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第五章 作戦会議は下ネタがいっぱい! #4

 準はロイヤルミルクティーを半分近くまで飲み干すと、おもむろにガムシロップの封を開け、中身を1滴残らずグラスに注いだ。ちなみにガムシロップを入れるのは、これがひとつ目だ。

「変わった飲み方ですね」

「敢えてそうしてるんだよ。ほら、よく言うだろ。疲れた時は甘い物、って」

「それじゃ私のガムシロップも使います?」

「……何だって?」

 レモンスカッシュにガムシロップ。

 この店の味覚センスは大丈夫だろうか?

「いや、遠慮しとく。栄養のバランスが崩れるし、単に摂取量だけ増やせばいいってもんでもないだろ。ガムシロップひとつでも、予めミルクティーの量を減らしておけば相対的に甘くなる」

「なるほど。プラシーボ効果ってやつですね?」

「まあ、そんなとこかな。それより、飲みながらでいいから続きを考えよう」

「そうですね。じゃ、さっそく私からひとつよろしいですか?」

「どうぞ」

 準は答えると同時に、素早くシャーペンを構えた。

「二三香さんにご協力をお願いする時の注意点ですが、会計を済ませて外に出てからの方がいいかも知れません。ただ半藤の目に付かないことだけを優先するんでしたら、今すぐに二三香さんを呼んで高飛びすれば解決ですけど、お代がまだですし……」

「……さすがに無銭飲食はまずいもんな。でもそうなると、二三香と合流できそうな場所はコンビニのトイレくらいだぞ。たとえば、そうだな……時間を予め決めておいて、二三香は中で待機。ルイがノックしてきたらドアを開けて、そのままどこかへさようなら~」

「準さん、それ使えるんじゃないですか? さっそく二三香さんに電話して――」

「待て待て、早まるな。その作戦はルイにしか使えない」

「え、どういうことです?」

「どうもこうもあるか。俺まで女子トイレに入ろうとするのはどう考えてもアウトだろ。それに、俺は半藤に何が目的でルイを尾け回すのか吐かせる役目もある。ヤツの返答次第では最悪の場合……」

「そ、そんな……だったら私が半藤と話を付けます。準さんはちゃんとアパートに戻ってください!」

 すべてを言い切らないうちに、ルイが椅子から立ち上がった。その表情は青ざめ、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 準は口に含んだミルクティーを危うく噴き出しそうになった。直後、余計なことを言うんじゃなかったという後悔の念が頭の中を埋め尽くす。

「『半藤と話を付ける』って、何するつもりだ!?」

「私が責任を持って半藤の暴走を止めます。また、あの社に戻ることになるかも知れませんが……」

 あわてて問いただす準に、覚悟半分あきらめ半分の、感情がごっそり抜け落ちたような言葉が返される。

「こんな時に変な冗談はやめろよ」

「冗談なんかじゃありません。迷惑をかけられないのは準さんも二三香さんも同じです。だから、行かせてください! お願い……します……」

 と、目で辛うじて止まっていた涙が、大粒の雫となってグラスにテーブルに落ちた。握りしめた拳は小刻みに震え、青ざめていた頬は寿命を迎える瞬間の小惑星のように紅潮している。「行くな!」「止めないでください!」の押し問答になるのは火を見るより明らかだった。

「いいか、ルイ。たしかに俺と二三香に関しては、それでいいのかも知れない。でも、ルイがいなくなることで悲しむ人間が目の前にいるってことだけは頭に入れといてくれ。半藤絡みの実害を受けずに済むとしても、勝手にいなくなられたら――そっちの方が精神的な意味で迷惑なんだよ」

「でも……」

「大丈夫。俺は何とか別のルートを考えて逃げるから。とりあえず座れよ」

 準は浮きかけていた腰を上げると、手を伸ばしてルイの肩にやさしく乗せる。

 ――ルイの返事はない。

 やせ細った肩が準の手から離れる。

 ぱさっ、という衣擦れの音と共に、ルイは再び椅子に腰を下ろした。

「すみません、変に取り乱したりして」

「気にしなくていいよ。いや、俺たちのことを心配してくれるのは嬉しいんだけど、何て言うか……俺個人としては、ルイと一緒に戦いたいんだ。半藤の言動を見れば分かると思うけど、俺がルイを差し出したところで大人しくなる保証なんかどこにもない。あいつは約束を守らない男なんだよ」

 実際のところ半藤の真意は分からない。しかし、今後一切手を出さないと言っておきながらルイを尾け回している現状から察するに、よからぬことを企んでいることは明白だった。

「本当にすみません。私、そこまで考えが回りませんでした」

「たしかに、俺の逃走ルートをどう確保するかが目下最大のネックなんだよな。ほんの一瞬でも半藤の意識を他に向けさせられれば……」

 二三香をルイ逃走作戦と同じ要領で男子トイレに待機させておけば事は簡単に済むのだが、さすがにそれを打診する勇気はない。

「二三香さんだけでなく、未波さんもうまく組み込めればいいんですけどね」

「下手に人数だけ増やすのもどうなのかな。あいつも顔を見られずに動かさなきゃならないわけだし」

「そこは大丈夫ですよ。普通の人なら横からのコンタクトしか取れませんが、未波さんは空を飛べますから上からのコンタクトも可能です」

 横からというのは、おそらく相手の目の届く範囲、つまり地上からの直接攻撃のことだろう。となると、攻撃する側には当然、反撃を受けるリスクが発生する。

 まして半藤は、見た目こそ普通の高校生ながら、応戦する術を突きや蹴りのような打撃技以外にも持ち合わせている人外兵器だ。下手な得物を振り回されるより、むしろ丸腰の方が圧倒的に手強い。『無防備だから』とタカをくくろうものなら、死亡フラグの助けを借りることなくあの世への最短ルートを攻略できてしまう。

 言い換えれば、素人がどれだけ周到な攻撃プランを組もうとも、半藤相手には文字どおりの捨て身攻撃にしかなり得ない。恥も外聞もかなぐり捨てて背後を狙い、なおかつ電光石火の速さで立ち回らなければ、攻撃以前に犬死に確定だ。

「でも上からって具体的に何をするんだ?」

「姿を見られなければ基本的に何でもアリですよ。パチンコ玉を投げつけて蜂の巣にするもよし、グラウンドのライン引きに使う生石灰をかけて目潰し攻撃を仕掛けるもよし」

「見かけによらず鬼畜だな」

 さっきまで涙を浮かべながら特攻しようとしていた者の台詞とは到底思えなかった。準は思わず苦笑してしまう。敢えて肯定的な見方をすれば、真剣に玉砕を考えるほど追い詰められて初めて浮かぶ発想なのかも知れないが……。

「ま、手加減してやる義理も筋合いもないけどさ。ただ、未波の場合は通行人にも注意しないとな。人間が宙に浮いてたら一発でパニックになるぞ」

「このクソ狭い商店街では厳しそうですね。ところで、準さんは未波さんと二三香さん以外にいませんよね?」

「いない、って何が?」

「お友達です。うまく正体を隠せたとしても、示し合わせたように次々と怪奇現象が起こっては、おいおい準さんの周辺に疑いがかかるでしょう。塩崎先生と初島先生も未発とはいえ能力者ですし、発動のタイミングが予測できないという点では、半藤の監視下に入ってしまうと未波さんたち以上に厄介なことになるかも知れません」

 友達が少ないことを遠回しに指摘され、準は心が折れそうになった。

「そうは言っても、二三香の能力だけは外せないし……弱ったな」

 砂漠の真ん中で湧き水を見つけたものの、凶暴なワニがいて下手に近づけない。そんな歯痒さを覚えながら、準は頭をかいた。

 そもそも、本当にタブー視すべきなのは準とルイ以外の存在を悟られることであって、別に二三香の能力を頼ること自体は問題ないはずだ。

 頭の中を整理する意味合いも兼ね、文頭に○×を付けてメモ帳に書き写す。

 紙とペンの偉大さについて得意げに語る未波の顔が、ふと脳裏に浮かんだ。

「ここから先は3人で考えた方がいいかも知れないな。こうなった経緯も一から説明しなきゃならんし」

「そうするしかなさそうですね」

「よし、連絡しよう」

 準はルイの賛成意見を聞くと携帯を取り出し、二三香の番号を呼び出した。4~5回ほど呼び出し音が鳴った後、

「もしもし、渡末君?」

 口に何かが入っているような、いつもより微妙に歯切れの悪い声が聞こえてくる。

(しまった、晩飯時だったか!)

 直感的に気づいた瞬間、冷や汗が噴き出してきた。

「あ、ごめん。食事中……だったかな」

「うん。近所のラーメン屋で1人さみしく、ね」

「やっぱり……ごめん、後でかけ直すよ」

「大丈夫よ。今、ちょうど最後にとっといたチャーシューを食べてたとこだったの。それより、さっそく何かあった?」

 さすがは二三香、なかなか鋭い。準は息を押し殺しながら、やや早口で告げる。

「ルイが封印されてた神社の神主が現れた。正確に言うと、空襲で焼けた時の神主のひ孫で、うちの生徒なんだけど、ルイにしつこく付きまとって手を焼いてるんだ」

「う、嘘でしょ? まさかとは思ってたけど、こんなに早く現れるなんて……。そいつは今そこにいるの?」

 よほど驚いたのだろう、電話越しの声が急にボリュームアップして、準は思わず携帯を耳から遠ざける。

「今は一時的に喫茶店に身を隠して、ヤツから逃げる方法を考えてるところだ。店に入って来てる様子はないから、おそらく外で張ってるんだと思う」

「分かった。今からそっちに行くわ。喫茶店って学校の帰りに寄った所よね?」

「そうだけど出歩いて大丈夫なのか? あんまり遅いと家の人が心配するんじゃ……?」

「うん。今日はお父さんが飲み会、お母さんが夜勤、お姉ちゃんも大学のサークルの新歓でいないから」

「そっか、助かるよ」

 と、ルイが何やらジェスチャーを送っているのが目に入った。

(どうしたんだ?)

 アイコンタクトで返す準。

「私からもお話が……」

「あ、ルイからも何か話があるみたいだ。ちょっと代わるよ」

 そう言うと、準は携帯をバトンタッチする。

 ルイは慣れない手つきで受け取ると、おそるおそる耳に当てた。――アンテナを下向きにして。

「上下逆だぞ」

「あっ……もしもし、ルイです」

「ルイちゃんと電話で話すのは初めてよね」

 二三香の声が携帯特有のノイズに紛れてうっすらと聞こえてきた。受け取る時に音量ボタンを押してしまったようだ。

「ええ。さっそくなんですが、店に入る前に、入口近くに学園の制服を着た男がいないかチェックして欲しいんです」

「もしかして、そいつが例の神主……のひ孫?」

「そのとおりです。一応念のためですが、中に入る時は入口経由ではなく、瞬間移動で直接二階に来てください」

「了解! すぐ会計済ませてそっちに行くから、渡末君にも伝えてくれる?」

「分かりました。お待ちしてます」

 そう言うと、向こうから電話が切れたのか、ルイは携帯のディスプレイを数秒間見つめた後、通話終了ボタンを押した。


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