるのがうまくて、平気で笑顔をつくって。何かあるなら、松木のように表に出した方が楽だろうに。

まあ、そんなだから、俺は古賀も宮瀬ちゃんも好きなんだけど。


古賀と宮瀬ちゃんの二人が、まっさらな状態で会えてたらよかったのに、なんて考えながら、松木と帰り道を歩いた。







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