第五章 作戦会議は下ネタがいっぱい! #2
会計を済ませて店を出ると、ちょうど電車が来た直後だったらしく、目の前の狭い商店街通りは乗り換え客でごった返していた。この通りに沿って歩いて行かないことには、例の喫茶店にたどり着けない。
「あちゃー、これじゃしばらく身動きとれませんね」
「すぐ落ち着くだろ。それより、あいつの動きに注意しないと」
「探ってみましょう」
ルイはそう言うと、目の動きだけで周囲を探り始めた。
こういった索敵任務は体の小さいルイの方が適任と言える。こちらの警戒態勢を悟られにくい上に、小回りも利くからだ。皮肉なことに、その警戒対象たる半藤がご執心の相手もまたルイだったりするのだが……。
「準さん、見つけましたよ!」
「ずいぶん早いな。どこにいる?」
「たい焼き屋の看板の影からこっちを見てますね」
「ったく、しつこいヤツだな」
「まったくですよ。私をほったらかして逃げた俊山とは正反対です」
「つくづくバランス悪い一族だよな」
他愛のない愚痴をこぼしていると、ようやく人通りがまばらになってきた。
「そろそろ行くか」
「はい」
スムーズに喫茶店に入るには、予め反対側を歩くようにしておいた方が良さそうだ。
赤提灯を下げた立ち飲み屋は仕事帰りの誘惑に脆くも敗れたサラリーマンで賑わい、となりのつけ麺屋からは濃厚なスープの匂いが漂い、その上の学習塾からは白色蛍光灯の無機質な灯りが漏れている。
いつもどおりの光景だ。そんな中、背後を気にしながらコソコソ歩かなければならないのが腹立たしくもあり、おかしくもあった。
喫茶店までは1分とかからなかった。
「10時までなら大丈夫だな」
念のため営業時間を調べてから扉を開ける。
未波たちと入った時はさして気にも留めなかったが、店の名前は『ジュラ紀』というらしい。いかにも獰猛そうな肉食恐竜が大口を開けて店名を叫んでいる(咆えている?)、妙にアメコミくさいプレートがドアにかかっているので、嫌でも目に入る。
「いらっしゃいませー」
「!!」
店員の声がした方に目を向け、準とルイは思わず絶句した。
ヤクザが、コーヒー豆を挽きながら、カウンターに、立っていた。
ドアにかかっていたプレートと同じロゴ入りのエプロンをしているので、この店の従業員あるいはオーナーであることは間違いなさそうなのだが……。
(いや、待てよ? 店員に変装した強盗か何かで、本物の店員は奥で縛られてるなんてことも……)
最悪の可能性を想定して、準は右手でルイをガードしながら半歩後ずさる。
初島以上に細い体、不気味に光るスキンヘッドとサングラス。「いらっしゃいませー」などと、ごくありふれた接客用語とは相容れぬ――むしろ正反対の存在と言っても過言ではない。
「昼は喫茶店、しかし夜の顔こそ真の姿――ってとこですかね」
ルイが耳元でささやきかけてくる。こんな状況で軽口を叩けるとは大した度胸だ。
と、スキンヘッドの男が奥に向かって声をかけた。
「2名様ご来店です。2階にご案内して」
「はーい」
明るい声と共に現れたのは、夕方準たちのもとへアイスコーヒーを運んできた店員だった。向こうもこちらの顔を覚えていたらしく、
「あら、夕方のお客様」
「深歩ちゃんの知り合いかい?」
スキンヘッドが店員にたずねた。
「いえ、夕方にも来ていただいてたお客様ですよ。あれ? あとのお二人は……?」
「今は俺たちだけです」
ふと我に返り、あわてて答える準。
こちらの顔だけでなく人数まで覚えているとは。接客業ではごく当たり前のことなのだろうか? ある程度時間的な余裕ができたらバイトでも始めようと目論んでいた準は、自分にも勤まるかどうか急に不安になってくる。
「それじゃご案内しますね」
「またのご来店ありがとうございます」
2階へと促す店員の声に、スキンヘッドのにこやかな声が重なる。
準とルイは「どうも」と軽く頭を下げると、そそくさと階段を上り始めた。
「驚いたでしょう。あの頭とサングラス」
階段の踊り場に差しかかったところで、不意に店員がこちらを振り返った。
「ええ。ここの店長さん……ですか?」
上目遣いに答えるルイ。
「大当たり。でも、ああ見えて普通の人ですから、怖がらなくて大丈夫ですよ」
「だそうですよ、準さん」
「何でその話をこっちに振るんだよ」
「だって引け腰になってるの丸分かりでしたよ」
「ヘタレを承知で言わせてもらうけどな、あの顔を見れば誰だってビビるわ! 何とも思わない方がどうかしてるんだよ」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべるルイに、準はきっぱりと断言する。
「まあまあ、お二人とも。初めてのお客様はもちろんですけど、私も2年前にバイトの面接に来た時そんな感じでしたから。普段は私や他のバイトの子がカウンターに立つようにしてるんですけど、ちょうど洗い物がたまってて……って、ごめんなさい。変な言い訳して」
いかにも「やってしまった」とばかりに、店員の顔が真っ赤になる。夕方コーヒーを運んできた時の事務的な雰囲気はすっかり鳴りを潜めていた。