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プロローグ

第一部あとがきにて、小説番号を改めて投稿すると書きましたが、

投稿文字数にまだ余裕があるため、サーバーへの負担軽減も兼ねて

続編扱いで投稿することにしました。

ややこしい流れになってしまい申し訳ありません。

(不公平だ――――――――!!)

 声にできない叫びが準の脳内を埋め尽くした。

 声にならないのではない。とある事情により、声にできないのだ。

 とある事情とは? 大きくふたつに分けられる。

 その1、声を出すと喉が痛む。さらに、自分の声による音波振動で、頭も巻き添えを食って激しく痛む。

 その2、ここは曲がりなりにも集合住宅である。不必要な大声、これ即ち近所迷惑。

 このふたつを『事情』などと他人事のようなスタンスではなく、準を苛む事象として解釈すれば『高熱と激しい頭痛を伴う風邪』という表現に置き換えられる。

 ――とにかく、頭が割れるように痛い。

 桜は粗方散りかけ、4月も中旬に差し掛かろうかという時期に、まさかの風邪。何ともやりきれない話だが、心当たりがないわけではない。

 話は3日前、金曜日の夜に遡る。外見年齢13歳の少女に扮した、廃神社の守り神・ルイを執拗に狙う半藤(はんどう)を病院送り(手を下したのは主にルイと二三香(ふみか)だが)にした直後のことだ。

「ちょうど未波もいることだし、私が半藤を飛ばすつもりだった場所に行ってみない?」

 夕食がまだなので帰りたいと言う準とルイに、二三香はそう提案した。準としては、いったいどこに連れ回されるのかという不安があるので、今ひとつ乗り気になれない。しかし「安くておいしい店もたくさんあるんだから!」と二三香の但し書きが付くやいなや、ルイが話に乗ってしまった。

 かくして意見は3対1となり、準も「財布にやさしい食事ができるならいいか」と渋々了承したのだが……。

 結論から言うと、二三香の提案で入った店は味も量も価格も申し分なかった。カニや大トロや霜降りサイコロステーキが食べ放題で980円など、破格も破格、滅多にあるものではない。そういった意味では、財布だけでなく胃袋にもやさしいチョイスだったと言える。

 が、体に対しては別だったと言わざるを得ない。何が体にやさしくなかったのかと言うと……主に現地の気候風土だ。

 二三香に連れられて瞬間移動した準の目に飛び込んできたのは、中世ヨーロッパの王侯貴族のような服を着て、優雅にウイスキーを傾ける中年の男をデザインした看板だった。大通りの交差点に面するビルの壁面の、実に半分近くを占有しているので、この上なく目立つ。

(それにしてもこの看板、どこかで見覚えがあるような……)

 そこはかとない既視感を覚えつつ、屋上に鎮座する一際大きな看板へと視線を移し――準は絶句した。

「二三香、ひとつ聞きたいんだけど」

「何かしら?」

「あの看板に表示されてる数字、あれって気温だよな? ここの」

「そうよ」

「――たったの4℃ってどういうことだ?」

 天気予報風に言えば3月上旬並みの気温だ。具体的な数字を目にしたことで体が周囲の肌寒さを感知し、途端にガタガタと震え始める。

「まー、この時期じゃこんなもんよね。曲がりなりにも北海道だし」

「ほ、北海道!?」

「嘘だと思うなら、携帯のGPSで確認してみるといいわ」

 二三香の言葉に従い、準はごそごそとポケットから携帯を取り出す。位置情報検索のアプリを立ち上げ、現在地を表示させると――

札幌(さっぽろ)市中央区南四条……だと?」

「そういうこと。ちょうどこのあたりは世のおじさま方の聖地として名高い〝すすきの〟の一角ね」

「聖地、ねぇ……」

 一見したところ、飲み屋やキャバクラがひしめく、ただの繁華街のような気がするが。

「これまた派手に移動したねー。いやー、たまげたたまげた」

 呆気にとられて周囲を見回していた未波が初めて口を開いた。

「二三香さんの能力をもってすれば当然です。彼女の今後の経験次第では、太陽の黒点を間近で見たり、新春恒例の箱根駅伝を土星の輪っかの上で開催するのも夢ではありませんよ!」

「いくら優秀な宇宙飛行士でも、水星の公転軌道より内側に入ったら死んじゃうよー?」

 ルイの謎解説に、未波から至極真っ当なツッコミが入る。準も顎に手を当てながら、

「土星の輪っかの上で箱根駅伝ってのも、なかなかシュールな光景だな。もっとも、あれを1周するとなると、正月の三が(さんがにち)をフルに使い切っても間に合わないだろうけど」

「渡末君。それ、土星に行った時点で箱根駅伝じゃなくなってるから」

 ――と盛大に話を脱線させながら、冷たい外気に晒され立ち尽くすこと数分。さらに15分近く街中を歩き回って店に着く頃には、体の芯まですっかり冷えきっていた。

 食事を終えて店を出た後も、他愛のない話題に花を咲かせながら札幌の街を練り歩き、二三香の瞬間移動で秋津に戻ったのは10時半過ぎ。

 それからのことは、準自身もはっきりとは覚えていない。おそらく疲れが限界に達していたのだろう。シャワーを浴びて着替えるなり、ベッドに滑り込んで泥のように惰眠(だみん)を貪った。


 日付は変わって土曜日。

 準は特に寝坊することもなく、約束の5分前には、ルイを連れて秋津駅前に到着していた。前日の一連のドタバタ、それに伴って積もりに積もった疲労感が嘘のように。

 限られた予算でルイに合うものが見つかるかどうか不安ではあったが、未波・二三香コンビのサポートでセール品を無事にゲット。店のロゴ入り紙袋を大事そうに抱え、レジを後にするルイの笑顔に、一同の視線は釘付けになる。

「これだよ、この笑顔だよ~」

「み、未波じゃないけど、この初々しさは反則だわ」

 感嘆とも悶絶とも言えぬ息遣いで胸の内を吐露する未波と二三香(ふみか)

「一時はどうなるかと思ったけどな。ここまで喜んでもらえると保護者――っと、もとい宿主冥利(みょうり)に尽きるってもんだ」

 保護者と言いかけたところで、未波・二三香から「ルイちゃんがあんただけのものだと思ったら大間違いなんだからね!」とでも言いたげな視線を向けられ、準はあわてて訂正する。

 このメンバーの中では当初、二三香がルイに対して冷静な姿勢を維持する唯一の存在だったのだが……。哀しいかな、今や未波ともども忠実なるルイ信者へと、順調に変貌を遂げつつある。いつの世も、大人は子供に弱いものらしい。

 ともあれ、当面の生活に必要な服がひととおり揃ったということは、準にとっての土曜日は8割方終わったに等しい。

「それじゃ一旦秋津に戻りましょうか」

 二三香の一言を合図に、それぞれの手を繋いで瞬間移動のための『儀式』を執り行う準・ルイ・未波。

 瞬間移動の能力を持つ二三香も含め、全員が一斉にワープするには互いが接触状態になければならない。能力を二三香に付与したルイ曰く、触れ合うのは服の裾でも鞄でも問題ないらしいのだが、何度か移動を繰り返すうちに『触れるのは手もしくは肩』という不文律が自然と出来上がっていた。至極シンプルに解釈すれば『それっぽさの演出』を狙ってのことなのだろう。

 ……とはいえ、この一連の動作に、準は未だ緊張と躊躇い(ためらい)を禁じ得なかった。どうしてもワンテンポ遅れが生じ、そのたびに業を煮やした3人に手首ごと鷲掴(わしづか)みされるのもお約束の流れになりつつある。幼稚園・小学校・中学校と、良くも悪くも男同士でしかつるんで来なかった過去を振り返れば、当然の結果と言えるのだが――。準の手首にマリリン・モンローも真っ青のくびれができるのも時間の問題かも知れない。

「準備はいいかしら? 一応人目に付かないように、学園の駐輪場(ちゅうりんじょう)に飛ぶわね」

「いつでもどうぞ」

 準たちを代表して、ルイがGOサインを送る。

 全員が一斉に目を閉じ、ルイの肩に二三香の手が重なれば準備完了だ。

 と、次の瞬間。

 どことなく間延びしたレゲエ調の店内BGMが途絶え、激しい雨音と雷鳴が耳朶を打った。

 4月上旬ならではの冷気と、服や髪が肌に張り付く感触で直感的に悟る。どうやら、にわか雨に当たってしまったらしい。

 反射的に両手で頭をガードした二三香が喚く。

「ちょっと、どうなってんのよぉぉぉ!!」

「二三香、教室! 教室に避難しようよ!」

「未波さん、グッジョブです! さ、早く中へ」

 未波が下したとっさの判断に、いち早くルイが同意した。いずれにせよ、このまま手をこまねいて雨に打たれ続けるのは得策とは言い難い。

 ふと、ルイの胸元に抱えられた紙袋が視界に入った。買ったばかりの服が、1度も袖を通すことなく洗濯機行きになる事態はなるべく避けたい。準も雷鳴が途切れた隙をついて呼びかける。

「二三香!」

「……了解」

 二三香の返事とシンクロするかのように、青い白い閃光が走る。

 次の瞬間、ミキサーでフィルター処理を施したかのように、土砂降りの雨音が低く靄のかかった水音に変化した。


 ここまでの映像を脳内でフルハイビジョン再生し、準はひとつの結論にたどり着く。

 未波と二三香には申し訳ないが、今日は大事を取って休ませてもらおう。

 高熱で蒸発寸前の頭をなるべく揺らさぬよう、そっと体を起こして携帯を手に取る。仰向けのまま話せば楽なのだが、それでは今ひとつ病人らしさが伝わらない。電話越しとはいえ、やはり演出は大事だ。

「はい、秋津学園でございます」

 4回目の呼び出し音の後、中年にさしかかったあたりの女の声が耳朶を打った。とりあえず無駄に声の大きい体育教師に当たらなくてよかったと、準は胸をなで下ろす。

「1年3組の渡末ですけど、塩崎先生か初島(ういじま)先生お願いします」

「1年3組の渡末君ね。ちょっと待っててくださいね」

 中年教師はそう言うと、どうやら近くにいるらしい初島に「初島先生ー、先生のクラスの渡末君からお電話入ってますよー!」と声をかけた。このような場合、すぐに保留にするのがマナーとしては正しいという話を聞いたことがあるが……頭痛に(さいな)まれている今は逆にそれがありがたい。

 程なくして「もしもし」と初島の声が聞こえてきた。

「おはようございます、渡末です」

「ああ、おはよう。朝からどうした? ひょっとして風邪か?」

「ビンゴです。土曜の昼過ぎに通り雨に当たっちゃいまして……」

「あー、ありゃすごかったなー。そうそう、風邪と言えば塩崎先生も『今日は休む』って連絡があったよ。何でも、眩暈がひどくて動けないらしい」

「眩暈、ですか……あの、他に何か聞いてませんか?」

 湧き上がる嫌な予感――と言うと語弊があるが、妙な胸騒ぎを覚え、準は駄目元で初島にたずねる。

「いや、特に聞いてないな。電話を受けたのは乃木(のぎ)先生だし。ほら、うちのクラスの化学を受け持ってる――」

「そうですか……」

 眩暈の他に何かしらの異変を訴えているようであれば、ルイから付与された能力が発動している可能性が高いのだが……。結局、体の不調を訴えている以上の情報は得られず、準は少し落胆する。

「とりあえず渡末君は病欠、と。久坂さんと妹尾さんには俺から伝えとくよ。明日は出て来られそうかな?」

「そうですね。ちょっと微妙なとこですけど……全力で治します!」

 精一杯の虚勢を張ってはみたものの、準の心はマジで壊れる5秒前だった。割れんばかりに痛む後頭部、いくら水分を摂っても潤う気配のない喉。ポジティブに構えていられる要素など何ひとつない。

「まあ無理しない程度にな。それじゃ、お大事に」

「すみません、失礼しま――」

 そう言いかけた瞬間だった。

 受話器を机に落としたような衝撃音と共に、

「初島先生、しっかりしてください!」

「誰か救急車――いや、保健室から担架を!」

 という慌しいざわめきが、準の鼓膜と三半規管を大きく揺さぶった。反射的に携帯を遠ざけたはずみで、通話終了ボタンを押してしまう。

(何だったんだ、今の……?)

 周りの教師が初島にかけた言葉から推測する限り、初島は目に見える形で発病ないし負傷、あるいは卒倒したと考えるのが妥当な線だろう。しかし『救急車』が一拍の間を置いて『保健室の担架』と言い直されているのがどうも気になる。症状そのものは、よく見ればさほど重篤ではなかった、ということなのだろうか?

 必死に思考を巡らせてはみるものの、最初の衝撃音をまともに聞いてしまったダメージはあまりにも大きく、準の意識は再び暗い闇の彼方へと沈んでいった。

(助けてくれ、ルイ……)

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