第二章 教師たちのジレンマ #4
「半藤の手下と準ちゃんが――どうして?」
解せないとばかりに、未波は首をかしげる。
「まず『神沢さん=半藤の助手=ルイや俺たちの敵』って既成概念は捨ててほしい。それと、俺が彼女と接点を持っているのはルイ公認の上でなんだ」
「どういうこと?」
「半藤と神沢さん、両者のルイに対する見解の違い、とでも言うべきなのかな。ルイを研究材料として追いかけ回そうと躍起になってるのが半藤、それに反対意見を唱えて俺たちに加勢してくれてるのが神沢さん。歴史研究には協力しても、守り神云々のオカルト研究には手を貸さないってのが彼女の言い分なんだけど、それだけで俺たちとは利害が一致する。だから手を組むことにしたんだ」
「それならそうと、札幌で御飯食べた時に教えてくれればよかったのに」
ようやく自分の誤解に気づいたのか、恥ずかしそうに俯く未波。その様子に準は内心ほっとしつつ、さらに言葉を続ける。
「ちなみに、さっきは神沢さんと連絡先を交換してた。彼女も半藤に年がら年中張り付いていられるほど暇じゃないし、いざという時のホットラインを確保しとくに越したことはないからな」
「味方についてくれたのはいいけど、半藤って気功波とか撃ってくるんでしょ? その神沢って子は太刀打ちできるの?」
おそらく未波と共にアサミの姿を見ていたのだろう、その実力の程に二三香が疑問を呈した。
未波も「そうそう、あたしもそこが心配なんだよね」と同調する。
たしかに動作はどちらかと言えば緩慢だし、体格も格闘技をはじめとする体術全般とは縁のなさそうな、至って普通の女子高生のものだ。準はアサミの人となりについて多少心得があるので〝普通の〟女子高生という見方は間違ってもしないが、初めて見る者の感想としては、二三香の言葉は至極当然と言えるかも知れない。
だからこそ、アサミが半藤を昏倒させた時は準もルイも唖然としたし、敵対勢力の1人という認識を即座に改めるきっかけにもなった。
「俺も初めは二三香と同じことを思ったよ。いや、そもそも戦闘要員として見ていなかった。実際、彼女は半藤みたいに気功波を撃つことはできない。でも、素手同士の肉弾戦なら神沢さんの方が圧倒的に強かったんだ」
「ちょっと待って。実際にぶつからないことには力の優劣なんて判断できないはずよ。2人は事実上、仲間割れを起こしてるってこと?」
「半藤は武者小路家――半藤の先祖が代々祀ってきた守り神に、一般人の俺が馴れ馴れしくしたり、勝手に名前をつけたりしてるのが特に気に入らないらしい。不意打ちで俺を吹っ飛ばしたのに飽き足らず、さらに2発目をゼロ距離で俺に撃とうとした。でも――」
「神沢って子に力ずくで阻止された、とか?」
「そう。後頭部に一撃入れただけで、半藤はそのまま伸びちまった」
と、渋い顔で話を聞いていた未波が口を開いた。
「う~……嘘のような本当のような、何とも微妙な話だねぇ」
「私はあながち嘘でもないと思うけど?」
「どうして?」
「攻めと守りの両方に優れた格闘家なんて、世界チャンピオンクラスでも滅多にいないものよ。気功波なんか出せるだけでも世界チャンピオンを超えてるかも知れないのに、さらに周りからの不意打ちにも対応しろなんて、ほとんど不可能に近いわ。ほら、ゲームにだっているじゃない。派手で強力な技を使うけど動きが遅かったり、防御が最低ランクだったりするキャラクターとか」
「納得できるような、できないような……」
「とにかく、俺とルイが無事でいることが何よりの証明だ。神沢さんがいなかったら病院送りになってたのは俺だし、ルイだって囚われの姫君になってたかも知れないんだぞ?」
当たり所が悪ければ司法解剖コースまっしぐらになっていた可能性も否めない。
半藤とアサミの力関係はともかく、連中の化け物ぶりはいずれ未波も目の当たりにすることになるだろう。ある意味、ルイに関わった者の宿命とも言える。
「それより、俺からも聞きたいことがある」
「んー? 今日は普通の白だよ?」
脈絡不明な未波の返事に、準の眉がぴくりと動く。
「俺はまだ何も言ってないぞ。ってか〝白〟って、どんな質問を想定しての答えだ?」
「言わせないでよ恥ずかしい。ほら……こ・れ・だ・よ!」
準のツッコミを聞くなり、未波は自分のスカートをいきなり指でつまみ上げた。ほんの一瞬だが、宣言どおりの白が視界に飛び込んでくる。
「ちょっ、おま……」
「はいそこまで~。タイムサービス終わりっ!」
派手な音を立てて椅子ごとのけぞったところで、二三香が素早く未波の両手首を締め上げた。
「もう遅いわっ! ばっちり見えちまったよ。つい先週まであんなに恥ずかしがってたのに、どういう風の吹き回しだ?」
「準ちゃんには1度見られてるからね。隠しても意味ないかな~と思って」
「いや、隠せよ。『見せろ』なんて俺は一言も言ってないぞ。俺が聞きたいのは塩崎先生のことだ。あの人も昨日休んでたらしいけど、何が原因か聞いてないか?」
いつの間にか、朝礼開始まで残り2分ほどになっていた。半ばまくし立てるようにたずねる準。
「初島先生は『体調不良で休んでる』としか言ってなかったよね?」
「そうね。私たちもそれ以上のことは聞いてないわ」
「そっか……初島先生が教室に来た時、何か変わった様子は?」
「特になかったと思うけど。来たのもいつもどおりの時間だったし」
「なるほど……これで、ほぼ確定だな。塩崎先生はともかく、初島先生は能力が発動してる可能性が高い」
その瞬間、2人の顔に緊張が走った。
「――どういうこと?」
「初島先生、実は昨日の朝礼前に倒れたんだ。ちょうど俺と電話で話してる時に。ただ、今の二三香の話と総合して考えると、それから10分ちょっとで復活してることになる。これはあくまでも推測だけど、倒れたとは言っても比較的軽い症状――つまり、例の眩暈のような気がするんだ」
「あ、言われてみればたしかに……。でも、それでどうするの? 初島先生を単体で捕まえて話を聞くのは多分難しいわよ?」
「そこが問題なんだよなー。日本史の授業は直近でも明日の4限だし――」
「昼休みはいつも塩崎先生とセットだもんね」
事情を知らない他の生徒や教師には、さぞ奇妙な組み合わせに見えることだろう。未波も「打つ手なし」とばかりに苦笑する。
と、その時。
「私たちがどうかした?」
突如、大人の落ち着きといたずらっぽさが同居しているような声が響いた。
「「!?」」
心臓が口から飛び出さんばかりに驚く未波と二三香。その背後に視点を移すと、日誌やらプリントやらを抱えた塩崎と初島が並んで立っていた。
「せ、先生!? びっくりさせないでくださいよ、もう!」
「はは、ごめんごめん。でも、さすがにスルーできない話が聞こえてきたんもんだから、つい……」
初島は抗議の声を上げる未波を軽く宥めるように弁明した。口でこそ笑いつつ目が完全に泳いでいるのは、初島なりに謎の能力への戸惑いがあるせいだろう。
思えばこの2人には、能力を付与した張本人であるルイからの説明が何ひとつ為されていない。それでも、二三香が初めて準に電話をかけてきた時の憔悴しきった表情に比べれば、2人のそれは大人の余裕というか冷静さを感じさせるものだった。