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今日も推しは尊いけど、中身は嫌いなので悪しからず

作者: 夜空 つばめ
掲載日:2026/10/06

「カタリナ・フォン・シルフィード! 貴様のような不遜で淑やかさの欠片もない女との婚約は破棄し、断罪する!」


 冷酷な第一王子ルークの、氷のように冷たい眼光。


 ……今思い出しても胸クソが悪い。


 前世の私は、現世でいう悪役令嬢だった。


 王子の婚約者として相応しくあれと過酷な妃教育を叩き込まれ、息をひそめるように生きる日々。少しでも羽目を外せば「淑女らしくしろ」「我が国の恥だ」と冷たく叱られる。挙げ句の果てには、身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄。そして断罪、処刑。


 もちろん、私を氷の瞳で容赦なく裁いたルーク王子のことは大嫌いだった。


 だからこそ。現代日本に「葛城華乃(かつらぎ かの)」として生まれ変わった私は、心に強く深く誓っていたのだ。


「今世は誰にも縛られず、天真爛漫に、自由気ままに生きてやる!」


 校庭の木に登って心地よい風を感じるのも私の自由。


 購買で争奪戦を勝ち抜き、焼きそばパンを口いっぱいに頬張るのも私の自由。


 授業中に眠くなったら机に突っ伏すのも——まあ、これは先生に怒られるからほどほどにするけれど。


 淑女の嗜みなんて知ったことか! 私はこの自由で素晴らしい世界を全身全霊で謳歌するのだ!


 ……そう意気込んでいた。



 いた、はずだった。



「今日も顔がいい……拝む……」


 校舎の陰から、中庭を眺める。


 そこには数人の男子生徒がいた。


 その中心にいるのは――


 桐生葵(きりゅう あおい)。


 校内一のイケメン。成績優秀、運動神経抜群、性格も爽やか。当然、女子からの人気も凄まじく、歩くだけで黄色い悲鳴が上がるレベル。


 そして。前世で私を容赦なく断罪した、あの嫌味なルーク王子と完全に同じ顔を持つ男である。


(……くっ、悔しいけど顔がいい……ッ!)


 前世の恨みは忘れていない。ルークは嫌い。絶対に関わりたくないし、視界にすら入れたくないはずだった。


 だけど。


(顔がいい……!! 造形が神!!)


 前世では「ルーク王子」というお堅い肩書きと「大嫌い」という分厚い感情フィルターに邪魔されて、ろくに顔なんて直視していなかったのだ。恐怖と重圧しかなかったから。


 でも今は違う。


 少し着崩したカジュアルなブレザー制服。秋風を受けてサラリと揺れる黒髪。友人と楽しそうに笑い合う無邪気な姿。


 そして——


「……ふっ」


 葵が眩しい笑顔を浮かべた。


(うわあああああああああ!!)


 心の中で全オタクが絶叫する。


(今、笑った!? あの氷の彫刻みたいな冷血漢の造形が、柔らかく微笑んだ!?)


 私は胸元をギュッと押さえた。尊さの過剰摂取で心臓が痛い。


 前世では散々嫌っていた顔なのに。今世では何も害を及ぼしてこない。それどころか、制服姿の男子高校生としてフラットに見ると――


(めちゃくちゃかっこいい……次元が違う……)


 私は悟った。


 人間性と顔面は、完全に切り離して考えるべきなのだと。ルーク王子(中身)は大嫌い。でも桐生葵(顔面)は最高。よって。


「推します」


 私は小さく拳を握った。もちろん、遠くから遠撮風に眺めるだけ。絶対に関わらない。恋愛なんてもってのほか。


 推しは推し。神棚に飾って崇める展示物。それ以上でも、それ以下でもない。


 ……そう思っていた。


 その日の放課後。


「あのさ、華乃」


 放課後の教室。一人で帰る準備をしていた私の机に、ポンと手が置かれた。


 推しがいる。目の前に。顔が。近い。


(近い近い近い近い!! 近距離攻撃やめて!! 眼球が破裂する!!)


 長いまつ毛の陰影、すっと通った高い鼻筋、綺麗な唇のラインまでくっきり見える。作画のタッチが他の生徒と違いすぎるだろ。


「な、なに? 桐生くん」


「お前、いつも遠くから俺のこと見てるだろ。……俺がどこにいても、すぐ視線感じるし」


 葵はどこかソワソワした様子で、少し耳を赤くしながら私を見下ろしてくる。


 言い訳しよう。私も確かにこの時イヤな予感がしてた。けれど、逃げれなかったのは、現実逃避に忙しかったからだ。


 葵は意を決したように、少し照れくさそうに言った。


「……そんなに俺のこと好きなの?」


 はいきました。イケメンゆえの自意識過剰! 私は迷わず満面の笑みで即答した。


「うん! めっちゃ好き!」


「っ……そうか。じゃあ、俺たち——」


「推しとして!」


 葵の言葉がピタリと止まる。


「……は?」


「いや〜今日も顔が良いね! 視界に入るだけで眼福! 存在してくれてありがとう!」


「……推し……?」


 葵がまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


 当たり前だ。前世で私を殺した男だぞ。今世で中身まで好きになるわけがないだろ


 だけど、この顔面だけは別だ。拝む価値しかない。


「あ! もう言っちゃったから公認ってことでおけ? 明日もよろしく。じゃ!」


 私は風のように教室を立ち去った。


 勝った。完全に私の勝ちだ。告白を華麗に断り、推しに直接ファンであることを伝え、明日からも遠目から堂々と拝める権利(公認)を手に入れたのだから!


 ――翌朝。


「おはよう、華乃」


「…………」


 勝利の余韻に浸りながら校門をくぐったところで、桐生葵が待っていた。朝日を背負ったシルエットが神々しすぎる。立ち絵が良すぎるんだよな。


「お、おはよう……」


「昨日の話なんだけど」


「忘れよう!」


「無理」


 即答された。冷酷王子ゆえの強引さかと思いきや、その顔はどこか余裕がなくて必死だ。


「俺、お前に好きって言われたんだけど」


「推しとしてね」


「そこ!」


 葵が頭を抱えた。校内一のモテ男が今、登校風景のど真ん中で全開で頭を抱えている。


「俺は普通に、男として好きになってほしいんだけど」


「ごめん、それは無理」


「早っ!」


「だって推しと付き合ったら、推しじゃなくなるじゃん! ファンと推しの間には適切なディスタンス(心の距離。最低5メートル)が必要不可欠なの!」


「俺は美術館の展示物じゃない!」


「でも顔は国宝だよ」


「褒めてるのかそれ!?」


 葵が困ったように眉を寄せる。私はそんな彼を見て、うっとりした。


(怒ってても困ってても顔がいい……作画崩壊ゼロかよ……一生見ていられる……)


「……何?」


「いや、今日も顔がいいなって」


「…………」


 葵が深く息を吐いた。照れくささと呆れが混ざり合った、なんとも言えない顔だ。


「じゃあ、俺が本気でアピールしたら?」


「?」


「それでも無理?」


「うん」


「絶対?」


「絶対」


「……分かった」


 葵がくすっと笑った。


 その笑顔は、昨日までの爽やかな偶像(アイドル)の笑顔とは少し違った。男の執着が混ざったような、甘く危険な微笑み。


「じゃあ、今日から頑張る」


「何を?」


「華乃を落とす。俺を『推し』じゃなくて『男』として見せるから。」


 蒼はしっかりと私の目を見ていった。


「覚悟しといて」


「いや、しないけど」


「そこはしてよ!」


 ――そして。


 私の平穏な推し活生活は、その日を境にドタバタと終わりを告げた。


 葵の怒濤のラブコメ的猛アタックが始まったのだ。


「華乃、一緒に昼食べよう」


「ごめん、友達と食べる」


「じゃあ俺も混ざる」


「なんで!?」


「好きだから」


「推し活の邪魔しないで!」


「俺自身のことなんだけど!?」


 放課後。


「華乃、一緒に帰ろ」


「今日は寄り道するから」


「じゃあ付き合う」


「なんで!?」


「好きだから」


「その理由便利すぎない!?」


 翌日。


「華乃」


「なに?」


「今日も可愛い」


「ありがとう! 最高のファンサだね!」


「違う。口説いてる」


「お疲れ様です!」


「なんで他人事!?」


 さらに翌日。


「華乃、これ」


「何?」


 差し出されたのは、昨日ジャンケンで負けて買い逃した『超特濃プレミアム焼きそばパン』。


「えっ、覚えててくれたの!?」


「当たり前。お前の言ったことなら全部覚えてる」


「神……! ありがとう!」


 私は嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。


「やっぱり葵くん最高! 一生推す!」


「…………」


 葵の顔が引きつる。


「……俺さ」


「うん?」


「結構頑張ってるんだけど」


「知ってる。毎日すごい手厚いファンサだよ。全オタクが泣いて喜ぶレベル」


「じゃあなんで落ちないの?」


「だって私は葵くんのこと――」


 私はにっこり笑った。


「推してるから」


「…………」


 葵が天を仰いだ。両手で頭を抱えてハァーッと大きなため息をつく。


「強敵すぎるだろ……!」


 そんな彼を見て、私はくすくす笑う。


 前世では、あの男に冷たく振り回された。今世では絶対に違う。私は誰にも縛られない。天真爛漫に自分の人生を生きるのだ。


 ましてや、前世で私を断罪した男と同じ顔をした推しなんかに――


「絶対、恋なんてしないからね」


「……聞こえてる」


「えっ」


「でも、絶対諦めないから」


 葵がまっすぐに私を見つめて笑う。その瞳の熱さに、一瞬だけ胸が跳ね上がった。


「覚悟してて、華乃」


「…………」


(……前世の冷血漢のくせに、そんな必死な顔で迫ってくるのはズルい)


 ――けれど。


「……まあ、顔がいいから許す!」


「そこから一歩、進んでくれない!?」


 今日も私は、推し(顔面)を崇めて推し活を全うする。


 そして葵は、私を『男』として落とそうと躍起になる。


 前世の断罪劇からは想像もつかないこの甘くて騒がしい攻防戦は、どうやらまだまだ始まったばかりらしい。

最後までありがとうございました!!

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