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第三章 休戦協定 #1

 朝。いつもより早めに登校すると、昇降口横の掲示スペースに人だかりができていた。

 1000人を超す生徒が在籍していることを考えれば、ふとしたはずみで集団が形成されるのは特に珍しい現象でもないのだが……下駄箱から先へ進むことすら叶わないほどの混雑ぶり、その中に教師の姿も混じっているとなると、もはやただ事ではない。何かあったと考えるのが自然だ。

「いったい何の騒ぎなの?」

 背後からかけられた声に振り返ると、二三香が呆然と立ち尽くしていた。

「さあ……俺も今来たばかりなんだ。ただ、どうも掲示板の前で何かあったみたいだな」

「悪い、ちょっと道を開けてくれないか」

 人混みの中から突如響いた声に、準は視線を戻す。

 立ち往生している生徒の群れをかき分けて現れたのは、サラリーマン然と通勤鞄を小脇に抱え、額に汗を滲ませた初島だった。

 周囲のざわめきにかき消されまいと、やや大声で二三香がたずねる。

「いったい何があったんですか?」

「校内新聞が貼り出されたんだ」

「新聞……ですか。よく壁に貼ってある、あの」

 初島の言葉を聞いて、唖然とする二三香。

 校内新聞と人だかりとの因果関係については、準も今ひとつピンと来ない。もちろん、記事の内容によっては一時的に生徒の注目を集めることもあるだろう。だが、そんな面白おかしい記事が大々的に張り出され、それを見た生徒たちが示し合わせたように大騒ぎするのは、ほとんど漫画やドラマの世界だけじゃないだろうか? 実際の光景としてお目にかかるには、何とも言えない違和感があった。

「ここの新聞部は、扱うネタや文体が際どいことで昔から有名らしい。それが今回は半年ぶりの発行ってことで、余計に注目されてるんだろうな。掲示板の前で大騒ぎしてるのは揃いも揃って2年と3年の連中ばかりだったよ。しかも運の悪いことに、俺たちや日本史研究会が記事にされてる」

「ええっ!? どういうことですか?」

「俺たちが敷地外の廃神社に勝手に入り込んだり、超能力が使えたり……そういうのが全部すっぱ抜かれてるってことですか?」

「いや、そこまで踏み込んだ内容ではないし、実名も伏せられてる。ただ、見る人によっては、すぐ分かるようなレベルだ。運良く記事のコピーが手に入ったんだけど、参考までに見るかい?」

「はい、お願いします」

「とりあえず場所を変えよう」

 初島は体育館の裏、今は使われていない焼却炉の前で足を止め、B4用紙サイズの記事を二三香に手渡した。

「2人で読むにはちょっと小さいな」

「じゃあ私が声に出して読むわね」

 二三香は咳払いをひとつすると、自らも記事に食い入るように視線を落としながら淡々と朗読を始める。

「彼は新入生ですか? はい、転入生でもあります」

「はあ?」

 素っ頓狂な声を上げずにはいられなかった。二三香が即興でふざけているのかと、つい勘繰ってしまう。

「本当にそう書いてあるのよ。ほら」

 紙面を見ると、二三香が読んだ部分は黒ベタの背景に白抜き文字を組み合わせた、横書きのレイアウトになっていた。見るからに人目を引くためにつけたタイトルだと分かる。いささか遊びすぎかつパクりすぎな感は否めないが――。

「すまん。記事の本文にしては、あまりにも変な文章だったから」

「まあ私も同感だけどね。とりあえず続き読むわよ? ――今年も元気いっぱい夢いっぱいの新入生を迎える季節がやってきた。唐突ではあるが、この少子化の時代にあってなお高い倍率を保つ、本校の入学試験を見事勝ち抜いた彼ら、そして彼女ら若き精鋭たちに、2・3年生を代表して次の言葉を贈りたい。『少年よ大志を抱け』。言うまでもなく、かのクラーク博士が札幌農学校での任期を終えて帰国する際、教え子たちに残した有名な言葉である。かつて、我が国では『良い大学を出て、良い企業に就職すること』が成功へのセオリーとされてきた。しかし、長引く大不況と共に年功序列や終身雇用が崩れ、今や有名大・難関大卒者ですら職にあぶれるケースも珍しくない。この閉塞感漂う状況を打破するカギは、いったい何なのだろうか? そのひとつに、早い段階での目標設定が挙げられると我々は考えている。つい忘れがちだが、高校は義務教育ではない。日々の授業に関しては事前に定められたカリキュラムに則って必要条件を満たせばいいが、卒業後の身の振り方だけは『自分の意志で』決めなければならないのだ。自分の趣味、得意科目、興味分野、何でもいい。『これだけは誰にも負けない!』と胸を張って言えるものを見つけ、さらに磨きをかけていく向上心を持つことを新入生諸君には期待したい。さて、そんな新入生に混じって、早くも転入生がこの秋津学園にやってきた。1年3組のJ・W君だ。元々は当学園の系列校である宇都宮学園に入学予定だったが、ご家族の仕事の関係で急遽、当学園への編入が決まったとのこと。しかも、一人暮らしをしながらの通学だから、高校生としてはまさに異色の存在と言える。遠方の大学への進学を検討している生徒は、受験勉強の息抜きに、一人暮らしのコツを彼に教わってみるのも一興かも知れない……っと」

 二三香はそこまで読み終えると、苦笑しながら顔を上げた。

「ほんと、こんなのよく調べたものね。学園の回線をハッキングでもしたのかしら?」

「まったくだ。尾行するなり張り込みをかけるなりして、ルイさん召還の現場を抑える方がまだ簡単だと思うよ。この調子じゃ、渡末君とルイさんの半同棲が公に発覚するのも時間の問題だな」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

 下世話な憶測をまことしやかにスクープされた挙句、学年主任や教頭経由で親の耳にでも入ったら……。あまり想像したくない流れだ。まして、ほんの2時間前までルイと寝床を共にしていたことなど、二三香や初島たちにだって知られるわけには行かない。

 元を正せば守り神と参拝者。

 影武者を立てるための分身と本体。

 あくまでも居候と宿主。

 ルイの胸の内をある程度知ってしまった以上――そして、そんなルイの態度に、少なからず心が揺れ動いてしまった以上――所詮ビジネスライクな建前論に過ぎないことは準も自覚している。

 しかし、その建前論こそが能力者5人の共通認識と言えるのも、また事実だった。

「日本史研究会の方も読むわね。――この記事が掲示されるであろう4月13日は、入学式からちょうど1週間、各部活や同好会の勧誘活動解禁日に当たる。体育系で青春の汗を流すも良し、文科系・学術系で知識や技能を磨くも良し、既存の部活や同好会に所属せずアルバイトやボランティアに励むも良し、そこは各々の自由である。ここで、当学園の部活動にまつわる豆知識をひとつご紹介しよう。あまり公にされていないが、各部活の年間予算(俗に言う部費)は、部員数に昨年度活動実績の評価係数を乗じて算出されている。その関係上、部活への入部および退部は、原則として毎年4月にしか行うことができない。『後悔先に立たず』という言葉があるように、その部活の内容や運営方針、人間関係等が自分にとって適切なものであるかどうか、新入生諸君はよくよく吟味されたい。一方、この限りでないのが同好会だ。人員不足により部室や公的予算を支給されない代わりに、活動方針さえ明確ならば届け出ひとつで自由に設立できる。また、学業の延長という枠組みにとらわれがちな部活に比べ、柔軟性や可能性の面で圧倒的なポテンシャルを秘めているのも特長と言えるだろう。逆にデメリットとして挙げられるのは、名前から活動内容を想像しにくい団体が全体的に多いこと。その代表例として、今回は日本史研究会をご紹介しよう。ネーミングだけを見ると単なる歴史好きの集まりのようにも聞こえるが、本当にそうであれば、我々もわざわざ紙面を割いてまで記事にしない。この研究会の特異性は、発起人である2年1組のT・H君に集約されていると言ってもいい。部室棟の裏、今は雑木林となっている場所に、かつて小さな神社があったことをご存じだろうか。神社があればそこには当然神主がいたわけだが、最近の調査で、彼がその子孫に当たることが判明した。T・H君も、自身が神主の家柄の生まれであることはすでに把握しているらしく、先祖代々祀ってきた〝守り神〟とのコンタクトのために手を尽くす姿は、日本史研究との関連性に少々疑問が残るものの非常に興味深い。さらに、この4月からは、彼の中学時代の後輩でもある1年10組のA・Kさんが研究に加わっている。同じ学舎(まなびや)にて、1年ぶりの再会を果たした2人。研究一筋だったT・H君の心境に変化は起きるのだろうか?」

「……随分と強引にまとめたもんだな。ってか、神沢さんと半藤の性格なんて誰が見ても一目瞭然だし、そもそも芸能人のゴシップ記事みたいな書き方をする意味が分からん」

「まあ、新聞に限らず媒体なんてのは、書き手と読み手の両者がいて初めて成立するものだからね。曲がりなりにも新聞部を名乗ってるくらいだし、連中もある程度のつかみどころは入れておきたかったんだと思う。渡末君だってPTA会報とか新聞の小難しい社説なんかを敢えて読みたいとは思わないだろ? ただ、これは新聞記事の名を借りた立派な個人情報漏洩だ。新聞部には何かしら処分が下ると見ていい」

「いっそのこと日本史研究会もろとも廃部になればいいんですよ」

「……ごもっともでございます」

 怒気をまとった準の言葉に、初島は肩をすくめた。

「ところで、二三香たちに関してはどんなことが書いてあるんだ?」

「私たちに関しては、記事じゃなくて写真って言った方が正しいわね。ほら、下の方にある『学園百景』ってとこ。上から2段目の真ん中と一番右」

 二三香はそう言うと、記事の向きを変えて準に手渡した。

『学園百景』のスペースは、1文字ずつ点で区切られた丸ゴシックフォントの題字部分を除いて、すべて写真で埋め尽くされていた。上下2段に大判写真が3枚ずつ並び、その下は少し小さめの4枚×3段構成。作りかけのスライドショーを、そのままタイムライン表示させたような、何とも無機質なレイアウトだ。半年ぶりの発行だけあって撮影した時期もバラバラらしく、学園祭の出店で接客に勤しむ女子生徒の横で、大学の合格通知を手にした男子生徒が盛大に胴上げされたりしている。

「全部で18枚か。タイトル詐欺もいいとこだな。それで、問題の写真ってのは……」

 準は改めて写真を凝視し、そのまま絶句した。

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