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第三章 休戦協定 #3

 4時間目終了のチャイムが頼りなさげな余韻を残す中、準は1年10組の教室までの長い廊下を脱兎の如く駆け抜けた。

「あの……すみません。俺、3組の渡末といいます。委員長の神沢さん、まだいますか?」

 息を整えるのももどかしく、ちょうど教室から出てきた2人組の女子生徒に、やや改まった口調で声をかける。

「委員長……あっ、サミーのことかな?」

「だね。委員長ってことは」

 彼女たちは小声で確認し合うと、

「今呼んできますね」

 そう短く言い残して、再び教室へと戻って行った。

(間に合ったか。それにしても『サミー』って……昔の魔法少女アニメみたいなネーミングセンスだな)

 通り歩きの邪魔にならぬよう、端に寄って壁に背中を預ける。すぐ横の窓から吹き込んでくる風が、朝の騒動と数学の授業でヒートアップした頭に心地よい。

 しかし、そんな幸せも束の間だった。

「廊下を走らないという基本的なマナーを無視してまで、神沢君に何用かね?」

 横から突如投げかけられた声に、準は思わず顔をしかめる。

 妙にキザったらしいバリトンボイス、お高く止まった紳士口調。

 今朝の騒動まで、悩みの種第1位の座を欲しいままにしていた半藤が、腕組みをしながら準を見下ろすように立っていた。廊下という空間の狭さのせいか、その上背もやたらと高く感じられる。ざっと180センチくらいはありそうだ。高校入学までに170センチに達するのを密かな目標としながら167センチに甘んじている自分が、ひどく惨めな存在に思えてきた。

「先週さんざん粘ってくれた割には、随分ご無沙汰だったな。どうだ、ケガの具合は?」

 古い虫歯のように疼くコンプレックスを抑えながら、準は精一杯の虚勢を試みる。蹴りや正拳突きの1発くらいは覚悟の上だ。

 しかし、半藤の態度は、その返答内容も含めて至って普通のものだった。

「幸い、大したケガではなかったよ。脳波や頭蓋骨の異常もなし。即日退院と行きたいところだったが、夜も遅かったので結局一晩だけ入院してしまった」

「そいつはよかった。いくら正当防衛とはいえ、死なせちまったとあっては守り神様も寝覚めが悪いだろうからな。俺としても、身近な人間が落ち込んでるのは気分のいいものじゃない」

「話の腰を折るようだが――日本の裁判史上、殺人罪を取り消す際の理由付けとして正当防衛という言葉が使われた事例は、今までに1度もない。覚えておきたまえ。それより、私の質問にもそろそろ答えてもらおうか。神沢君に何用かね? 急ぎの用でないなら後にしてもらいたいのだが」

「悪いが、こっちも急ぎの用なんだ。神沢さんだけじゃない。半藤、あんたにもな」

「私にも急ぎの用とは、いったい――」

「それは神沢さんも揃ってから話す。まだ教室にいるみたいだし、すぐに出てくるはずだ」

 と、さっき声をかけた2人組がアサミを伴って出てくるのが目に入った。

「ようやく揃ったな」

 2人組と別れ、まっすぐこちらに歩いてくるアサミを一瞥しながら、準は壁に預けていた背中を起こした。

「部長まで……2人揃って何事?」

 当然の疑問を口にするアサミ。

「そこの凡人から、神沢君と私に急ぎの用があるそうだ」

 さっさと用件を言えとばかりに、半藤は顎で準を指し示した。

 機嫌を損ねないうちに本題に入ってしまった方が良さそうだ。

 そう判断した準は、単刀直入に切り出した。

「今朝の新聞部の騒動は知ってるな?」

 途端に、半藤の眉根が苦々しく歪む。言葉には出さずとも、腹に据えかねているのが一目瞭然だった。

「……それがどうしたと言うのかね。あいにくだが、私はあの手の下らないゴシップネタが大嫌いなんだ。記事に関する話題ならご遠慮願おう」

「まあ待て。別に俺は井戸端会議をしに来たんじゃない。2人に折り入って頼みがあって来たんだ」

「ほう……? 言ってみたまえ」

「どんな形であれ、新聞部には一切接触しないでもらいたい。あんな意味の分からん記事のネタにされて、さぞかし頭に来てるだろうけど」

「それは『新聞部に対して抗議も報復も一切するな』ってこと?」

 首をかしげながら、アサミが疑問を挟む。

「平たく言えば、そういうことになるかな。実は、俺も今回の被害者の1人なんだ」

「被害者だって? では、君もあの記事でネタにされていると……?」

「ああ、一番上の記事でな。俺だけじゃない。俺の友達とクラスの担任も『学園百景』で色々とヤバい写真をすっぱ抜かれてる」

「……ふん。入学早々お気の毒だな。しかし、ある意味自業自得ではないのかね? この学園のものではない制服を守り神様に着せて、あまつさえ堂々と敷地内に連れ込んでいたんだ。第1発見者が私と神沢君だったからよかったものの、そうでなかったら今頃君は指導室行きか、最悪の場合停学処分になっていただろう」

「そ、そうだな……こればかりはあんたの言うとおりだ」

 反論の余地など微塵もなかった。悔しさと自己嫌悪に、準は思わず奥歯を噛みしめる。

「それはそうと、私たちの新聞部に対する抗議活動を、そんなにまで止めたがる理由は何かね。よもや、君が新聞部と直接話を付けるとでも……?」

「そのとおり。正確には俺だけじゃないけどな。神沢さんなら俺の言ってる意味が分かると思う」

 準はそう言いながら、アサミへと目を向けた。

 彼女には、ルイから特殊な能力を授かっている人間が自分含め5人いることを、昨日の朝に話してある。

 アサミも準の意図を瞬時に理解したらしく、

「守り神の力?」と一言。

 すかさず半藤が食い付いてきた。

「なるほど。たしかに守り神様のお力をもってすれば、新聞部の悪知恵など恐るるに足りないだろう。しかし、それならば尚のこと私たちが何をしようと問題ないはずだ」

「いや、普通に問題だろ。あんたは本来なら、神主としてルイを(まつ)(まも)る役目を継いでたはずなんだぞ? そんな立場の人間が、率先してルイの手を煩わせるような真似をしてどうする?」

「くっ……」

 神主としての自覚に直接訴えかける準の作戦は大当たりだったらしく、半藤は悔しげに歯噛みしたまま沈黙した。

「参考までに教えてほしい。もし俺がこのタイミングで止めに入らなかったら、あんたはどうするつもりだったんだ?」

「それを話し合うために、こうして神沢君を訪ねた次第だ。恥ずかしい話だが、現時点ではまだ何の作戦も立てていない。解決の糸口を実力行使に求めるか、話し合いに求めるかすらもね。どちらにしても、私たちが行動を開始するのは先の話だ」

 悶々と巡らせていた思いを吐き出すように大きくため息をつき、宙を仰ぐ半藤。頬の血色の悪さから、精神的に相当参っているのが見て取れた。

「俺とルイに任せて安心しろ――ってのも無理な話だよな。参考までに話しておくと、俺たちの狙いは今回の記事に使われた全画像データの没収・消去だ」

「直接殴り込みをかけて強奪でもするのかね? お世辞にも計画的とは言い難い気がするが……」

「そんなことするわけないだろ。わざわざルイにご登場いただく意味がないし、力押しで奪い取るだけなら、被害に遭った連中をかき集めてゲリラ戦に持ち込む方がよほど現実的だ」

「正面から行くのではないとなると……こっそり忍び込んで盗み出すつもり?」

「さすが神沢さん、察しがいいな」

 と、それを聞いた半藤の目が驚愕に見開かれた。

「その手があったか!」といった、肯定的なニュアンスの驚きではない。どちらかと言えば「心底呆れ果てた」とでも言いたげな表情だ。

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