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第五章 作戦会議は下ネタがいっぱい! #1

「疲れた……」

 さんざん走り回り棒のようになった足を引きずりながら、準は深いため息をついた。

 駅前で痴漢疑惑をかけられそうになり、逃げ込んだ先の学園では見ず知らずの歴史オタクに変態疑惑をかけられ、その度に走り回るはめになり、挙句には気功波で豪快に吹っ飛ばされ……それでもなお自力で歩けるのは、もはや奇跡に近い。

 しかし、これから新たに何かを始めるような気力が残っているかと問われれば、それはまた別問題だ。

 半ば開き直るように、高らかに宣言する。

「決めた! 今日は晩飯作らない!」

「となると、2日連続で外食ですか?」

「そんな無駄なことできるか! 帰ったらすぐに風呂入って寝るんだよ」

「ちゃんと食べないと体に毒ですよ? 育ちざかりなのに。それに……」

 ちらりと目だけで後ろを見ながら言葉を区切るルイに、準は問い返す。

「それに?」

「このまま部屋に帰るのは危険です。あの男が……半藤が私たちの後ろをずっと尾けてきてるんです」

「何だって!?」

「しっ、静かに! どうやら半藤は気づかれていないつもりのようです。私たちも気づいていないふりをしましょう」

「でも、どうすりゃいいんだ? このまま適当に歩き回ってるだけじゃ、そのうち怪しまれるぞ」

「そうですね……ひとまず駅前の本屋に入って様子を見ましょうか」

「分かった」

 そうと決まれば、身を隠す場所はただひとつ、漫画やライトノベルを陳列している棚に限られる。ルイの背丈くらいのラックしかなく、通路も立ち読み客で塞がれがちな雑誌コーナーよりは適切な選択だろう。大抵どの書店でも棚は2メートル近くあるし、次の作戦――主に逃げ場所について小声で話し合う程度の機密性は保てるはずだ。

 思いつきで決めた行き先にも関わらず、書店までは5分とかからなかった。昔ながらの商店街ならではの距離感と言ったところだろうか。

 果たして準の予想どおり、雑誌コーナーには直立不動の立ち読み客がボーリングのピンよろしく並んでいた。準は車・バイクやカメラといった、自分にはおよそ無縁の雑誌には目もくれず、ライトノベルコーナーに直行する。

 と、少し遅れて再び自動ドアが開く音が聞こえた。

「……半藤が入ってきたみたいです」

「本屋であいつの行きそうな所は大体想像がつくけどな。ま、俺たちは予定どおりの配置に着こう」

 秋津への転入手続きや引っ越しに追われて忙しかったこともあり、ライトノベルコーナーに足を運ぶのは実に1ヶ月ぶりだ。

 元々小さい書店だけに、雑誌以外はメジャーどころの漫画やエッセイ本優先で、ライトノベルの扱いは申し訳程度。しかし、1ヶ月ともなると新刊・新作が所狭しと顔を並べていて、つい立ち読みしたくなる。

 その上で、ストーリーにしろイラストにしろ琴線に触れるものがあれば、日々の食費を少しくらい犠牲にしてでもお買い上げしたいところなのだが……。

「へぇー、これが噂のライトノベル、略してラノベってやつですか?」

 たまたま目の前にあった1冊を手に取り、感嘆の声を上げるルイ。

「まあ、そうだけど……つくづく偏ってるよな、ルイの感性って言うか現代認識は。閉じ込められてても情報が入って来るって言ってたけど、それはどんな原理なんだ?」

「準さんだったら、どう想像します?」

 レッツ・シンキング・ターイム!

 ――とでも言わんばかりの笑顔で返されてしまった。準は仕方なく、自分なりに思いを巡らせる。

 まず注目すべきは、ルイの類稀なる現代文化への順応性だ。鉄砲を初めて目にした種子島の領民ならいざ知らず、この守り神少女は物としての名称も概要も、ある程度は心得ている。初めて目にする本が『ライトノベル』というジャンルに属するものと即座に判断できてしまうあたり、60年以上も人間世界と隔絶された身だったとは、にわかには信じられない。

 ライトノベルの存在を知らない者、パソコンや携帯をはじめ電子機器類を全く使えない者は腐るほどいる。いくらでも接点があるはずの人間でさえこうなのだから、ルイがその知識なり情報なりを得るのは、常識的に考えて限りなく不可能に近い。

 しかし、それが噂という形に化ければ話は別だ。ただの『物』でしかなかった情報が、それこそ手足が生えた生き物になるのだから。そいつはネズミ講ばりのスピードで人の口を渡り歩き、やがてはルイのもとにも姿を現すだろう。

 そのようなプロセスの一端を担い、なおかつルイの存在を認識できる者となれば、答えは自ずと絞られてくる。

「他の守り神……ルイの仲間か」

「はい、正解でーす。って、そんな歯の隙間にニラが挟まったような顔しないでくださいよー。脳の血糖値は温存しておかないと、いざという時に半藤から逃げられませんよ?」

「自分の好きなものを卑下するのは正直気が引けるんだけどさ」

「けど?」

「こんな小説になり損ねた漫画もどきが話題になるって、ルイたちの業界も意外に俗っぽいんだな」

 神様というものに対して漠然と抱いていたイメージとのギャップに、準は心底打ちのめされたような声で答える。当の神様にしてみれば、勝手に想像して勝手に幻滅する無礼なヤツにしか見えないのだろうが。

 しかし、ルイが準の言葉を真っ向から否定することはなかった。それどころか、

「うーん……俗っぽいと言えば、まあ俗っぽいのかも知れませんね。でも私たちから見れば人間――特に宗教家と一部の政治家がカタすぎるんですよ。真面目くさった顔で延々と同じ話をループさせて言い争ったり、しまいには宗教弾圧とか戦争まで起こしたり。これが本人たちの素の性格なら仕方ありませんが、カッコいいと思ってやってるんだとしたら救いようのない大馬鹿ですよ」

『私たち』と言うからには、守り神は基本的にルイのような考え方なんだろうか? あまり深く追求するつもりはないが、何となくルイの言い分も分かる気がする。そもそも方法や課程はどうあれ、真面目な顔で他力本願を成し遂げようなど正気の沙汰ではない。

「ああいう連中は『常に真面目であれ、敬虔であれ』みたいな強迫観念に囚われてるし、周りもそれを求めるからな。何となくそれっぽい態度だけとって澄ました顔してるヤツも大勢いると思う。腹の中で考えてることなんか本人にしか分からないけど」

「でもカタすぎるのは生理的に受け付けません。そういう意味では『家』って漢字が付く職業はダメですね。一部の例外を除いて」

「一部の例外?」

 準は訝しげな視線をルイに向けた。

「ええ。漫画家とライトノベル作家と大家さんと林家三平と吉野家です」

「は、林家三平って!? そこは落語家って言うべきだろ。それに吉野家は店の名前で、職業じゃないぞ」

「あ、失礼しました。すき家と明石家さんまも入れるべきでしたね」

「そういう問題じゃない!」

「準さん、声が大きいです」

 急に半眼になり、人差し指を唇の前で立てるルイ。

 奇妙なボケをかましたかと思いきや真顔で正論を言ったり、何かと忙しい守り神だ。真夏のゲリラ豪雨の方がまだ節操があるんじゃないだろうか? ふとそんなことを考え、準はげんなりした表情になる。

「店員にマークされても知りませんよ?」

「もうマークされてるだろ」

「え?」

「店員じゃなくて半藤にだけどな。話を戻すけど、不真面目すぎるのも考え物だぞ。現にルイは生臭坊主の気まぐれで60年以上も閉じ込められてたわけだし……」

「あの一族は不真面目と言うより自由奔放なところが魅力だったんですけどね。少なくとも初代から3代目の頃は」

「ルイには酷かも知れないけど、今それを悩んだところでどうしようもないだろうな。それより早く次の手を考えないと」

「え、何も買わないんですか?」

「買いたいラノベもなくはないけど」

「だったら買っときましょうよ。こういう小さい店はただでさえラノベの扱いがお粗末なんですから『後で』なんて悠長なこと言ってると、あっと言う間に新刊に置き換えられてしまいますよ?」

 ……よもや、書店の売場面積別のラノベ事情にまで精通していたとは。ここまで来ると感心せずにはいられない。

 実際、ラノベはよほどの売れ筋でもない限り、最新刊しか店頭に並ぶことはない。まして、発売からある程度の年数が経つと今度は古本屋やネットオークションでしかお目にかかれなくなってしまい、普通に新品を買うより高く付く可能性も往々にして考えられる。

 元々買う予定だった作品であることだし、ここはルイの言うとおりにしておこう。

「分かった。でも、会計の前に行き先だけ決めるぞ」

 受験勉強中から続きを心待ちにしていた新刊と、しばらく音沙汰のなかったお気に入り作家の新シリーズ第1巻、計2冊を手に取ってルイに告げる。

「そうですねー。とりあえず放課後に寄った喫茶店とかどうでしょう? あそこなら席も区切られてますし、万が一半藤が店の中まで尾けて来たとしても、筆談でやりとりすれば盗み聞きされる心配もありません」

「なるほど……よし、そうしよう!」

 準は思いがけぬ名案に、半ば脊髄反射的に同意した。

 何と言っても、あの店には1度全員で入っている。ということは、二三香を助っ人に呼ぶことが可能なわけで、準とルイだけで立ち向かうのとは比べ物にならないほど作戦の幅が広がる。

 面倒ごとに巻き込んでしまって申し訳ないという思いはあるが、問題はどのようなプロセスを経て切り札を行使するかだ。

(……これ、行けるんじゃないか?)

 準は無意識にニヤリと笑い、ついでに小さくガッツポーズを決めた。

「何を1人で納得してるんですか?」

 ルイが爪先立ちで顔を覗き込むように近づけてくる。いつもなら「うおっ!?」とうろたえる流れだが、今は作戦の糸口を掴めたことへの喜びの方が圧倒的に大きい。

「行こう。ゴングはもう鳴ってるぞ」

 慣れない爪先立ちで小刻みに震えているルイの肩に手を乗せると、準は一直線にレジに向かって歩き出す。

 一方、1人取り残されたルイは宿主の背中を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「いつもの準さんじゃない……」


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