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第三章 休戦協定 #2

 おそらく先週撮られたのだろう。屋上で試験飛行する未波と、それを見守る二三香の、一見何の変哲もない写真。しかし、未波のスカートはあられもなく捲れ上がり、程よく引き締まった太腿が完全に露出してしまっていた。モノクロ印刷なので細かい部分までは判別できないが、原寸大のカラー写真ではスカートの裾から白い逆三角形が顔を覗かせている可能性も十分考えられる。

 とにもかくにも、初島の腕に絡みつく塩崎の写真が一気に空気と化してしまうほどのインパクトだ。大騒ぎになったのも、掲示スペースに噛り付いていた者の大半が男子生徒だったのも、これで納得が行く。

「……これ、早く未波に知らせた方がいいんじゃないか?」

「そうね。でも、ここに呼び出すわけにも行かないし、一旦教室に戻らない? さっき初島先生がやったみたいに、下駄箱までなら気合いで行けば通れるかも。あれだけの人混みなら、能力を使っても多分バレないわ」

「それがいい。教頭と飯沼先生が新聞を一時撤去しようとしてたから、今なら少しは通りやすくなってるんじゃないかな。俺はとりあえず職員室に鞄置いてくる」

 初島はそう言うと、職員玄関のある駐車場の方へと駆け出していった。

「私たちも行きましょ」

「ああ」

 二三香に手を引かれ、新聞に目を落としたまま歩き出す。

 新聞〝部〟である以上、部員は最低でも5人はいるだろうし、その全員が女子である確率は限りなく低い。いくら奔放な未波でも、自分が見も知らぬ誰かに盗撮され、さらには好奇の目に晒されているかも知れないとなると、決して気分のいいものではないはずだ。

 それ以外の記事も、よく見るとロクなものではなかった。陸上部員の半分が実は部費稼ぎのために集められた幽霊部員だったとか、秋津薬科大に進学した元生徒会長が新歓コンパの席で泥酔して全裸になりかけたとか、女子水泳部員の盗撮映像が収められた20年近く前の8ミリビデオテープが旧校舎の床下から大量に発見されたとか。

「私なりに少し考えてみたんだけど」

 二三香が急に立ち止まって言った。

 危うくぶつかりそうになり、準も前のめりで二の足を踏む。

「未波の能力が発動した時、たしかに屋上には誰もいなかった。なのに、あの時の未波が写真になって新聞に載ってる。仮に新聞部の誰かが物陰に潜んで隠し撮りしたものだとしても、写ってるのがどうして私と未波だけなのか、どうも腑に落ちないのよね」

「あ……言われてみればそうだな。俺が新聞部の人間なら、真っ先にカメラを向けるのはむしろルイだし、何よりも超能力の方を看板記事にする」

「でしょ? カメラにもスクープ記事にも興味のない私たちでさえ、これくらいの機転は利くのに」

「よほど間抜けなヤツだったんだろうな。そうでなければロボットとか」

「ロボット……なるほど、そういうことね」

 何かを納得したように、二三香は大きく頷いた。

「何か心当たりでも?」

「人の手を介さずに撮影したものなら融通が利かないのも当たり前よね。たとえば監視カメラの映像とか、定点観測の動画とか」

「じゃあ、その未波の写真は、屋上に仕掛けられたカメラの映像からのキャプチャー画像ってことか?」

「曲がりなりにもカメラマンらしからぬアングルといい、最も重要な情報の見落としといい、その線はかなり濃厚ね。渡末君とルイちゃんが記事にされなかったのは、多分カメラの死角にいたからじゃないかしら」

「でも、未波が空を飛び回ってた現場はしっかり押さえてるわけだろ? 敢えてそれを記事にしなかった理由が分からないな」

「そこはおいおい調べていくしかないわね。収穫があるかどうかは別にしても、調査自体は私と初島先生がいれば朝飯前よ。新聞部の部室の様子は初島先生に外から透視してもらえばいいし、誰もいない時なら私の瞬間移動でフリーパス状態なんだから」

 自信満々に力説する二三香。

 しかし、準はそこまで楽観的にはなれなかった。これまでどおり半藤の動きを警戒しつつ、秘密裏に新聞部の内情を探る。とても一筋縄では行きそうにない。

 とはいえ――事態を重く見たのであろう教頭たちによって掲示板の記事が撤去されたのは、まさに不幸中の幸いだった。

 あとは未波や初島をはじめとする〝被害者〟たちの写真データが見つかれば、それを消去してしまうことで被害を最小限に食い止められる。とりあえず打診してみる価値はありそうだ。

 もっとも、案を出した人間がすぐさま行動に移して一件落着となれば、これほど爽快なことはないし、話も早いのだが……。


 果たして、準が考えた写真データ消去案は、早くも2時間目終了後の休み時間に満場一致で可決された。

 初島との蜜月写真(実際は、酒に酔って初島に絡んでいただけらしい)を白日の下に晒された塩崎が、重々しく口を開く。

「やるなら夜しかないわ! ただし、必要以上に大人数で乗り込むと身動きが取りにくくなるから、実働メンバーは……そうね、妹尾さんと史郎ちゃんと私の3人にしましょ。妹尾さんは事前に新聞部の部室を廊下側の天窓からこっそり下見しておくこと。授業中なら多分誰もいないし、見つかる心配はないはずよ。たしか6時間目は史郎ちゃんの日本史だったわね」

「ああ。適当な用事をでっち上げて、妹尾さんがさりげなく教室から出られるようにすればいいんだな?」

「そうよ。頼むわね」

「あの……俺と未波はどうすればいいんですか?」

 完全に手持ち無沙汰で居心地悪そうに立ち尽くす未波を横目に、準は塩崎(コマンダー)の支持を仰ぐべく口を開いた。

 決して好戦的な性格ではないが、壁新聞のネタに面白おかしく使われて黙っていられるほど温厚というわけでもない。

 未波も同感だったらしく、握り拳を震わせながら準の言葉に無言で頷く。

「渡末君と久坂さんは哨戒任務をお願い。宿直のおじさんとかがいるわけじゃないけど、万が一ってこともあるから。夜なら屋上あたりを低空飛行しても目立たないわ」

「分かりました。でも、何か困ったことがあったらすぐに呼んでくださいよ」

 哨戒任務。平たく言えば、見張り番。

 現場で使えない人材の代名詞のような、ほとんど戦力外通告に近い役目だが、こちらに大義名分のない作戦(と言うか、万が一見つかれば不法侵入・窃盗・器物損壊の現行犯で即御用だ)に出ようとしている以上、欠かすこともできない。

 準は表面上快諾しつつも、しっかり釘を刺すことは忘れなかった。

「それにしても、どうして俺が実働部隊に入ってるんだろうな。中にワープするのに妹尾さんが必要なのは分かるし、俺たちが侵入した痕跡を必要以上に残さない意味で奈津の能力が役立つのも分かる。でも、そこに俺が加わるメリットがよく分からん。足手まといにはならないまでも、大して役に立つとは思えないぞ?」

 自らの人選に首をかしげる初島を、塩崎は一笑に付した。

「私が連れて行くのはね、裸眼モードの史郎ちゃんなの。夜だからって下手に部室の電気を点けたり無駄に長居してたら、誰かとエンカウントして大騒ぎになる確率が必然的に上がるでしょ? でも史郎ちゃんの透視能力があれば暗闇の中でも平気だし、机の引き出しとかを手当たり次第に開ける必要もなくなる。デジカメとかフラッシュメモリとか、データが入ってそうなブツだけに的を絞れば作業効率も大幅アップって寸法よ」

「なるほど。特殊捜査犬ならぬ特殊捜査猫だな」

 初島は納得の意を自嘲気味な言葉で示した。

「ところで、渡末君は神沢さんにコンタクトは取ったの?」

「いえ、特に何も連絡は取ってませんけど」

「それはまずいわね。彼女も……欲を言えば半藤っていう2年生も、私たちの陣営に加えておかないと」

「どういうことです?」

 身軽に動くために人員を厳選したばかりにも関わらず、さらにメンバーを――こともあろうに半藤まで加える。

 もはや暴挙としか言いようのない提案に、準のみならず初島と二三香も「気は確かか?」と言わんばかりの視線を向ける。

 一方、まったく正反対の反応をしたのは未波だった。

「あたしは塩崎先生の考えが何となく分かる……かも」

 自分のあられもない写真を記事にされたショックと怒りからか、朝から不気味なまでに沈黙を守ってきた未波が言葉を紡ぐ様は、にわかに剣呑な空気を帯びつつあった作戦会議の場を沈静化するには十分な効果をもたらした。

「みんなが頭に来てるのは分かるし、あたしだって相当頭に来てるよ。でも、個人が後先考えずバラバラに動いたって問題は解決しないし、かえって話をややこしくさせるだけな気がするんだよね。たとえば、あたしたちが作戦を立てて実行に移す前に、誰かが新聞部に殴り込みをかけたとしたら……二三香、どうなると思う?」

「そ、そうね。ほぼ間違いなくケンカになるわね」

「それだけじゃないよ。新聞部の警戒心を煽ることになって、せっかく立てた作戦が使えなくなるかも知れない」

 二三香だけでなく自分自身にも一言ずつ確認するような、ゆっくりとした口調。

 普段の未波からは想像もつかない、重厚な声色。

 勢い任せに突っ走ろうとする役と、それを冷静に諭す役が、今この場においては完全に逆転していた。

 元々は塩崎の突飛な提案を諌める意図を含んだ準の質問であり、二三香と初島の挙動だったのだが……それすら忘れてしまうほどに、未波の理論展開には隙間がなかった。用意周到な計画も、先の先だけでなく裏の裏まで読み尽くすほどの注意深さがあって初めて実行可能なのだ。そのことを暗に気づかされたような錯覚すら覚える。

 と、その時。

「えっと……久坂さん、私の見せ場取らないでよ」

 準ともども雰囲気に呑まれて押し黙っていた塩崎が、ふと我に返るなり未波にクレームをつけた。

「す、すみません! あたしはただ、個人的な憶測のつもりで話しただけだったんですけど……」

「分かってるわ。でも、基本的な考え方は私と同じみたいね。さっきは誤解を招くような言い方しちゃって申し訳なかったけど、私たちの陣営に加えるとは言っても、いっしょに行動するってわけじゃないのよ。『下手に先走らないで、ここは私たちに任せてほしい』って伝えるだけ。いわゆる被害者組同士の意思統一ね。久世川さん風に言えば『カタギの素人は大人しく布団かぶって寝てな!』ってとこかしら」

 さも〝その筋〟の人間であるかのように例えられた久世川が哀れだったが、塩崎の意図が明らかになったことで、

「では、さっそく昼休みにでも接触してみます。何だかんだ言って、半藤も神沢さんの言葉には従うでしょうし」

 ようやく納得した。

「お願いね。日本史研究会と私たちを繋ぐパイプ役は渡末君にしか務まらないわ」

「わ、分かりました。――ただ、ひとつだけ質問していいですか?」

「どうぞ」

「自分から提案しておいて言うのも何ですが、部室に置いてあるデータはともかく、部員個人が持ち帰ったりしているデータはどうします? ウイルスと同じで、コピーもすべて駆逐しないと……」

「根本的な解決にはならない、って言いたいわけね。でも、その心配は90パーセント――いえ、99パーセントないわ」

「え?」

「新聞部の顧問の先生に聞いたんだけど、新聞部では記事編集に関わる一切のデータの無断コピーや部外持ち出しを禁止してるそうよ。違反すれば、たとえ部長でも部員資格停止処分。部室内でも、ネット回線の繋がってる調査用と繋がってない編集用に端末を分けてるって言うし……自分たちで上げたネタの管理は徹底してるみたいね」

「なるほど」

 準は新聞部の無駄なプロ意識に内心感謝した。もっとも、連中のやっていることはどこまでも下品かつ卑劣だし、許すつもりなど毛頭ないが。


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