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第一章 悪夢のち握手時々あくび #2

「この時間じゃ晩飯じゃなくて朝飯の心配しなきゃならないな」

「熱の方はもう大丈夫なんですか? 念のため計っておきましょうよ」

「そうだな……」

 ルイに言われるまま、体温計を脇に挟んで再び横になる。

 丸1日に及ぶ頭痛との闘いで、背中が額がじっとりと汗ばんでいた。食事の支度に取りかかる前に、軽くシャワーでも浴びたい気分になる。どうせ、この病み上がりの身では、いつものようなメニューは到底作れまい。

 そんなことを考えているうちに、計測完了を知らせる電子音が鳴り響いた。すかさずルイが体温計を抜き取り、

「37度2分ですか……大人しくしていれば大丈夫でしょうけど油断は禁物ですよ?」

「分かってるよ。とりあえず今日の体育は見学する」

 第二次反抗期の子供がするように、半ば投げやりに答える。

 幸運にも、今日の体育は準の苦手な柔道だった。元運動部員(陸上部)のプライドなどとうに捨ててしまったか、あるいは初めからなかったかのような見学宣言に、安堵の笑みをこぼすルイ。

 準の柔道経験は、後にも先にも中学時代の体育の授業だけだ。手本どおり受け身をとっているにも関わらず、背中を打ちつけられるたびに胃がひっくり返りそうになり、もはや相手より吐き気との闘いだった記憶しかない。自分の三半規管を憎んだこともあったが、生まれつき乗り物酔いをするような体質ではないので、結局のところ因果関係は(あくまでも準の中では、だが)謎のままになっている。

「さて……」

 病み上がりにかこつけた逃げ口上に心の中で区切りを付け、準はゾウガメのように重々しくベッドから這い出る。足の裏に伝わる、フローリング特有のひんやり感が目覚めをさらに加速させ、エンジン起動の瞬間さながらに体が震えた。

「あの、どちらへ?」

 ベッドの横にちょこんと体育座りしたルイが顔を上げて尋ねる。

「シャワー浴びてくる。寝汗でベタついて気持ち悪いし、寝癖も直しとかないと」

 無意識に何度繰り返したか分からない寝返りと地球の重力で、準の前髪は盛大にハネていた。これと言って特徴のない普段の髪型と比較すれば、なかなかに前衛的なヘアスタイルではあるが、やれ高校デビューだのイメチェンだの微熱少年だのと未波に絡まれるのはまっぴら御免だ。

「さようですか。では、お部屋温めておきますね」とルイ。

 ありがたい申し出だったが、言い終えぬうちにルイの口元が怪しく歪んだのを、準は見逃さなかった。

「ルイ」

「……はいっ?」

 一拍の――しかし、聞く者が不信感を抱くには十分な間の後で、大きく上ずった返事が寝室に木霊する。準は深く息を吸うと、静かに切り出した。

「俺と……ひとつにならないか?」

「――――!!」

 ルイの動きがぴたりと止まった。そして、沸騰寸前のやかんのように顔を上気させ、

「ついに……ついに、ご決心いただけたんですね!?」

 第一志望校の合格通知を手にした受験生よろしく、胸の前で小さくガッツポーズまで決めている。

 準もまた、悲願を達成した娘を温かく見守る父親のような眼差しで、

「――何の話だ?」

 その瞬間、ルイの頬が引きつった。やがて、徐々に血の気が引いて青ざめていく。

「えっ? い、今たしかに『ひとつにならないか?』って……ま、まさか――」

「さすがルイ、理解が早くて助かる。そういうわけだから――戻れ!」

「なんと御無体な! そんな形でひとつになっても、私は嬉しくな……あッ――!?」

 断末魔の叫びを残し、ルイの体は音もなく準の体に吸い込まれていった。

 再び1人になった準は、半開きのカーテンを完全に開け放つと、誰にともなく呟く。

「安心しろ。シャワー浴びて着替えたら、また出してやる」


*     *     *


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