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プロローグ

今回はプロローグのみの投稿となります。

本作は引き続き第一章へと続きますので、

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

(体がふたつあれば……)

 手元の紙切れに視線を落としながら、渡末(わたすえ)(じゅん)は心の中で呟いた。

 元は四つ折りだった名刺サイズの紙切れ。その折り目の内側には『副委員長A』と手書きの文字が並んでいる。

「入学早々ついてないよ、まったく」

 キング・オブ・ネガティブの称号を、その場でサプライズ贈呈されても何らおかしくなさそうな台詞が口をついて吐き出される。

 紙切れを手にした瞬間、いくつにも枝分かれしていた道が忽然と目の前から姿を消し、唯一残されたのは地獄への緩やかな一本道。そんな錯覚すら覚えながら、準は強く瞼を閉じた。まるで、すべての現実を拒絶・否定するかのように――。


 4月6日。高校生活1日目。

 入学式に自己紹介、クラス担任からの連絡事項などを淡々とこなすだけの数時間。

 少なくとも準はそのように考えていた。もちろん人生におけるひとつの節目であるし、それなりに緊張もしているが。

 講堂から教室に戻り、さっそく出席番号順に自己紹介が始まる。

 渡末という名字から、出席番号ではいつも最後の方に甘んじていた。しかし、このクラスは五十音順でも入試の成績順でもなくランダムに決められている。もちろん他のクラスも同様で、その旨が外に貼り出された学級編成表に但し書きされていた。

 ちなみに準の出席番号は5番。席も廊下側の後ろから2番目という好位置を確保していた。

 全員の自己紹介が終わると、担任が連絡事項を伝え始める。ほとんどが配布されたプリントにも書いてあることなので、真剣に聞いている生徒はごく一部だ。準も完全に聞き流しモードに入る。

 やがて「それでは最後にクラス委員を決めたいと思います!」という担任の声が耳に入ってきた。

 クラス委員は学級全体の顔とも言える存在だ。しかも、クラスの大半は見知らぬ者同士の新入生。教師側も選出に当たっては、かなり神経質になるはずである。

 したがって、入試での成績や中学時代の内申点が良かった者が無難に自動選出されるのだろうと、その場の誰もがタカをくくっていた。準もご多分に漏れず、静観しながら事態をやり過ごす作戦をとろうとする。

「えー、何だか急に静かになっちゃいましたね。この中から委員長1名と副委員長2名をくじ引きで決定したいと思うんだけどなー」

 途端に教室内は騒然となった。

 大学を出て2~3年目くらいの若い女担任と、そばに控える20代後半といった風情の男の副担任は「文化祭・体育祭・修学旅行といった目玉行事以外は大した仕事もないし、委員長だけに仕事が偏らないよう副委員長も2人付けるから安心していい」などとしきりに強調している。生徒の不安感をできるだけ取り除こうと彼らも必死なのだろう。実際、くじで決まってしまうくらいなのだ。委員と言っても、クラスの体裁を整えるための飾りか、せいぜい雑用専従班に過ぎないのかも知れない。

 しかし、準にとっては地獄の審判の始まりでしかなかった。なぜなら……仕事云々の前に、人前に出るのが大の苦手だからである。

 準にできることはただひとつ。ひたすら祈ることだけ。

 だが、悪い予感に限ってよく当たるもので、結果は見てのとおり。さらに口をつくように脳裏をよぎったのが「体がふたつあれば」という、実に後ろ向きな妄想だった。

(そうだ、別に仕事を丸投げするだけが分身の使い方じゃない。普段の実務や雑用は自分でこなして、人前に出る時だけ分身に代わってもらえばいいんだ。もっとも、性格まで忠実にコピーされた分身だったら、向こうも全力で拒否ってくるだろうけどな……)

 何も一から十まで、とことん平穏無事にやり過ごしたいと思ったわけではない。周りが見ず知らずの元他校生だらけという現状をスタート地点とした場合の『平穏無事』は、誰とも接点を持たない、平和な孤立状態が卒業まで続くことを意味する。

 授業を受けて帰宅する、適当に復習して授業を受けて……の繰り返しに3年間耐えられるほど準の精神は強靭ではないし、部活でも学校行事でも恋愛でも、せめて人並みに青春を謳歌したい。図々しい言い方をすれば『そんなお年頃』なのだ。

「さて、クラス委員も無事に決まったところで、今日はおしまい。みんなお疲れー!」

「委員になった3人は、さっそくだが顔合わせがあるんで残るように。他に連絡事項は特にないな。それでは解散!」

 副担任の号令を合図に、みな一斉に帰り支度に取りかかる。5分もたつ頃には、教室内の生徒は半分以下になっていた。

 役職3人前に対し、クラスメイト42名。

 14分の1という確率が、果たして高いのか低いのか。そんなことを延々と考えながら頭を抱えていると、

「あのー……副委員長さん、だよね?」

 不意に声をかけられ、準はハッと我に返る。

 顔を上げると、2人の女子生徒が立っていた。たしか、くじで決まったクラス委員の紹介の際、準と一緒に教壇の上に立った生徒だ。

 1人は髪を後ろで束ねてポニーテールに、もう1人は肩の少し上あたりで短めに切り揃えている。

 人前に出た緊張のあまり、壇上では顔を確認する余裕すらなかったが、2人とも透き通るような肌に整った目鼻立ち、真新しい制服から伸びる手足も均整がとれており、なかなかの美少女と言えた。

「あたし、久坂(くさか)未波(みなみ)っていいます。って、これは自己紹介で言ったばかりだったね。クラスの委員長とかやったことないし、何をすればいいのかもよく分からないんだけど……ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

 ポニーテールの方が顔を真っ赤にしながら、勢い良く頭を下げる。かなり緊張しているらしい。

「どうも、副委員長Aの渡末準です。俺も本当はクラス委員とか務まるようなガラじゃないんだけど……。こちらこそよろしく」

 やや圧倒されながらも、言いよどむことなく返事をする。

 集団を前にすると(家族や親戚相手でも)、緊張のあまり何も話せなくなってしまうが、1対1の会話なら初対面の相手とでも普通に話せるという、何とも摩訶不思議な法則が準にはあった。

 このことを自分から誰かに相談することはない。が、場の流れでこの手の話題になった時は、まず最初に説明するようにしている。さもないと十中八九『人見知り』で片付けられてしまうからだ。

「ふふ。婚約が成立したお見合いカップルみたいになってるわよ、未波」

 ポニーテールをせわしなく揺らしながら場当たり的にしゃべりまくる未波をたしなめるように、今度はショートカットの方が口を開く。

 再び「どなた?」といった表情に戻る準。

「あ、私は妹尾(せのお)二三香(ふみか)。さっきのくじが大当たりで副委員長Bをやることになったの。よろしくね」

 ばしっ!

 手短かに自己紹介を済ませたと思いきや、ショートカットは2人の肩を思い切りたたいてきた。締めの挨拶のつもりなのだろうか? 「こちらこそよろしく」と口を開きかけていた準は、突然の痛みにたまらず悶絶する。

「ちょ、痛いってば、二三香ぁ! それにお見合いみたいとか変なこと言わないでよ」

「未波がトンチンカンな挨拶をするのが悪いのよ。自分から人に話しかけるなら、少しは考えてからにすることね。中学の頃から散々言ってるのに、ちっとも直りゃしないんだから」

 半分涙目になっている未波の抗議は、さらりと受け流された。

 と言うか、同じ中学なのか。どうりで妙に仲がいいわけだと準は納得する。

「かなり落ち込んでたみたいだけど何かあったの?」

 痛みをこらえつつ2人のじゃれ合いを眺めていると、不意に二三香がたずねてきた。

 準としては頭を抱えていただけのつもりだったのだが、二三香たちにはそうは見えなかったらしい。つい今しがた幕を開けたばかりの高校生活を揺るがしかねない重大な懸案事項であるとはいえ、いささかオーバーリアクションだったようだ。

「悩める青春だもんねぇ。あたしで良ければ相談に乗るよんっ!」

 未波も机に手をついて、こちらに身を乗り出してくる。

 制服の上着からでも分かる胸の膨らみが一気に目の前に迫り、準は危うく飛びのきそうになった。これが生地の薄い夏服だったら……という妄想を必死に振り払いながら、努めてクールに答える。

「いや、別に大したことじゃないよ。昔から人前に出るのが苦手でさ。ほら、クラス委員になると、ホームルームの司会やったり意見まとめたりで、必然的にクラス全員と向き合う形になるだろ? しかも、こっちは普段馴染みのない教壇の上、他の連中はいつもどおり勝手知ったる自分の席でこっちを見てやがる。もうそれだけで緊張しまくって、頭の中が真っ白になるんだ」

「上がり症ってやつかなぁ?」

「いえ、単純にそうとも言い切れないわ。少なくとも今、私たちとは普通に話せてる。そうよね?」

「1対1の会話なら初対面でも平気なんだ。逆に大人数を前にして、こっちが一方的に話すだけの発表会みたいな形式になると、顔見知りの友達とか親戚でもアウト」

「それじゃカラオケとか苦手なタイプだねっ」

 あまりにも直球かつ具体的なたとえだ。

 もっとも、得意か苦手か以前に足を踏み入れたことがほとんどないので、

「ま、まあ得意じゃないことは確かかもな」

 と適当に話を合わせる。

「それじゃ今度一緒に行ってみるー? 大人の階段昇ってみるー? 何事にもトライ、それが青春だよー?」

「ちょっと未波。『それじゃ』って意味不明にも程があるわよ。それに、たかがカラオケくらいで、あんたの『大人の階段』はどんだけハードル低いのよ!」

「二三香も一緒に行きたいなら素直にそう言えばいいのに。んー?」

 未波がいたずらっぽい笑みを浮かべながら、二三香に詰め寄った。口論などで敵に回したくないタイプだ。

「バ、バカなこと言わないでよ! あんたが考えなしに変なことを言うから……」

「そんな盛大に噛みながら反論されてもねぇ。で、正直なところどうなのよ? 恥ずかしがらずに言ってみりゃんせお嬢さん」

「そんなんじゃないんだって言ってるでしょ!?」

 テストに出ない! そもそも歴史の教科書にすら載らない!

 そんなキャッチコピーを付けても問題なさそうな第二次少女紛争が幕を開ける。今度は相手の本音を突いた未波が優勢のようだ。二三香を正攻法の騎馬軍団とするなら、こちらは奇襲やゲリラ戦に長けた足軽集団といったところか。

(そう言えば、このあと顔合わせがどうのとか言ってたよな? 時間も場所も言わないでどこに行ったんだ?)

 先ほど担任が話していたことをふと思い出し、あたりをきょろきょろと見回す準。

 いつの間にか教室内は準たちだけになっていた。

「どうしたの?」

 何やら落ち着かない準の様子に気づいた未波がたずねる。

「このあと顔合わせがあるって言ってたけど……。どこでやるか聞いてないかな?」

「あー、それなら12時半に学食集合で始めるって伝言もらってるよん? でも、その前に準ちゃんを元気づけといてあげてって頼まれちゃったんだ」

「そんなに悲壮感漂って見えてたのか……」

 そうそう、と二三香も首を縦に振る。

「今にも錯乱して窓から飛び降りちゃうんじゃないかって本気で心配してたわよ、先生。でも、入学早々必要以上に教師とべったりになっちゃうと新しく友達とか作りにくくなるだろうから、ここは同じ境遇の仲間同士でってことになったの。2人ともちゃんと空気読める先生でラッキーよね、私たち」

「同じ境遇の……仲間……」

「そう、あたしたちは仲間なんだよ。委員の〝い〟の字も知らない素人集団だけどさ」

 二三香たちのさり気ないフォローが嬉しくもあり、同時に自分に対する情けなさで、準は胸が痛くなってきた。

「入学早々ごめん。色々と気を遣わせて」

「別に気にすることなんかないわ。ろくに会話もしないまま顔合わせに突入して、お互いにギクシャクしながら仕事をするよりマシだもの。未波もそう思うでしょ?」

「あったりまえじゃん。だから気にしない! ところでさ、そろそろ時間だよ?」

 携帯で時間を確認すると、12時20分を回っていた。

「おっと、急がないと。でも学食ったって相当広いだろうし、そもそも2人の名前をまだ聞いてなかったような……。ちゃんと合流できるかな?」

「入口のメニュー看板の前で待ってるそうよ。名前は顔合わせの時にしっかり聞いときましょ」

「自分たちの紹介忘れる先生って初めて見たかも。まあ毎日のように顔合わせてれば、そのうち色々分かるのかも知れないけどさ」

「やっぱ初日だから緊張して……って、先生に限ってそれはないか」

「改まって自己紹介とまでは行かなくても、黒板に名前と担当教科を書いとくくらいの配慮は欲しかったわね」

 互いに好き勝手言いながら荷物をまとめ、教室を後にする。

 悪いことばかりでもないみたいだな……と準は思った。

 クラス委員という本来望んでいない形の付き合いとはいえ、気さくに声をかけてくれるクラスメイトが2人も見つかったのだから。

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