第一章 お願いは計画的に #4
正門を出て商店街へと続く、緩やかな上り坂の途中。
「ところで2人はさ」
長い沈黙を破るように未波が口を開いた。
「私たちがどうかした?」
「今日はまっすぐ帰るのかなーって」
「俺はそのつもりだけど」
「私も帰るつもりだけど、どうして?」
「あの……あたしが考え過ぎなだけかも知れないんだけどさ」
急に未波の声が小さくなる。
「もったいぶってないで早く言いなさい」
「あたしたちさ、このまま帰ったらひとりぼっちだよね。先生たちは何かあったら相談しろって言ってくれてるけど、明日学校で顔を合わせる前に『何か』が起こるかも知れない。親とかにも相談できるようなことじゃないし、もしもの時のために準ちゃんと連絡先を交換しておいた方がいいんじゃないかと思って……」
「なるほど。未波にしては名案ね」
「あんなことがあった後だし、1人でいるのはたしかに心細いかもな」
「じゃあ決まりね。さっそく交換しましょ。渡末君の携帯は赤外線通信に対応してるわよね?」
「対応はしてるけど、ほとんど使わないから呼び出し方がよく分からないんだよな。ちょっと待ってて」
とりあえずメニューを表示してみる。皮肉にも一番左上に赤外線マークが出てきた。さっそく通信モードに切り替える。
「よし、OK!」
二三香の携帯に向けて発信し『データ送信完了』のメッセージが表示されると、二三香も「あ、来た来た。これで登録完了」と素早く指を動かし始めた。
「それじゃ次は久坂さん」
「未波でいいよ、呼び方。何かよそよそしいし」
さらりと無茶な要求をされ、準は一瞬面食らう。
「え、そう? じゃ、じゃあ未波……い、行くよ?」
ほんの数時間前まで見知らぬ者同士だったことを忘れてやしませんか、お嬢さん?
そう言ってやりたいのをこらえながら、再び通信モードにして携帯を差し出す準。
「うん……。やさしくしてね? 初めてだから」
「……はい?」
「未波、そのへんにしときなさい」
二三香の冷ややかな声が割って入った。
「誰もいないからいいようなものの、学校前の道端で白昼堂々口にしていい台詞じゃないわよ。渡末君も未波の悪ふざけにいちいち付き合うことなんてないからね?」
「あ、ああ……」
何とか落ち着きを取り戻し、軽く笑ってみせるものの、準の目は完全に泳いでいた。引きつり笑いもかくやという顔だ。
一方、未波はと言うと。
「ちょっと言ってみただけなのに……」とつまらなそうな顔をしている。
「バカやってないで、さっさと交換しちゃいなさいよ」
「そ、そうだ。早く交換しよう」
再び互いの携帯の赤外線通信部を近づける。二三香の時と同じく数秒ほどで通信は完了し、続いて逆の要領で2人の連絡先が準の携帯に登録された。
携帯そのものは塾に通い始めた小6の頃から持たされていたが、従姉妹たちを除く同年代の女の子の連絡先をメモリに登録するのは、これが初めてだった。
「このあと私たち電車なんだけど、渡末君は?」
「俺はここが最寄りなんだ。だから駅でお別れ」
「へえ、地元なんだ? 近くていいなー」
「ほんと羨ましいわね。それに引き替え、私たちは片道1時間半。特に朝なんか大変よ」
未波と二三香、2人分のため息が重なる。
「いや、出身は元々ここじゃなくて茨城なんだ。ほんの1ヶ月前まで向こうに住んでて、高校も土浦に入る予定だったんだけど、親の転勤の都合で……」
「え、そうだったの? じゃあ家族でこっちに?」
「いや、転勤先は静岡。親と妹は向こうに引っ越して、俺はこっちで一人暮らし。この近くで親戚がマンション経営してて、そこに住んでる」
「ひ、一人暮らし!? 高校生で?」と、派手に驚いたのは未波だった。
無理もない。当の準でさえ未だに事態を把握しきれていないのが正直なところだ。
「まあ珍しいと言えば珍しいかも知れないな。漫画とかアニメだと一人暮らしの高校生なんて当たり前に出てくるけど、俺もまさか自分がそうなるとは思ってなかったし」
「一人暮らしかー。憧れるなー」
二三香も遠い目をしている。おそらく彼女たちの中では『一人暮らし=自由気まま』といったイメージなのだろう。
たしかに自由気ままではある。遅くまで起きていようと、寝転がってゲームに没頭していようと、誰からも文句を言われない。
しかし、それはあくまでも自己責任の代償として与えられるものだ。朝は誰も起こしてくれないし、食事を作ってくれる人もいない。
生まれてから15年間、ずっと母親任せにしていたことが、一気に降りかかってきたと言っても過言ではない。掃除、洗濯、食料の買い出し、果ては新聞勧誘のやり過ごし方まで。
「これが結構大変なんだよ。それより今入ってきた電車じゃないか? 君たちが乗ろうとしてるのは」
やや年季の入った黄色の車体がホームに滑り込んでくるのを視界の端で捉えながら、準は改札の向こうを指さす。
「あっ、急がなきゃ! それじゃまた明日ね」
「何かあったらすぐ連絡するから、よろしくね」
「ああ、また明日な」
2人が改札の向こうへ消えると、準は歩いてきた道を引き返した。
大手チェーンのラーメン屋や定食屋が並ぶ通りを抜け、突き当たりの角を曲がると、準が住んでいる5階建てのマンションが見えてくる。
今年の秋で、ちょうど築20年。風呂・トイレは別々、8畳の洋室と6畳の和室それぞれにクローゼットと押入れが付いていて、一人暮らしにはやや広すぎる間取りだ。
鍵を開けて玄関に鞄を置き、洗面所に直行する。鳥居の下で倒れた時に付いたであろう土埃や枯葉をできるだけ早く落としておきたかった。
ハンカチを水で軽く湿らせ、丁寧に土埃を拭き取っていく。
入学初日から派手に汚れたものだ。ひとまずドライヤーでも当てておけばシワにならずに済むだろうか。
着替えを済ませて時計を見ると、まだ1時半を少し回ったばかりだった。
この時間帯ではテレビをつけてもさして面白くないし、商店街をぶらつこうにも、まだ足が言うことを聞きそうにない。学園の敷地を1周して駅まで歩いただけなのに、入学初日のプレッシャーと立ちくらみが拍車をかけ、実際の運動量以上に体力を消耗していた。
(少し昼寝でもするか…)
座布団を枕代わりに横になり、手足を思い切り伸ばす。軽く目を閉じると、未波と二三香の顔が浮かんだ。
話して食べて走って歩いて倒れて、また歩いて話して……なんてことをやっていて考える余裕などなかったが、2人とも容姿に関しては準のストライクゾーンのど真ん中をぶち抜いていた。
(あの子たちと連絡先交換しちまったんだよな……)
さっきの赤外線通信を思い出し、準は身をよじる。
緊急連絡用という名目上、電話が鳴らない方が状況的に好ましいのは百も承知だ。
しかし、自分の携帯に今日知り合ったばかりの女子の連絡先が登録されているという事実は、ごく普通の高校生(しかもなりたて)である準を悶えさせるのに、十分な威力を持っていた。
* * *
渡末家の夜は早い。
と言っても、この部屋には準しかおらず、しかも高校入学初日ということで早めに寝る支度をしているだけなのだが。
ゴールデンウィークを過ぎる頃には、また以前のように日付が変わってから布団に潜る生活に戻っていることだろう。
ちなみに朝のホームルーム開始は8時40分。8時に起きたとしても十分間に合う。
だが一人暮らしを始めた今は、朝食や弁当を作る時間も計算に入れて動かなければならない。制服も、ただ羽織るだけの学ランからネクタイ付きのブレザーに変わった。
学食や売店もあるにはある。が、入学早々お世話になってばかりいては、いずれメニューに飽きてしまうだろう。出費だってバカにならない。大学進学後もここで一人暮らしを続けることを考えると、食事を自分で作る習慣や技術くらい身に付けておいて損はないはずだ。
時刻は10時を少し回ったところだった。
炊飯器のタイマーをセットし、キッチンの照明を落とす。とりあえず梅干入りのおにぎりでも用意して、おかずは冷凍食品から適当に選ぶことにしよう。
これがアニメやライトノベルの世界なら、必ずと言っていいほど美少女(立ち位置はメイドだったり幼馴染みだったり様々だ)が同居あるいは近所に住んでいて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたりするのだが……。理想と現実のギャップはあまりにも大きかった。
(ま、初日からあの2人と仲良くなれただけで良しとするか)
唐突に降って湧いたような美少女とのキャッキャウフフ生活。簡単に諦めてしまうのはあまりにも惜しい。
誇張でも何でもなく、言うなれば男のロマン!
素晴らしいユートピア!
They said was in India!!
「はぁ~……」
準は妄想から覚めると、深いため息をついた。
誰もが思い描くような学園生活が仮に実現したとする。同じ通学路、同じ学年、同じクラス、同じ帰り道。共通項が増えれば接点も増えて、互いの姿を目にする時間は自ずと長くなる。そんな中で恋愛感情が芽生えるのは、相手に何かしら魅力があるからだ。
当然、自分にそんな魅力などあろうはずもなく。クラス全員の前でしどろもどろになって幻滅されるか、物笑いの種にされる【BAD END】な結末しか見えてこない。
したがって、いかに現実とかけ離れた妄言であるかが分かるし、結果として『同じ悩みや話題を共有できる』知人・友人の存在――つまり未波や二三香の方が、精神面で大きなウェイトを占めるようになる。
もっとも、そんな悟りを開いたところで観衆恐怖症という根本的な問題が解決するわけではないし、分身が欲しいという考えも変わらないのだが……。
「ないものねだりも程々にしないとな」
半ば自嘲気味に呟く。
その時、ポケットの中で携帯が鳴った。
心配性の母親だろうか? しかし、母親とは夕方電話で話しているし、明日に備えて早めに休むことも知らせている。
待ち受け画面(主にアニメやライトノベルなどの美少女キャラクター)は定期的に変えるが、着信音の個別設定などは一切しないので、ディスプレイを見ないと誰からの着信か分からない。その着信にしても大半がメールなので、たまに音声着信のメロディが鳴るたびに「誰だ?」と首をかしげるのが恒例の儀式になってしまっていた。
「はいはい、今出ますよ。どこのどなたかな」
独り言に変な節を付けながら携帯を取り出す。
電話の主は二三香だった。
さっそく何かあったんだろうか?
緊張気味に通話ボタンを押し、震えを押し殺しながら「もしもし」と呼びかける。
「もしもし、渡末君? ごめんね、こんな時間に」
「いや、まだこの時間なら起きてるから大丈夫だけど……それより何かあった?」
「うん。渡末君、今から秋津駅の南口改札前に来られる? たぶんその方が、何があったか分かりやすいと思う」
よほどあわてているのか、肩で息をしているのが電話越しに伝わってきた。こういう時は電話口であれこれ質問しない方が得策だ。
「分かった。すぐ行くよ」
「改札前に着いたら連絡くれる? メールでいいから」
「了解!」
流れで威勢のいい返事をしてしまったものの、正直何が何やらだ。しかし、二三香は秋津駅の南口改札前に来てくれと言っている。
状況を知る術が他にない以上、戸惑っている暇はない。
手早く着替えを済ませて部屋を飛び出し、秋津駅へと走る。
中学時代に陸上部で鍛えた足が功を奏し、電話を受けてから改札前に着くまで5分とかからなかった。
ポケットから携帯を取り出し『着きました』と手短にメールを送る。程なくして、二三香から返信が来た。
『そのまま改札の方から目を離さないでください』
二三香は電車通学だ。電車で来る以上、ここか北口改札を経由してくるはずなので、言われるまでもなく視線はそっちに向くのだが。
――明らかに何かがおかしい。
もしかしたら、二三香はすでに改札を抜けているのかも知れない。おおかた改札の方に意識を向かせておいて、突然後ろから現れて驚かすつもりなのだろう。
しかし、そんな下らないイタズラのために片道1時間半もかけて秋津まで来るだろうか? 仮に思い付いたとしても、電話口で息を切らせるようなバレバレの演技をするだろうか? 未波ならともかく、二三香がそんなことをするとは到底思えない。
未波本人が聞いたら頬を膨らませて憤慨しそうなことを考えていると、ようやく二三香が姿を現した。こちらの視線に気付くと、笑いながら手を振っている。
(考えすぎだったか……)
ほっと安堵のため息をつく。
しかし、何気なく瞬きをした直後、準は目を疑った。
ほんの一瞬前までこちらに向かって歩いていたはずの、二三香の姿がない。
「最後の最後で油断したわね」
背後から突然声をかけられ、準は反射的に振り向く。
視界に飛び込んできたのは、背中にぴったりと寄り添うようなポジションで佇む二三香の姿だった。
「今、改札の向こうにいたよな? いつの間に俺の後ろに回り込んだんだ?」
「答える前に、ひとつ問題。ほんの一瞬で別の場所に移動する能力のことを何て言うか知ってる?」
「瞬間移動?」
「正解。今、それを使ってここに来たの」
二三香が得意そうに指を立てた瞬間、その姿が再びかき消えた。
そして、間髪入れず聞こえてくる声。
「こっちよ。券売機の前」
言われるままに券売機の方へ向き直ると、二三香が指を立てたまま微笑んでいた。
「びっくりしたでしょ? ここへも電車じゃなくて、これで来たの。ちなみに、さっき電話した時はまだ家だったけど」
「夢、じゃないよな」
言いながら、準は自分の頬を思い切りつねる。――普通に痛い。
「ねえ大丈夫? とりあえず落ち着いてよ、って無理もないか。私も正直びっくりしてるのよ。急にこんなことができるようになっちゃって」
「急にできるようになっただって?」
さらに驚きながらも「いや待てよ?」と準は考える。
少なくともマジックの類ではなさそうだった。背景はどうあれ、単に準を驚かせるのが目的なら、結局イタズラと同じことだ。
二三香が緊急連絡用の電話をさっそく使うほどの用件となると、現状で思い当たるのはただひとつ。
「まさか、昼間の鳥居と何か関係でも……?」
「ええ、そのまさか。もっとも、私も確信があるわけじゃないんだけど。渡末君は私たちと別れてから何か変わったことはなかった? たとえば昼間みたいな目眩とか」
「いや、あれから特に変わったことは……って、また倒れたのか?」
「倒れたりするほどではなかったけど、少しだけくらっと、ね。たしか9時過ぎくらいだったかな、お父さんにコンビニでビール買ってきてくれって頼まれたの。一番近いコンビニでも歩いて10分くらいかかるし、正直面倒だなーとは思ったんだけど、たかがビールくらいで口喧嘩になるのも馬鹿馬鹿しいから行くことにしたわけ。でも玄関を出た瞬間、急に目眩がして目の前が真っ白になって……。気が付いたら、今まさに行こうとしてたコンビニの駐車場に立ってたの」
「なるほど……自分の意志で好きな場所に瞬間移動できるようになったってことか。目眩はその副作用的な何かで」
「ううん、目眩がしたのは最初の移動の時だけ。家に戻ってからも何度か試してみたんだけど、体は別に何ともなかったわ。しかも驚いたことに、私自身が見覚えのある場所なら精度も百発百中なのよ。ね、ちょっと手出して」
「こう?」
言われるままに右手を差し出す。
「OK。ちょっと失礼するわね」
そう言うと、二三香は自分の左手をそこに重ねた。
電極を刺されたカエルのように、準の体は大きく痙攣する。
「動かないで! ――大丈夫よ、怖がらなくても」
「わ、悪い。つい緊張して……」
二三香がゆっくりと目を閉じていく。
故意に間を持たせるような演技をしているわけではないと理屈では分かるのだが、視覚と意識を占有されてしまったが最後、あまりにも時間が長い。この分では、そのうち二三香の脈拍や息遣いまで聞こえてきそうだ。準はあわてて一昨日始まったばかりの深夜アニメのオープニングテーマを脳内BGMに流し始める。
そして、出だしのハイハットからイントロに移る、まさにその瞬間。
「!?」
視界が急に真っ暗になった。
別に二三香に合わせて目を閉じたりしたわけではない。むしろ、蛍光灯の点っていた部屋が急に停電になった時の変化に近い気がする。
あわてて顔を上げ、あたりを見回す。
最初に目に入ってきたのは、外灯の薄明かりに照らされたグラウンド。
続いて非常口を示す緑色の光が不気味に漏れている校舎。
どうやら、秋津駅の改札前から秋津学園の敷地内に瞬間移動したようだ。
「びっくりしたなー! 移動するなら先に言ってくれよ」
「ごめんね。ちょっと試させてもらったわ」
「試すって何を?」
「2人いっぺんに移動できるかどうか、よ。今までは私だけの瞬間移動しかしてなかったし」
「ああ、なるほど」
「でも試せば試すほど分からなくなるのよね。どういう原理でこんなことができるようになったのか」
「たしかに謎だな。仮にあの鳥居が少しでも絡んでるとしたら、俺も含めて他のみんなにも何かしら影響が出てるはずだ」
「そうね。同じように瞬間移動できるようになるのか、これとはまた違う超能力が使えるようになるのか……」
「ところで、未波や先生たちはこのこと知ってるのか?」
「まだ知らせてないわ。未波に知らせたらパニックになって冷静に考えるどころじゃなくなるし、塩崎先生も初島先生もまだ連絡先知らないし」
「とりあえず明日にならないと駄目か」
「正直、渡末君にも知らせようかすごく迷ったんだけど……ごめん、迷惑だったよね」
二三香はそう言うと、申し訳なさそうに俯いた。
「何言ってんだよ。元々そのために番号交換したんじゃなかったのか? いきなり瞬間移動がどうのとか言われた時は正直びっくりしたけど……。ところで、みんなには明日話すんだろ?」
「一応そのつもり。事前に可能性を把握できてれば、オカルトパワーが急に発動してもパニックにならないで済むでしょ? あの目眩だって心臓に悪いし」
「オカルトパワー、か……」
「だって科学的な根拠が何もないじゃない。あくまでも仮定してるだけよ。たとえば、そうね……。脳とか筋肉の働きを人工的に引き上げて使えるようになった能力とかなら少しは格好が付くし、因果関係も分かってるから安心できるんだけど」
「難しいことはよく分からんけど、根拠とか原因とかは今考えても仕方ないんじゃないか? 誰にどんな力が宿ったか、その力は当人の何に基づいて与えられたか、最初に能力が発動した時どんな条件下にあったか。最低限このあたりのデータが揃わないと、俺は原因どころか法則性すらつかめないと思う」
「となると、今はただ待つのみか……」
「ひととおり全員の能力が発動するまではな」
「もし、誰も発動しなかったら?」
ついさっきまで得意げに能力を披露していたのが嘘のように、二三香の声が急に弱々しくなる。
「あんまり無責任な言い方はしたくないけど……正直言って、このままじゃ迷宮入りだ。でも、打つ手はまだいくらでもある。あの鳥居に的を絞って学園付近の歴史を洗ってみるとか、どっかでお祓いしてもらうとか」
『このままじゃ』の部分を特に強調する。もっといい解決策が塩崎や初島、あるいは未波から出てくるかも知れない。
「鳥居の素性さえ分かれば、問題は半分解決したようなもんだ。能力に関しては前向きに考えよう。使えるうちに使ったもん勝ちってことで」
「……ありがとう。やっぱり渡末君に相談してよかった」
二三香が準の胸元に額を押しつけるようにもたれかかってきた。部分的な体感温度とシンクロするように、脈拍数も急上昇していく。何とか話題を逸らさなければ、鼓動がダイレクトに伝わってしまいそうだ。
「ま、まぁ俺も一応当事者だし。ところで、まだ帰らなくて大丈夫なのか?」
「今何時?」
二三香は額を押しつけたまま離さない。準は外灯に照らされた時計に視線を移し、
「10時27分」と答える。
「そっか。もうそんな時間なんだ」
二三香はようやく額を離す。
「ほんとに大丈夫か?」
「ありがと。もう大丈夫だから。……そうだ、駅まで送るわね」
何とか元気を取り戻してくれたようだ。二三香が準の肩に手を乗せた次の瞬間には、再び秋津駅の改札前にワープしていた。
「それじゃ気を付けて。って、家まで瞬間移動だから関係ないか」
超能力にもマジックにも縁遠い環境で育ってきたせいか、つい月並みな言葉を口走ってしまい、あわてて訂正する準。
「渡末君もね。すぐそこだからって油断しないように」
「はは、気を付けるよ。それじゃまた明日」
「うん、おやすみなさい」
昼間と同じように、お互いに手を振り、それぞれの家路を辿る。
「さて、帰ったら今度こそ寝るぞ!」
さっそく明日から授業が始まる。さっきまでのことも早いところ未波たちに報告しなければならない。今日以上に長い一日になりそうだ。
* * *