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いつもと変わらない時間が、いつもと変わらない関係のまま、ずっと続くと思っていた。
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「うわー。お腹へったー」
学生用のワンルームで、宮瀬が他人の――谷原のベッドにごろんと横になった。谷原が「どけー」と文句を言っているが、宮瀬は聞く気なし。俺は俺でベッドを背もたれ代わりにして、こたつを机に今度ある英語のプレゼン原稿を作っている。
いつものように、三人が三人ともぐだぐだして、これこそ大学生といういつもと変わらない休日だ。
こんな風に俺と谷原、宮瀬の三人で土曜日とか日曜日を過ごすようになったのは、大学二回の夏休み後半からだ。最近、気温がぐんと下がったから、こうして三人で休日を過ごすのはかれこれ三か月も過ぎただろうか。
他人の、それも男のベッドで「ひまだー、ひまだー」と言いながらごろごろしている宮瀬は、自分だけが女だとかいうことを気にする様子もなかった。谷原だってそんなこと気にしてないだろう。三人で遊ぶ中、誰かの遅刻とかで二人になることはあっても、宮瀬も谷原も二人ということを意識したことはなさそうだ。俺は、……よく分からない。
元は、俺と谷原の二人でどっか行くってパターンが多かったのに、そこに宮瀬が加わったのは、宮瀬の彼氏が二回生の後期から一年の留学に行くことになったからだ。
宮瀬の彼氏が留学することになって、二人は遠恋になったわけだけど、これがまたややこしい。本来ならば、宮瀬も大学二回の後期から留学に行く予定だったのだ。
『試験に通ったんです!』
そうやって、顔いっぱいに興奮した様子で、一回生の春休みに宮瀬は俺たちバイト仲間に報告していた(思えばこの時はまだ敬語だった)。
それがだめになったのは「経済的理由」ってやつだが、学力的には何の問題もなく留学できたはずの宮瀬とは別に、やや問題のあった彼氏は学校側の尽力によって行けることになったらしい。これが夏休み前に起きた出来事らしいが、宮瀬的には納得できない部分が多々あって、その愚痴を聞かされ続けたのが俺だ。今やバイト仲間全員が知っている宮瀬の不運だが、初めに全部聞かされたのは俺だった。
『留学、だめになったんですよ』
泣くわけでもなく、怒り狂うわけでもなく、ただ淡々と、宮瀬はそう言った。
もともと、宮瀬と俺たちとは大学が違うが、バイトしている塾が同じで今こうやって仲良くしている。帰り道が途中まで同じ方向だったことから、いろいろ相談……、愚痴を聞かされて、その度に慰めてやってた。慰めるっていっても、宮瀬の話を黙って聞いて、最後に「お前ががんばってんのは知ってるよ」くらいしか言ってない。そのとき、宮瀬がぽろっと、「一人はいやだ」って言ったのを境に、遊ぶことが多くなった気がする。けど、遊ぶは遊ぶが、遊ぶときは三人か他のバイトのやつも呼んでだ。二人で遊ぶことはまずない。
「古賀さーん? プレゼンのやつ、ぜんっぜん進んでないですよー」
「あ?」
宮瀬の声に後ろを向けば、ごろごろしていたはずの宮瀬がへらへらした顔で俺を見ていた。
「じゃあヒマとか言ってる場合じゃないだろ。手伝えー」
「やだよ」
考え事をしていたのを悟られないように、テーブルをばんばん叩いていつもの調子で宮瀬と話す。
「やだじゃないだろ。このプレゼン終わらすことが今日の目標だろ」
「違うし。てか、それ私のプレゼンじゃないし」
「そんなこと言ってないで早く手伝えー」
「ちゃんとイントロダクション考えてあげたでしょ」
「じゃあ、ついでに結論も考えて」
「いや」
笑って宮瀬が言う。こんな軽いやりとりがいつもだった。宮瀬との会話はこんなのばっかりだけど、それが楽しくて、くだらない話が始まっては終わって、終わってはまた始まっての繰り返しだ。そして、それを谷原が笑って見ているのだ。
そんな時、ベッドに放り出されていた宮瀬の携帯が鳴った。バイブ設定にしているらしく、ブーブーと携帯が震えている。宮瀬が「よっと」なんて言いながら身体を起こして、足元にあった携帯に手を伸ばした。そして、画面を見た瞬間、眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をした。
「あれ? 出ないの?」
未だ鳴り続ける携帯をぽんっと放った宮瀬を見て、谷原が不思議そうに聞いた。宮瀬は何てことないように肩をすくめる。
「出ないってことで誰だか察してください」
「あ、なるほどね」
素っ気ない宮瀬の言い方に谷原が納得したように苦笑いした。俺は宮瀬が携帯を放ったことで電話の相手が誰だか分かったが、相手は間違いなく、地球の向こう側にいる宮瀬の彼氏だろう。
宮瀬は、彼氏からの電話を嫌う。宮瀬の中での彼氏の存在が、今は曖昧すぎて、宮瀬自身もよく分かっていない。会えば好きだけど、会わなかったらべつにいい。宮瀬からしてみたら留学に関して不満な部分もあるし、自分で留学しといて「さみしい」とか言う彼氏に腹をたててもいる。俺は俺で、はっきりしない宮瀬に腹を立てるときもある。いっそのこと、彼氏から宮瀬を振ってしまえばいいのに。何も分からない俺は、こんな卑怯なことを考える。
「お腹へったー。何か頼もうよ」
「そうだなあ。何食べる?」
「俺、餃子食いたい」
「あ、いいね」
空腹に耐えかねた宮瀬が提案して、谷原が電話の用意をして、俺がメニューを提案する。いつもこのパターンだ。いつだって、変わらない。
こんな関係が、きっと、ちょうど良いんだ。だって、俺は、自分がどうしたいのか分からないから。この関係だけじゃ物足りないのか、もっと先を望んでるのか。分からないから、こんな居心地の良い関係を続けるんだ。俺が分かっているのは、それだけだ。
「腹へった! 谷原、電話しろ!」
「出た。ワガママ大魔王」
「うるせー」
谷原と小競り合いをして、それを宮瀬が笑って、俺はいつものような休日を装った。
こんな時間がいつまで続くのかなんて俺は知らないし、知りたくもない。