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第一章 お願いは計画的に #5

「厚焼き卵には大根おろしが一番だな」

 焼き上がったばかりの厚焼き卵をフライパンの中で朝食用と弁当用に切り分けながら、準は舌鼓を打った。

 一人暮らしを始めて3週間あまり。

 なるべく栄養が偏らず、なおかつ自分でも作れるメニューを考えながら徐々にレパートリーを増やしてきたが、厚焼き卵だけは毎日欠かさず食べている。一口大に切り分けて大根おろしを乗せ、少し醤油をたらすのが準のお気に入りだ。もっとも、それは朝食用限定の話で、汁漏れのリスクを冒してまで弁当箱に入れたりはしないが。

 4月とはいえ、早朝の台所は少し肌寒い。食べる前に制服に着替えた方がいいかも知れない。暖房をつけてもよいのだが、台所全体が温まるのを待つよりも遙かに手っとり早いだろう。

 寝室に使っている和室で着替えを済ませ、ようやく朝食にありつく。

 それにしても静かだ。

 ドアを開け放って洋室のテレビをつけているのに、まったくと言っていいほど耳に入ってこない。自分だけ別の空間に隔離されているのではないかと錯覚してしまう。

「おいおい、今さらホームシックとか笑わせんなよ」

 わざと声に出してみる。しかし、その自分の声も急にフェードアウトして聞こえなくなってしまった。

 そして、準は気づく。

 ――これは錯覚ではない。

 心当たりはないが、ストレスか何かで耳の聞こえが一時的に悪くなっているのだろうか?

(ひとまず横になって様子を見るか)

 こんな状態では、とても落ち着いて食べていられない。一旦寝室に戻ろうと席を立つ。

 と、突然濃い霧がかかったように視界がボヤけ始めた。続いて、脳を揺さぶられるような浮遊感。準はあわてて椅子に座り込む。

 二三香が昨夜言っていた目眩のことが、ふと脳裏をよぎる。

 疑っていたわけではないが、二三香の言っていたことは本当だったようだ。となると、自分もどこか別の場所に移動してしまうのだろうか?

(だとしたら、先に着替えといてよかった)

 ストップウォッチで正確に計っていたわけではないが、目眩は30秒ほどで徐々に治まってきた。聴覚も元に戻りつつある。

 おそるおそる目を開け、準は仰天した。

 そこは台所だった。それも自分の部屋の。どこからどう見ても、寸分違わず自分の部屋の台所の風景だ。たったひとつの間違いを除いて……。

「お、おい! そこで何してるんだ。いつの間に忍び込んだ!?」

 準は半分震えながら、その『間違い』に向かって怒鳴った。

 椅子の足下に、1人の少女が横たわるように倒れていた。

「ん……」

 怒鳴り声で目が覚めたのか、少女はゆっくりと体を起こす。

 顔立ちや体つきから察するに、年は13~14歳くらいだろうか。邪推すればどうにでも解釈できるが、まさか小学生ということはあるまい。

『かわいい』と『美少女』の中間を行くような、くっきりとした輪郭と人懐こそうな目鼻立ち、さらりと背中まで伸びた黒髪。周りに同年代の男子がいたら、確実にモテることだろう。

 この肌寒い中、半袖の体操服にブルマ、さらに室内にも関わらずスニーカーという出で立ちが謎と言えば謎であるが。

 しかし、問題はそこではない。

 さっきよりも優しい口調で準は尋ねる。

「君はここで何してるの? いったいどこから入ってきたんだ?」

 質問したからと言って答えてくれる保証はどこにもないのだが、かと言って高圧的に出るばかりでは何も解決しない。

 少女は意外にもしっかりした口調で答えてくれた。

「初めからいました。その……正確には昨日の昼頃からですけど」

「昨日の昼からここに潜んでたのか!?」

「いえ、そうではありません。私は、その……あなたの分身なんです。今まで姿が見えなかったのは、あなたの体と同化してたからで。あっ、同化って言っても変な意味じゃありませんから、勘違いしないでくださいね?」

「ちょ、ちょっと待った。分身だって?」

「はい。あなたは昨日鳥居の下を通りましたね?」

「あの部室棟裏の鳥居のことか? たしかに通った。目眩を起こして倒れるわ、制服が泥だらけになるわ、散々な目に遭ったよ。おまけに……」

「お連れの方が奇妙な能力に目覚めてしまった、と」

「……知ってるのか」

「ええ。あれにはちょっとしたカラクリがありまして」

「カラクリ?」

「長くなりますが、順を追ってご説明しますね」

 そう前置きをすると、少女は淡々と語り始めた。

「あの鳥居は、昨日お連れの方が言っていたとおり、結構頻繁に現れたり消えたりするんです。それ以外は普通の鳥居なので別に近づいても安全なんですが、ある条件が揃った状態で来られると、必要に応じて特殊な能力が身に付くようになります」

「条件って、たとえば人数とか時間帯とか?」

「ご名答! まず5人であることがひとつ。なおかつ、5人とも何かしら深い悩みを現在進行形で抱えていることが条件になります。たとえば、昨夜のあの方は……」

「二三香のことか?」

「そう、二三香さんは自宅と学校が遠すぎることを悩んでいた。その悩みを一気に解決する手段として瞬間移動能力が備わりました」

「……となると、俺を含む他の4人も遠からず超能力が発動するってことか」

「いいえ、残り3人です。二三香さんとあなたは発動済みですから」

「俺も発動済みってどういうことだ?」

「とぼけないでください。あなた、昨日の昼前からずっと『分身欲しい分身欲しい』と考え通しだったでしょう。それで分身能力が備わり、その分身が私というわけです。私の存在そのものが、すでに能力が発動しているという動かぬ証拠です」

「いや……だからって、どうして――」

「どうしてこんな子供が分身なんだ。そう言いたいのでしょう? あくまでも部分的にですが、能力者本人、つまりあなたの好みが反映された結果ですので私にはどうすることもできません」

「本人の好みってことは、男だったら女の分身、女だったら男の分身しか出てこないわけか」

「ホモやレズでもない限りはそうなりますね」

 想像して準は青ざめた。ガチムチの筋肉野郎に『分身だから』と居座られても、それはそれで困る。野郎だらけの汗くさい部屋などまっぴらごめんだ。

 その点ではこの体操服少女の方が遙かによかったが、だからと言って年がら年中そばをうろつかれてはかなわない。部屋に2人でいる時に親でも来ようものなら、言い訳のしようがないではないか。

「ひとつだけ確認したい。1度分身として現れたら、ずっとこのままなのか?」

「あなたが私に向かって『戻れ』と念じれば元のように一体化します。召還したい時も同様に『いでよ!』とか『ババア、俺だ。結婚してくれ!』と念じればOKです」

 後半があまりにも意味不明だった。

「とにかく自由に出し入れできると考えていいんだな?」

「そんな……『出し入れ』だなんて、見かけによらずエッチですね」

「ちょっ!? いや、そっちの意味じゃなくてだな」

「うふふ、冗談ですよ。とにかく、マスターの生活の邪魔にはなりませんよ、ってことです」

(こいつ……口調は大人びてるが、言動や発想は未波そっくりだな)

 準は心の中で毒づいた。

「ところで、お願いがあるんですが」

「変なことでなければいいぞ」

「お名前を教えていただけませんか? それと、私にも名前を付けていただけたら嬉しいなぁ、なんて」

 言われてみれば、お互いに名前を知らなかった。このまま話を進めるとややこしくなりそうだ。

「それもそうだな。俺の名前は渡末準。漢字で書くと、渡り廊下の(わたる)に末っ子の末、準備の準だ。悲しいことに、自己紹介の時は滑舌をはっきりしないと、高確率で『渡瀬(わたせ)準』と勘違いされる。おかげで小中学校時代のあだ名は『オールさんずい師匠』だ」

「あ、たしかに全部さんずい……」

「それだけならまだいい。橋に村、将棋の桂馬(けいま)橋村(はしむら)(けい)ってヤツがいて、幼稚園から中学までの12年間のうち10年も一緒だったせいで――」

「『オールきへん・さんずい』ですか? そこまで来るとシャレになりませんね」

「だろ? それで君の名前だけど、ちょっと時間もらえないかな。せっかくだからきちんと考えて付けたいし、早いとこ食べて学校行かないと……」

 いつの間にやら8時を回っていた。いくら何でも2日目で遅刻はまずい。

 少女は「分かりました。楽しみにしてますからね」と、準の提案を快諾した。

 すっかり冷めてしまった飯と厚焼き卵を一気に頬張り、味噌汁で流し込む。曲がりなりにも初対面の女の子の前で行儀悪い食べ方をするのは気が引けたが、今はそんなことに構っていられない。

 そんな準の様子を体操服少女(現在名無し)も微笑ましそうに眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。

「食べながらでいいので、ちょっと聞いていただけますか?」

「ん、どうした?」

「残りのお三方に能力のことをお話しするのは構わないんですが、どんな能力が発動するかは伏せておいて欲しいんです」

「伏せておくってことは、君は未波や先生たちの能力を知ってるの?」

「ええ。あの鳥居のことも含めて、何らかの形で説明する役が5人の中から必ず1人選ばれるんです。今回は分身能力を持つ準さんが選ばれ、その分身たる私にすべての情報が与えられてまして……」

「分身能力を持つ人間がいなかった場合は?」

「全員の夢をジャックしてお伝えすることになります。少々乱暴ではありますが……」

「なるほどね。ちなみに、未波と先生たちの能力ってのは?」

「まずポニーテールの方は飛行能力、赤いメガネの方は透視能力、もう1人の女性の方は逆行能力、つまり対象物の状態を任意の時間軸まで戻す能力がそれぞれ発動することになってますね」

「どれも使えたら便利そうな能力ばかりだな。でも、それを当人に伏せておくのはどうしてなんだ?」

「能力の発動そのものは些細なことがきっかけで起こるケースが多いんですが、身に付けるためには、まず本人の強い欲求が必須条件になります。その前段階で能力云々の話をしても、常識的に考えて信じる人はまずいませんよね? 下手をすれば超能力全般に対する疑いが深まってしまう可能性もありますし、逆に信じたら信じたで能力に頼ってしまい、目の前の問題に真剣に向き合わなくなります」

「たしかにそうだな」

「ですから、すでに発動しているお二人の能力に関しては話しても構いませんが、お三方の能力と発動までのプロセスは、くれぐれも内密にお願いしたいんです。私も皆さんの前では知らないふりをしてますから」

「分かった。ただ、学校にいる間はひとつに戻っててもらうぞ。いつ未波たちに説明することになるか分からないとはいえ、君をそのまま連れ回してると目立つからな」

「承知しました。必要なことは粗方お話しましたし、いつでもOKです。と言うか、むしろ早く戻りたいです。この部屋、やけに寒くないですか?」

「まだ4月になったばかりだからな。朝晩は冷え込むし、第一そんな格好でいたら寒くて当たり前だ。そのうち風邪引くぞ」

 横目で睨みながら、準はハッとした。今はテーブルを挟んで向かい合っているので見えないが、そんな格好=ブルマ姿だったことを今さらながら思い出す。

 ブルマそのものはアニメや漫画などで知っている。しかし、実物を目の当たりにするのは初めてだし、体のラインその他がここまで露わになるなど想像すらしていなかった。

 ――エロい、とにかくエロい!

 こんな少女とひとつ屋根の下で暮らしながら理性を保つなど、ほぼ不可能だ。遅かれ早かれ道を踏み外してしまうかも知れない。

 いっそ封印したまま2度と呼び出さないようにしてしまおうか。そんなことを考えながら、準は少女に『戻れ!』と念じた。


*     *     *


 何かしら秘密を抱えながら平静を装うのは、思いのほか骨が折れる仕事だ。人前に出なくとも脈は速くなり、声も小さくなる。呼吸するだけで体力ゲージが減っていく。その秘密を一貫して隠し通すつもりならまだいい。いずれ誰かに話さなければならず、そのタイミングもいつ巡ってくるか分からないとなると、精神的負担は計り知れない。

「ミスを上司に報告するタイミングを待ち続ける部下の気持ちって、きっとこんな感じなのかもね」

 4時間目の授業が終わり、やっと訪れた昼休み。

 消し終えた黒板を背に、二三香がぽつりと呟いた。

 準は朝一番で二三香にすべてを話し、人気のない屋上を選んで体操服少女との顔合わせも済ませていた。もちろん、能力者たる準の好みが分身の外見に色濃く反映されていることは伏せて、だが。そんなことまで馬鹿正直に話せば変態扱いされるのは火を見るより明らかだし、あの服装では好みと言うより性癖に近いニュアンスでとられかねない。

 準の返事にも自然とため息が混じる。

「俺たちは何も悪くないはずなのにな。それより、能力の扱いはもう万全なのか?」

「家と学校の往復にしか使ってないけど、今のところは特に問題ないわ。それよりも、渡末君の分身の女の子、結構かわいいわね。素直で礼儀正しいし、さっそく渡末君に懐いてるみたいだし」

「まあな。受け答えはしっかりしてるし、見た目もそこそこいいんだけど……」

「けど? もしや、まだ何かご不満なの?」

「いや、あの格好だけはどうもな……。2人で部屋にいる時なんかは目のやり場に困るだろうし、第一あれじゃ人前に出せないよ。ましてや俺の身代わりなんて論外だ」

「それは言えてるわね。あんな格好で外を歩いてたら変質者に狙われるし、家の中でも朝晩はまだ冷え込んだりするから風邪引いちゃうかも。あ、それとも……ふふふ」

「な、何だよ? 気持ち悪いな」

「目のやり場に困るってことは、多少は意識してる証拠よね。変質者は一番身近な所に潜んでたりして」

「おいおい、憶測だけで変質者呼ばわりは勘弁してくれよ。俺だって、自分なりにあいつのことを心配してるんだぞ」

「ちょっとした冗談よ。ところで、お昼ご飯はどうするの?」

「弁当作って持ってきたよ。朝の騒ぎのおかげで、だいぶ手抜きになっちまったけど」

「えらい! ちゃんと自分で作るなんて。そう言えば未波の姿が見えないけど、どこに行ったのかしら?」

「さぁ。俺は何も聞いてな……あれ?」

 思わず言葉を切る準。

 未波が青白い顔で机に突っ伏していた。

「どうしたの?」

「未波、戻ってきてたみたいだ。でも顔色がちょっとおかしいな」

「やけに青白いわね。まさか、これって……」

 能力が発動するのかしら、と続けようとした瞬間。

 未波の体が突如、宙に浮かび上がった。意識を失いかけているせいか、手足は力なく伸びたままだ。

 一気に天井近くまで上昇すると、体の重心を少しずつ傾けながら、机のすぐ横の窓を抜け、さらに上昇していく。

 この間、僅か5秒足らず。驚きの声を上げる間もなかった。

 まるで、突如飛来したUFOにさらわれる、SF映画のヒロインでも見ているかのようだ。

 準と二三香の他にも、何人かはこの超状現象に気付いたらしい。だが、飛び去った物が何なのかまでは冷静に認識できなかったようで、みな一様に首をかしげたり目をこすったりしている。未波だと気付かれなかったのが不幸中の幸いだ。

「追いかけよう!」

「ええ」

 電光石火の如く教室を飛び出し、廊下を全力疾走する。

 追いかけると言っても、せいぜい屋上に上がることくらいしかできないのだが、このまま放っておくわけにも行かない。

 階段を一段飛ばしに駆け上がり、ドアノブへ手を伸ばす。これで鍵がかかっていたら終わりだ。

 しかし、準の指先が触れるより一瞬早くドアが開き――

 隙間に体をねじ込むようにして未波が這い出てきた。

「二三香……? 準ちゃんも……どうしたの?」

「あんたが青白い顔でダウンしてると思いきや、急に浮かび上がったりするもんだから、びっくりして追いかけてきたのよ!」

「浮かび上がった、ってどういうこと?」

「今のを覚えてないのか?」

「うん。急に目の前が真っ白になって……そう、机に伏せてたはずなんだけど、気付いたら屋上で倒れてた」

 階段の手すりにもたれながら未波が答える。準もそうだったが、完全回復までは少し時間がかかりそうだ。

(ビンゴだな)

(そうみたいね)

 準の視線に、二三香が小さく頷いた。意を決して未波に問いかける。

「未波は元々屋上に行くつもりだったんだろ?」

「え? 何で分かるの?」

 驚いたように顔を上げる未波。

「ちょっと屋上に出よう。ここじゃ説明しにくい」と、準は右手を差し出す。

「分かった。あ、もう自分で立てるから」

 よろよろと未波が立ち上がった。

 屋上に他に誰もいないことを確認するなり、二三香は開口一番、

「いい? 落ち着いて、よく見ててね」と未波に告げる。

「うん、何だかよく分かんないけど」

「見れば分かるわ。それじゃ始めるわよ」

 二三香の姿がかき消えた。親友が相手でもまったく容赦する気はないようだ。

「あ、あれ? 二三香?」

「後ろよ」

 振り向くと、さっきまで前にいたはずの二三香が立っていた。昨夜見せてもらったのとまったく同じ動きだ。1度見ているとはいえ、姿が突然消えるというのは決して心臓に良いものではないが……。

「あ、あれ? いつの間に回り込んだの?」

「ちゃんと後で説明するわ。次、渡末君」

「連続で驚かせるようで悪いけど、よく見ててくれよ」

 準はそう言うと、心の中で『いでよ!』と念じる。……さすがに『ババア、俺だ。結婚してくれ!』はありえなかった。

 と、準の真横からスライドされた紙芝居のように、もう一体別のシルエットが現れた。

 背丈が肩あたりまでしかなく、準に比べてだいぶ華奢な体つき。準の体と完全に分離する頃には、少女の姿となって未波の目にもはっきりと映った。

「準ちゃん、その子……」

 唖然としながらも、何とか口を開く未波。

「ああ、この子は」

 分身を終え、傍らに立っている少女を横目で見ながら答えようとした瞬間、

「どこから誘拐してきたの?」

 予想だにしない未波の言葉に、準と二三香は同時に「はあ?」と間抜けな声を出してしまった。クラス委員の3人中2人が誘拐犯。サスペンスドラマにしたら間違いなくコケそうな設定だ。いや、それ以前に誘拐した少女を自分の体内に取り込んでいる時点で人外モンスター決定ではないか。今ここにいるメンバーだけでホラーやスプラッタ映画のワンシーンが撮れてしまう。

「ご、誤解のないように言っとくけど、この子は誘拐してきたんじゃないからな。俺の体から分裂したのを今そこで見てただろ?」

「いきなりこんなことを言っても信じられないと思うけど、渡末君の分身なのよ」

 必死に説明を試みるが、未波は銅像のように固まったまま動かない。おそらく理解してもらう以前に、耳に入ってすらいないのだろう。

 途方に暮れる準と二三香。

 と、見かねた分身少女が未波に直接呼びかける。

「えーっと、未波さん、でしたっけ? お二人の言うとおりで、私は準さんの分身なんですよ」

「ど、どういうこと……なの?」

「ちょっと長くなりますけど……まず未波さん。あなたは昨日鳥居の下を通りましたね? そして、急に目眩を起こして倒れましたね?」

「鳥居って……部室棟の裏にあった、あの?」

「はい。結論から言うと、あの鳥居の下を通ると本人が現状で抱えてる悩みや願い事に合わせて、特殊な能力を使えるようになるんです。まあ、ちょっとした条件が必要なんですが、詳しくは後でお二人から聞いてください」

「それじゃ、二三香の瞬間移動とか準ちゃんの分身……あと、私が空中に浮いたりしてたって言うのは、その能力のせいってこと?」

「そのとおりです。目眩は能力を授かる時と初めて使う時の副作用みたいなものでして、2度と起こりません。ためしに『飛べ』と念じてみてください」

「え? や、やだよ。危ないし」

「飛ぶ時の高度やスピード、着地点なんかは自分の意思でコントロールできますから大丈夫ですよ」

「本当に? それならやってみるけど……ちょっとだけだよ?」

「自分を信じてください。その能力で解決したい問題や悩みがあったはずですよ、未波さんにも。まぁ、あとは楽しんだ者勝ちですけどね!」

「そんな簡単に言わないでよ」

 ぶつぶつ言いながらも未波は静かに目を閉じる。少女の言葉で覚悟を決めたようだ。

 未波が自由に飛び回れるようになるのに、さほど時間はかからなかった。

 と言っても、トラブルがまったくなかったわけではない。飛び始めた当初は姿勢が今ひとつ安定せず、そうなるとスカートなども盛大にめくれ上がったりするわけで……。

 リボンが付いた逆三角形の白い布地は、しっかりと準の目に焼き付き、しばらく離れてくれそうになかった。

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