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第二章 準ずる者と類する者と #1

「紙とペンを発明した人は偉大だよね」

 放課後の教室。

 突拍子もなく飛び出した未波の言葉に、メモ帳にペンを走らせる準の手が止まった。

 所属する部活や同好会がまだ決まっていないこともあってか、クラスの連中はホームルームが終わるや否や早々と帰ってしまい、残るは準と未波と二三香の3人だけ。妙に閑散とした空間では、普段なら見逃してしまうような些細なこともやたらと耳や目に付くようになる。まして、会話の流れも文脈もなく放たれた言葉であれば尚のことだ。

「急にどうしたんだよ」

「いっぺんに覚えたり処理できる量ってたかが知れてるじゃない? でも、紙切れ1枚とペンさえあれば、1度忘れちゃってもサルベージできるし、効率も上がる。これってよく考えたらすごいことだよ!」

「ああ、言われてみればそうだな」

 それなりに理論的で筋も通っていると準は思った。

 しかし、子供のように目を輝かせた未波が言うと、信憑性は大幅ダウンだ。そのギャップがおかしくて、思わず吹き出してしまう。

「人が珍しく真面目に話してるのに失礼だなキミはー」

「悪い悪い」

「『珍しく』ってことは、普段真面目じゃないって自覚はあるわけね。ところで、さっきから一生懸命何を書いてるの? ……誰かの名前?」

 傍らで静観していた二三香が、手元のメモ帳を覗き込みながら尋ねる。

「分身の名前だよ。なるべく早めに付けてやるって約束しちゃったからな。しかも『俺の分身らしい名前』って条件付きで」

「分身って、あのブルマっ娘? あの子かわいいよねー。また会いたいなぁ。って言うか愛したいっ! 主に目と手で」

 未波の指が何かを鷲掴みにするような、何とも気持ち悪い動きを始める。

「どこぞのエロ親父か、あんたは!」

 さらに怪しげな薄笑いまで浮かべる未波の額に、二三香の水平チョップが入った。

「それで名前は決まりそうなの?」

「いや、もう決めたよ。凝りすぎて変な名前になったら本末転倒だし、そもそもあいつの元になってる俺自身が凝った存在じゃないからな」

「じゃあ早く付けてあげた方がいいと思うよ」

「そう急かすなよ。言われなくても今呼び出すから」

「未波の場合、単にあの子に会いたいだけなのが丸分かりよ」

 メモ帳を閉じて胸ポケットにしまい『いでよ!』と念じると、黒髪ロングのブルマ少女が準の真横に現れた。魔法のランプも真っ青の手っ取り早さだ。

「お呼びですか?」

「ああ。今朝家を出る前に約束した名前、ようやく決まったよ」

「ほ、ほんとですか? やったあ!」

 胸元でガッツポーズをして喜ぶブルマ少女。まだ教えていないのに……と準は呆れ顔になったが、無邪気な笑顔を見て悪い気はしない。

「ほらほら、静かに。誰かに見つかったら大変だぞ、ルイ」

「ルイ……渡末ルイ……どんな字を書くんですか?」

「カタカナで『ルイ』だ。まず俺の名前が準。よく『○○に準ずる』って使い方をするだろ?」

「はい」

「それに近い表現で『○○に類する』ってのを思い付いたんだ。これなら分身らしい名前って条件にも合う」

「カタカナにしたのはどうして?」

 未波が首をかしげる。

「逆に、そのまま漢字を当てるとどうなる?」

「渡末類……動物の分類みたいで何か変」

「だろ? カタカナにすれば名前の体裁も整うし、かわいらしさも3割増し(当社比)で一石二鳥だ」

「すごい……すごいよ。準ちゃん、あんた天才だよ!」

 当社比のくだりをあっさりスルーして、未波が目を輝かせる。

 しかし、二三香の反応は未波とは対照的だった。

「未波を喜ばせてどうすんのよ。ルイちゃん……ってまだ決まったわけじゃないわね。この子に気に入ってもらえなきゃ意味ないでしょ。私もいい名前だとは思うけど……」

 二三香の言うとおりだった。未波に褒められて有頂天になっている場合ではない。

 準はおそるおそる少女に向き直り「どう……かな?」と消え入るような声で問いかけた。

 少女は考え込むように目を閉じたまま何も答えない。

 そのまま流れる沈黙。

 無理もないと準は思った。

 ただ泣くことしかできない生まれたばかりの赤ん坊ならいざ知らず、目の前にいるのは十分に物心の付いた――さらに言えば年頃の女の子だ。『名は体を現す』という諺があるように、一生付き合う名前の選定となれば人一倍慎重にもなるだろう。

 しかし、物事には限度というものがある。 物思いに耽る少女を緊張の面持ちで見守る彫刻状態になって、数十秒が経とうとしていた。せめてイエスかノーかくらい答えてもらわないと、こちらの神経が持ちそうにない。

 準が口を開きかけるのと少女が目を開けたのは、ほぼ同時だった。

 喉まで出かかっていた声をあわてて抑え、思わず息を飲む。

 そして入れ替わるように少女の口が開き――

「ありがとう……ございます」

 耳を澄ましてようやく聞き取れる程度の小声だったが、少女の口から発せられた言葉は準の耳に――もちろん未波と二三香の耳にも、はっきりと伝わってきた。

「よかった……。気に入ってくれたんだな」

「はい。うまく言えませんが……割と普通の名前なのに、準さんなりの考えやお心遣いが詰まってて……すごく嬉しいです!」

 はにかみながら答えるルイ。

「やったね、準ちゃん!」

「よかったじゃない。さっそく今日からルイちゃんって呼ばせてもらうわね」

 未波と二三香も緊張の糸が切れたのか、さっきまでと打って変わって声に明るさが戻っている。ルイもお調子者ぶりを取り戻しつつあるようで、

「わたくし、渡末ルイをこれからもよろしくお願いします!」と、はいてもいないスカートの裾をつまむような仕草をして見せた。

「ルイにゃんかわいいよルイにゃん……」

 色っぽいのか気色悪いのか、よく分からない声で未波が悶え始める。

 勝手に萌え死ぬのは構わないが、レズっ気全開でルイを襲ったりするのは勘弁して欲しいものだ。

 ルイと未波の百合展開――正直、見てみたい気もしなくはないが、それは保護者的な立場の者として到底許されない。

「未波……どうでもいいけどあんた、ルイちゃんに手を出して渡末君に殺されても知らないからね?」

 準の心中を代弁するかのように釘を刺す二三香。だが、二三香も未波とは違った意味で明らかに何か勘違いしている。勝手に人をヤンデレキャラに仕立て上げるとは何事か。

「殺されるとか物騒なこと言うなよ。あ、だからって手を出していいってわけじゃないからな?」

「心配しないでよ~。ルイちゃんに手を出していいのは準ちゃんだけってことくらい分かってるって」

「ちょっと待て! どこをどう解釈すればそんな結論に辿り着くんだ! いいか? いくら分身とはいえ、ルイにはルイの意志があってだな」

 未波のストッパー役であるはずの二三香にまで悪乗りされ、準も一気にヒートアップしていく。ルイはルイで顔を真っ赤にして俯いてしまうし、もう踏んだり蹴ったりだ。

 未波と二三香もルイの様子に気付き、心配そうに声をかける。

「ごめんね、変な話して。今のはみんな冗談だから」

「あっ、いえ。私も取り乱してしまってすみません」

 ハッと顔を上げてルイは答えた。かと思いきや再び頬を赤らめ、

「でも、準さんならいいかな、その……出されても……」と小声でぼそぼそと呟いたりして、どうも落ち着かない。堂々と逆セクハラ発言を連発していた今朝の態度はいったい何だったのかと小一時間ほど問い詰めたくなってくる。

「俺がどうしたって?」

 最後まで聞き取れずに聞き返す準。

「な、何でもありません、独り言ですっ!」

 うまくはぐらかされてしまった。しかも、ルイにはルイの意志があると明言してしまった手前、しつこく追及できない。「そっか……」と引き下がるしかなかった。

「見せつけてくれちゃって、まー。でも、こうして見るとさ、兄と妹って感じだよね」

「まだちょっと他人行儀だけどね」

 ルイの基本口調は敬語ないし丁寧語。至極当然の感想だ。かと言って、それを強引に改めさせるのも何というか、気が進まない。

 とりあえず、ひとつ屋根の下に暮らす後輩くらいに考えておこう。準はそれで自分を納得させることにした。


*     *     *


 ルイを一旦格納して教室を出ると、すでに7時を回っていた。日が長くなってきているとはいえ、さすがにこの時間では真っ暗だ。

 特に、準が中学を卒業するまで住んでいたあたりは、ここ30年ほどで整備された新興住宅地ということもあり、日没後は電柱の白色蛍光灯と民家から漏れてくる灯りを頼りに家路を辿るしかなかった。その点、秋津駅前は商店が建ち並び、夕方ともなれば帰宅途中の学生やサラリーマン、買い物中の主婦などでごった返している。都会過ぎず田舎過ぎず、雰囲気だけで安心できるロケーションは滅多にない。

 ちなみに未波と二三香は「買ったばかりの定期を無駄にできない」と言って、能力を使わずに電車で帰っていった。

 ふと1組のカップルが目に入った。線路向こうにあるスーパーの袋を下げて仲良く歩いているので夫婦かも知れない。

 あんな光景を見ると、時々無性に羨ましくなることがある。かなり下世話な見方だが、愛に飢えているからだろうか? しかし、準も両親に愛され、兄弟にも恵まれながら何不自由なく育ってきた。現に今も十分な仕送りを受けながら一人暮らしを満喫させてもらっている。羨む理由など見当たらない。なのに……。

 いずれにしても、あまりじろじろと凝視するものではない。早いところ通り過ぎてしまおうと、踏み出した右足に力を込める。

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