表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/47

第五章 作戦会議は下ネタがいっぱい! #5

 二三香は2~3分ほどで現れた。

「1人いたわ、学園の制服」

 抑え気味ながら、どこか生き生きとした――まるで目当ての物を見つけたハンターのような声。

 一方、準とルイは半分やつれた顔を上げ「ああ、やっぱり」と暗い二重唱を奏でる。

 外見も含め、半藤の人となりについては、電話を切った後に箇条書きでメールしておいた。

 秋津駅の目と鼻の先で秋津学園の制服など、さして珍しい存在ではない。しかし、用もない喫茶店の前でドアを凝視したまま微動だにしない男となると、話は別だったようだ。

「見た感じでは普通の人みたいだけど、このご時世じゃ一途もストーカーも紙一重よねー」

「二三香は半藤が俺たちに対して何をしたか知らないから、そんな呑気なことが言えるんだよ」

「俺たち、ってことは渡末君も何かされたの?」

「ああ。気功波をもろに食らって吹っ飛ばされたんだ」

「気功波!?」

 素っ頓狂な声を上げる二三香。一般人としては真っ当な反応だ。が、その程度で驚いていては、実物を目の当たりにした時に正気を保てないのでは……。準は軽く心配になる。

「何でも、超マイナーな流派の空手を習ってたとかで。これ、その時にできたアザです」

 ルイがセーラー服のブラウスを捲って説明を挟んだ。

 驚きで見開かれていた二三香の目が、今度は静かな怒りを宿して鋭く細められる。

「ふーん。で、誰なの? 我らがルイちゃんに仇為すろくでなしは。それ、普通に殴られたくらいでできるアザじゃないわよ?」

「誰も何も、二三香自身がついさっき見てきた男の仕業だよ」

 未波のことをとやかく言えないレベルの隠れ天然なのか、単に怒りで我を忘れているだけなのか。新たな不安材料が準の胸中に暗い影を落とす。

「ごめん、聞き方が悪かったわね。名前とかクラスとかは分からなかった?」

 二三香はそう言うと、指の関節を鳴らした。

「このアザは私が直接攻撃を受けてできたものでないんですよ。攻撃を受けたのは準さんで――もっとも不意打ち同然だったんですけどね。準さんが何らかの形でダメージを受けると、それが私にも何割かフィードバックされるんです」

 ルイも二三香の全身から立ち上る不穏なオーラを感じ取ったのか、大あわてで補足を入れる。

 普段温厚あるいは冷静な人間に限って、本気で怒ると血を見るだけでは済まないと言うが、二三香はその典型かも知れない。つくづく難儀なことだ。

「メインで食らった俺も歩き回れる程度にはピンピンしてるんだ。間違ってもヤツと渡り合おうとか考えるなよ?」

 準は質問に答える前に予め釘を刺す。

「俺に危害を加えてきたのは2年1組の半藤達尚ってヤツだ。何でも、日本史研究会とかいう同好会もどきのリーダーに納まってて、ルイを監視したり追い回したりしてるのは研究の一環らしい。俺を傷つければルイにもダメージが行くと知るなり1度は『もう手出しはしない』とか詫び入れてきたくせに、なぜかしつこく尾けて来やがるし……困ったもんだよ」

 後半はほとんど酔っ払いがクダを巻くような口調になっていた。

 助手のようなポジションで(あくまでも表向きだが)半藤に同行していた神沢アサミという少女についての説明は、敢えて省略することにした。彼女は準とルイに「実害が及ばないよう陰で協力する」と半藤公認(?)で申し出てくれているし、当座の作戦を立てる上で特に紹介が必要な人物でもない。

 それに、今の二三香では『半藤の助手』という1点だけで、十把一絡げに敵意を抱いてしまう恐れもある。アサミに関する説明は、またの機会にしておいた方が良さそうだ。

「よりによって2年生なんて、厄介なのに目を付けられたわね。この様子じゃマンションまで尾けてくる可能性大よ」

「だから困ってるんです。それに、半藤は気功波以外の切り札も持ってまして……」

「まだあるの?」

「鳥居に貼られていた札です。見た目はただの紙切れなんですが、私から半径50メートル以内に入ると赤く発光する――いわばセンサーみたいなものですね。半藤はそれを使って私の居場所を四六時中監視してるんです」

「一時的に半藤の目を逃れたとしても、秋津から離れない限り、また見つかるのは時間の問題だ。とりあえず今晩だけでいい。二三香の知ってる範囲で、ここからできるだけ遠く離れた場所に連れて行って欲しい」

「それならお安い御用よ!」

 二三香のドヤ顔に、準は安堵の表情を浮かべた。

「ただ、この作戦を実行する上で、いくつか条件と言うか制約がある。今、紙に書いて整理するよ」

 準は再びシャーペンを手に取ると、項目ごとにスペースを空けて何やら書き始めた。その手元を凝視するルイと二三香。

 美少女2人(約1名、明らかに少女とカテゴライズできない年齢の守り神を含む)に無言で見つめられると非常にやりにくいが、あいにく今は『半藤から如何にして逃げるか』というプレッシャーの方が大きい。準もまた、無言かつ無表情で筆を走らせる。

 ――1分後。

「……よし、こんなもんかな」

「できましたか?」

「どれどれ……」

 準はメモ帳をルイ・二三香側から見やすい向きに直す。走り書きながら読みやすく整ったペン捌きで書かれたそれは、大きく3項目に分かれていた。


〈条件1〉 半藤が今もルイを尾け回す目的は何か。それを本人から聞き出す。

〈条件2〉 瞬間移動が二三香の能力であること、二三香自身が2人に関わっている事を悟られてはならない。あくまでも俺(準)もしくはルイ、どちらかの能力であることをアピールする必要がある。

〈条件3〉 住んでいる場所が秋津以外の場所であると思わせる。


「〈条件3〉は一応将来的なことも考えて入れておいた。あくまでも推測だけど、逃げ方が中途半端だと、あいつは俺たちがまだ近くに潜んでると思って秋津近辺をシラミ潰しに回ると思うんだ。普通は一晩探して見つからなければあきらめるか、せめて他を当たるかするもんだけど、あの性格からすると、しばらく秋津に張り付いたまま動かない可能性もある。とりあえずこれを踏まえて、いいアイディアがあれば教えてくれないか?」

 食い入るようにメモ帳を見つめる2人に、準は補足説明をする。

 特に、二三香に対しては単純明快に伝えておかないと、協力を依頼すると言うより一方的にこき使うような格好になってしまう。親しき仲にも礼儀ありだ。

 と、ルイがおもむろに口を開いた。

「ちょっとシミュレートしてみましょう。このまま店を出て、最初に起こるイベントは半藤とのエンカウントですよね? 〈条件1〉を消化するには、このタイミングが狙い目のような気がするんですけど」

「たしかに、逃げる態勢に入ってからだと話をするどころじゃなさそうね」

 二三香も即座に賛同する。

「ただでさえ人の話を聞かないヤツだからな。頭に血が上る前にサクッと聞き出すのが賢明か……」

 2人の意見を余白に書き加えながら、準はため息をついた。

「渡末君、私からもひとつ」

 今度は二三香が手を挙げる。

「どうぞ」

「〈条件2〉と〈条件3〉なんだけど、逆の発想をしてみるのはどうかしら」

「逆の発想? どういうことだ?」

「一昨日の夜を思い出してみて。一緒に瞬間移動した時、私はどうしてた?」

「どうって、俺の肩に手を乗せて……いや、待てよ? まさか……」

「ええ、そのまさか。あいつを遠くに飛ばしちゃえばいいのよ。それこそ一晩では帰って来られないくらい遠くに」

「でも、肩に手なんか乗せたらバレるんじゃないか?」

「それなら心配無用ですよ。肩だけでなく、シャツの裾とか鞄でもOKです」

「ルイが言うなら大丈夫……なのか……?」

「かく言う私も未波で1度実験してるのよね。半藤がルイちゃんと渡末君に気を取られてる隙に背後を狙えば……多分行けるはずよ?」

 すでに実験済みと聞いて、準は内心ほっとする。

 それにしても、二三香は半藤をどこに飛ばすつもりなのだろう。ルイを守ろうという義侠心からとはいえ、あまりにもノリが良すぎて準の方が萎縮してしまう。

 しかし、毎月払っている家賃の事を考えると、今のこの状況は言語道断だ。話し合いで何もかも解決するのなら、そもそも人類史上において弾圧や革命やクーデター、ましてや戦争など起こらなかったわけで。今は心を鬼にするべき時なのかも知れない。

「あ、飛ばすって言っても、パスポートとか宇宙服が必要な所には飛ばさないから安心して」

「ってか、宇宙服が必要な場所に飛んだら、二三香も無事では済まないだろ」

「記憶に残っている場所にしか飛べませんから大丈夫ですよ。二三香さんが実は元宇宙飛行士だったとか地球外生命体だったとかなら話は別ですけど」

 ルイがレモンスカッシュを舌の上で転がしながら言った。5人分の能力をまとめて把握・設定した張本人だけあって、その口調は自信に満ち溢れている。

「ルイちゃん、炭酸平気なの?」

 二三香が意外そうな顔で尋ねる。

「ええ。どういうわけか酸っぱいのが飲みたかったので」

 ここ数時間の緊張状態の反動からか、ルイは頬を緩めながら答えた。傍から見ている分には、この上なく微笑ましい笑顔で。

 普通の人間なら、あと10年もすればレモンスカッシュがレモンサワーあたりに変わってしまうのかも知れないが、この無邪気な神様は人間と違って年を取らない、いわば永遠の13歳(推定)だ。精神面に多少の変化こそあれ、基本的には今のまま変わらずにいてほしいと密かに願わずにはいられない。

「渡末君、ちょっと……」

「ん?」

 手招かれるまま、二三香の口元に耳を寄せる。

「まさかとは思うけど、もう手を出しちゃったわけ? 酸っぱいものを欲しがるなんて、どう考えても――そこんとこの事実関係次第では、半藤ってヤツの前に渡末君を始末しなきゃならないわよ?」

「あー、ちょっと待った。結論から言うと、俺は無実だ」

 ため息と共に身の潔白を訴える準。

 このままでは、年齢不相応かつ陰気なため息キャラが定着してしまいそうだ。そして、その懸念はさらなるため息を誘発する。

「ったく何事かと思えば……。いいか? ルイは顕現して3日もたってないんだ。どう考えても無理があるだろ。中学の時に保健体育の授業で習わなかったのか?」

 主語を思い切り省略して、準は二三香に詰め寄る。

 何のことはない。『事に及んでから、愛の結晶がルイの胎内に宿るまでに要する日数』のことなのだが……はっきりと口にするのは、さすがに憚られた。

「うっ、言われてみれば……」

「どうして『酸っぱいものが好きなんだな』って普通の見方ができないんだ? ひょっとしてあれか? 二三香と半藤は、実は早とちりの得意な似た者同士の兄妹でしたー、なんてオチでも待ってるのか?」

「あ、あの~」

 ルイが絞り出すような声と共に、準の太股をつついた。その動きはテーブルの下で行われているので、二三香からは見えない。

 準はルイの表情に注目すべく視線を移す。

 まるで『ものすごく言いにくいけど言わなければ』といった強迫観念にでも駆られているかのような――

「お二人とも、はっきり言って丸聞こえです」

 ――大当たりだった。某クイズ番組のハンターチャンス終盤で、絶対に奪われたくない高額景品をライバルチームにかっさらわれ、惜しくも優勝を逃した時のような虚無感に襲われる。

 と、次の瞬間。

「ルイちゃん、違うのよ!」

 二三香がルイの肩をがしっと掴むと、芝居がかった口調で叫んだ。その無駄な迫力に圧倒され、目を瞬かせるルイ。

 準は止めようと一瞬手を伸ばしかけたが、すぐに思い止まった。ここは騒ぎの種を蒔いた(ばかりか、見事に開花させた)当人に事態を収束させるのが一番だ。

 しかし、その選択が間違いだと気づくのに、さほど時間はかからなかった。

「あ、あのね、これには深~い訳と些細な勘違いがあってね……?」

「何が『深~い訳と些細な勘違い』だ。恥ずかしいヤツだな」

 99九パーセントの努力と、1パーセントのひらめき。某発明王の言葉を真似たつもりなのだろうが、二三香のそれは後世に残る妄言にはなり得ても、語り継がれるほどの名言には程遠かった。

「まあまあ。でも、二三香さんが勘違いをしているのは紛れもない事実です。私はまだ、その……未経験ですし、今の準さんとの間柄を考えれば、先に手を出すのはむしろ私の方でしょう」

「ルイの言うとおりだ」

 とは言ってみたものの、準は手を出されるがままでいるつもりなど毛頭ない。ルイが奇策珍策を弄したところで、一言「戻れ!」と念じれば強制的にジ・エンドだ。

 そんな準の思惑にも気づかず、ルイはお説教を続ける。

「いいですか、二三香さん。コウノトリの存在を信じても許されるのは小学生までですよ!」

「まったくそのとおりだ」

 コウノトリの存在を信じているはずの人間が、手を出した出されたの関係に言及しているのも妙な話だが。

「それと、テレビばかり見てると馬鹿になりますよ。特に主婦向けのドラマや恋愛トーク中心のバラエティー番組は論外です」

「いいぞ、もっと言ってやれ!」

「その点、準さんは立派です。寝起きのたびにパンツの前をカピカピにしても決してくじけません」

「そうだ、俺を見習……って、どさくさに紛れて人の私生活を捏造すんな!」

 思春期男子なら実際にありがちなアクシデントではあるが、それが実話であろうと作り話であろうと、そういった実態を同じく思春期の女子に知られるのは好ましくない。偏った知識を嬉々として披露したがる守り神様にも困ったものだ。

 それに、二三香だけならまだしも、未波までこの場に揃っていたら――。想像しただけで、言いようのない悪寒に襲われる。

「早とちりして悪かったわよ。それに、今の話で確信が持てたわ」

 二三香が半ばふてくされたように言った。

「どういうことです?」

「ルイちゃんに手を出すくらいの度胸がある人に限って、パンツの前をカピカピにするなんて失態は考えられないでしょ?」

 ぶはっ!

 飲みかけの激甘ミルクティーが気管に入り、準は盛大にむせた。

「大丈夫?」

 それはこっちの台詞だと即座に言い返してやりたいが、咳き込んで言葉にならない。見かねたルイが席を立って背中をさすってくれる。

 ここ数日で『二三香=冷静で頭の回転が早い委員長タイプ』というイメージを無意識に作り上げてしまっていたが、早々に認識を改めておく必要がありそうだ。言動は冷静沈着そのものなのに、いかんせん思考があさっての方向に弾け飛んでいる。単なる偶然か、そうでなければ、ほんの一過性のものであって欲しいと願わずにはいられない。

「話を戻しますが、私と準さんは半藤の真意を是が非でも本人の口から吐かせる。その上でストーカー行為をやめる意思がないと判明したら、問答無用で消えてもらう。こんな流れでよろしいでしょうか?」

「問題ないと思う。それにしても、意外とシンプルにまとまるものなんだな」

「作戦の主軸は分かりやすいに越したことはないわ。あとは細かい注意点を肉付けして、各自がそれぞれの動作・手順を把握すれば完璧ね」

「とりあえず、二三香さんは店から出る時は別行動ですね。人通りだけは無駄に多いですから、特に隠れたりする必要もないでしょう」

「半藤を飛ばすタイミングはどうすればいいかしら?」

「俺かルイのどちらかが合図を送るから、それに合わせて頼む。話の流れによっては、それっぽい演出も可能かも知れないし……」

「演出……ですか?」

「ああ。半藤が大人しく白状するしないに関係なく、最終的には尾け回すのをやめてもらわないと話にならない。まあヤツのことだから、言ったところで聞き入れてなんかくれないだろう。そこで晴れて二三香の出番が来るわけだけど、その前に一言挟むんだ。『残念だが、お前にはここから消えてもらう』ってな。これは俺よりルイがやった方が効果的だと思う」

「なるほど。そう前置きしておけば、私が私自身の能力で半藤を飛ばしたようにしか見えませんね」

「だろ? 〈条件3〉に関しては後で考えるとして、とりあえず今回は見送る。二三香は半藤の送り先だけ考えといてくれないか? 日本国内なら那覇空港でも二条城本丸でも、どこでもいい」

 一晩でも時間を稼げれば十分! とばかりに、準は氷の溶けかかったお冷を胃袋に流し込んだ。


*     *     *


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ