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第一章 お願いは計画的に #1

容量や読みやすさを考慮し、分割投稿しています。

 ぎゅるるる。

 クラス委員選出からの騒ぎで忘れていた空腹が、大好物であるカレーライス&福神漬け山盛りを前にするなり、猛烈な自己主張を始める。

 が、それは準だけではなかったようで、5人は互いに顔を見合わせて笑った。

「よし、冷めないうちに食べよう。話はそれからだ」

 言うが早いか、副担任の男は特盛りの山菜うどんを豪快にすすり始める。

 細身の体に、少し長めに伸びてウェーブのかかった髪、教室ではかけていなかった縁の赤いメガネ。一見すると手品師かクイズ番組の司会者といった、爽やかながらも、どこか胡散臭い出で立ちだ。

 よほど腹が減っていたのだろうか、外見に似合わぬいい食べっぷりである。

「あらあら……。それじゃ私たちも食べましょうか。あ、これ奢りだから遠慮しないで食べてね」

 そう言うと、担任も親子丼の丼のフタを開け、中から立ち上る湯気にうっとり目を細めている。

「い、いただきます」

 少し呆気にとられながら、準もスプーンを手に取り、カレーライスを口に運び始める。

 仕込みに時間をかけたのか、やや黒ずんで水気のないカレーに、崩れることなくしっかり原形を留めた野菜、贅沢にも奥深くまで味の染み込んだ牛肉。準のストライクゾーンを真正面からぶち抜いたそれは、瞬く間に量を減らしていった。

「ふぅ」

「はい、お茶。いい食べっぷりだったよっ!」

 いつの間に持ってきたのか、未波が湯飲みを差し出してくる。

「サンキュー」

 一口飲んで湯飲みを置く。

 と、そこで担任が口を開いた。

「それじゃ私たちの自己紹介から入るわね。名前だけでも最初に名乗っておくものだって妹尾さんにも叱られちゃったし」

 いよいよ本題――彼らの言う顔合わせとやらに入るらしかった。

「私は塩崎奈津。もうみんな知ってのとおり1年3組の担任で、担当教科は英語。ちなみに23歳で教師2年目の独身です。よろしくね!」

「えー、俺の番……かな? 俺は初島(ういじま)史郎(しろう)。学生の頃は頭と最後の文字を取って『ういろう』とか呼ばれてたな。担当教科は日本史と政治経済。年は28だけど、実は新米教師なんだ。ここに来る前は求人広告のデザイナー兼制作オペレーターをやってた。立場は違うけど、同じ新入り同士ってことでよろしく!」

 2人とも、ほぼ外見どおりの年齢だった。

 特に初島には、新入り同士という点で親近感を覚える。

 自分にとっては高校生活のスタート、初島にとっては教師生活のスタート。不安を抱えているのは自分だけじゃないという思いが徐々に湧き上がってくる。

「そうそう、ひとつだけ補足するとね」

 再び塩崎が口を開いた。

「え? 何ですか?」

 未波がいかにも興味津々といった目を向ける。

「私と初島先生は元オフ仲間だったりします!」

「オ、オフ仲間!?」

 予想の斜め上を行く言葉に、つい間抜けな声が漏れる。

「そう。ネット上でしかやり取りのなかった人同士が実際に会って、お茶を飲んだり、カラオケに行ったりするのをオフ会って言うんだけど。聞いたことくらいはあるでしょ?」

「そりゃ知ってはいますけど」

「お二人は知り合ってどのくらいになるんですかっ?」

「ちょっと未波。そんな根掘り葉掘り聞くもんじゃないわよ」

 テーブルに両手を身を乗り出した未波に、二三香が釘を刺す。

「いや、別に気にしなくていいさ。隠すようなことでもないし。俺たちが最初に顔を合わせたのは3年前の夏だったかな。そう、たしか昭和記念公園の花火大会の日だ」

 昭和記念公園の花火大会は、準も噂に聞いたことがある。

 毎年7月の最終土曜日に行われ、夜7時から9時までの2時間で15000発が打ち上げられる。おそらく花火大会としては相当大がかりな部類に入るはずだ。それだけに人出も多く、いつもは比較的閑散としている最寄り駅周辺も、この日ばかりはシャレにならない混雑ぶりを見せる。秋津学園からは直線距離で、だいたい15キロほどだろうか。

「もう3年になるのかー、懐かしいなぁ。当時大学生で夏休みに入りたてだったから、バイトもゼミもない日は暇で暇で仕方なかったのよ。その日も何となくネットの掲示板を流し読みしてたんだけど、なんとなんと花火見物オフの告知があるじゃないの! で、思い切って参加してみたら、その中に若かりし頃の史郎ちゃんがいたってわけ。……あの時のログ、まだ残ってるのかしら」

「史郎ちゃん!? 今、史郎ちゃんって言いました?」

 今度は未波が素っ頓狂な声を上げた。

 隣のテーブルの上級生2人組が驚いてこちらを見ている。そのうちの1人と目が合いそうになり、準はあわてて目を伏せた。

「おいおい、学内で史郎ちゃんはまずくないか? あと久坂さんも大きな声出さないで。その、何て言うか……かなり目立ってるから」

 初島も周囲の視線に気づいて焦り始める。

 かと思いきや――

「別にいいじゃない。もう私の中ではこの呼び方が定着してるんだし、教壇を降りちゃえばこっちのもんよ!」

 騒ぎの元を作った張本人はまったく気にしていないのだった。

「いや、開き直るなよ……」

「史郎ちゃんの考えすぎよ。私たちは何も悪いことしてないのよ? ここはひとつ、先輩である私を信じなさい!」

 冷静なのか単に図太いだけなのかはともかく、先輩教師としての風格だけは一人前な塩崎だった。

 しかし、準はどうにも釈然としない。

(いきなり何なんだよ、このチート設定は。正真正銘の独り者は結局俺だけってことなのか?)

 オフ会で知り合った者同士が同じ職場で働いていることがチート設定に当たるのかはともかくとして。事実、準は独り身同然で、ここ秋津学園に入学していた。


*     *     *


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