私が告白されると、必ず邪魔しにくる王子
校舎裏に呼び出されたのは、今月は三度目だった。
緊張した面持ちの男子が、私の顔を切実に見つめてくる。
「騎士科のブロッドと言います。俺、アリシアさんのこと、ずっと前からいいなって思ってて……」
正直知らない人だった。
でも誠実そうだし、悪くないのかなと自分に言い聞かせる。
彼は深呼吸をした後、意を決したように声を張る。
「アリシアさんのことが好きなんです! 付き合ってほしいです!」
この人と恋人になるのもありなのかな。
真面目そうだし、浮ついたところもなさそうだ。
迷ったけれど、もう頷いてしまおうと思ったときのことだった。
「——事はそう簡単にはいかないぞ!」
凜とした声が響いた。
私と彼は周囲を見回すが、他に人の姿は見当たらない。
不思議がっていると、自分から声の主が出てきた。
木陰近くの灌木の中に隠れていたらしい。
「レ、レイス殿下……」
ブロッドさんが衝撃を受けている。
私の方は幾度となく経験していることなので、もはや驚きはない。
登場の仕方は決してかっよくないけれど、立ち姿は本当に様になる。
緩くウェーブがかった金糸を紡いだような金髪に、透き通った緑眼と精緻な顔立ち。
スタイルも抜群で、みんなと同じ制服のはずなのに、彼だけ高級品に思えてくる。
ただ、身なりは完璧でも……。
「アリシアの幼なじみとして言わせてもらう。君は彼女が何科か知っているよな?」
「ええ、もちろんです。アリシアさんは聖女科です」
「そう。聖女にとって恋愛というのは、非常に重要な要素なんだ。わかるね?」
ブロッドさんはすぐに答える。
「聖女は、ダメ男と付き合うと能力が落ちるんですよね」
「その通り」
レイス様が頷く。
これは有名な話なので、学院に入るような人は大体知っている。
聖女は浄化や回復の魔法を使うことが多い。
私もそう。
でもこれは心の純度によっては、能力が著しく落ちると言われる。
顕著な例が、ブロッドさんが話したものだ。
自己肯定感が落ちる恋愛は、特に最悪だと言われる。
逆に素晴らしい異性と良好な関係を築けば、能力が底上げされることもある。
でもそれは、非常に難しい。
「アリシアは非常に優秀な聖女見習いだ。将来はこの国の役に立ってくれるだろう。さて、君はそんな彼女の未来を守れるのか?」
「俺は……本気です! 彼女のことを一生かけて守りたいと思っています!」
「軽いっ。なんて軽い言葉だ……。口だけならなんとでも言える。僕だってその内、世界を救うつもりだ。どうだ?」
「いや、それは……」
「騎士科と言ったな。では腕には自信があるだろう。僕と真剣勝負で勝てるようなら、その心意気を認めよう」
灌木の中に隠していたようで、木剣を二本持ってくる。
もう初めから、この展開に持っていくつもりだったのだろう。
ブロッドさんはかなり困惑している。
彼も騎士科だし、腕には覚えがあると思う。
でもレイス様は、非常に剣の腕に優れることで有名だ。
中途半端な実力では、無様に負けてしまう。
「俺は、ちょっと、そういうのは……」
「だったら去れ。そんな覚悟もない奴が軽々しく告白などするものではない」
そう言って、レイス様はその場で素振りを始めた。
その振りの鋭さに驚いたブロッドさんは、戸惑いつつも立ち去っていく。
彼がいなくなった後、私はレイス様を睨みつけた。
「……どういうおつもりですか?」
「ん?」
「ん、じゃありません。今月はこれで三度目ですよ」
「無謀な輩が多すぎるよな。困ったものだよ」
やれやれといった感じに、レイス様がかぶりを振る。
私は詰め寄って、木剣を取り上げる。
「私だって、そろそろ恋人がいたっておかしくないんです。あの人と付き合ってみるのもありだと思ってたのに……」
「あいつが、好きだったのか?」
直球の質問に、どうしても目を逸らしてしまう。
そういう感情はなく、ある程度いい人なら誰でもいい気分だった。
そんな自分に内心では嫌悪感もある。
「君は変な男と気軽に付き合うべきじゃない。この王国の宝なんだ。将来、君は大活躍する。いまはその火を大きくすることだけ考えよう」
「……いいですよね、レイス様は。もう婚約者もいるのですから」
口をとがらせて言うと、レイス様は困ったように下を向いた。
でもすぐに元気になって、私からそっと木剣を取り返すと、逃げるように歩き出す。
「あの男は絶対にヤバいやつだった。でも礼はいらないよ!」
そう告げて走り去っていく。
☆
教室に戻った私は、友人であるリンナに愚痴を漏らした。
「レイス様っていつも邪魔ばっかりするのよ。小さい頃からずっとそう……」
「あんたに気があるんじゃないの?」
「ないよ。立場も違うし。私に少しだけ、期待できる力があるから道を逸れないようにしたいんだと思う」
「第二王子だしね。もしかしたら王の座もあるから、未来志向なのかな」
生返事をして、私はリンナの横顔を見つめる。
学院に入ってからの友達なので、まだ数ヶ月の付き合いだけど、信頼できる子だ。
ガン、と音がして突然机がズレる。
歩いてた女子の足が当たった……というよりは、蹴飛ばされたように見えた。
「ああごめんね。誰かと思えばモテモテのアリシアさんの机か。邪魔すぎて蹴っちゃった。今日はもう廊下にいたら?」
吐き捨てるように言って、彼女は教室から出ていく。
同じクラスのフィンネだ。
リンナが軽くいらだちを見せる。
「なんなの、あいつ?」
「機嫌でも悪かったのかな」
「……あっ、違うかも。あいつ、ブロッドに最近フラれたって聞いた。だから八つ当たりしてるのかも」
知らないうちに恨みを買っていたらしい。
理不尽な気もするけれど。
リンナは続ける。
「フラれたって言っても、付き合ってたらしいのよね。前に浮気されたって泣いてたこともあるし」
「そうなの!? 浮気する人には、見えなかったのに……。フィンネの態度も事情があったんだね……」
普段はあそこまで意地悪するタイプじゃない。
そう考えると、恋愛は諸刃の剣説が現実味を帯びてくる。
それにしても、ブロッドさんは誠実タイプだと思い込んでいた。
自分の見る目のなさにショックを受ける。
「でもあたしたちもさ、恋人欲しいよね。特に強い人か、守ってくれる人」
「うん……」
単に年頃だから、というだけの理由じゃない。
聖女にとっては、命がけの問題だったりするのだ。
「あたしたちって魔物に狙われやすいんだからさ」
「最近、学院の近くにも魔物がよく出るらしいよね」
「そうそう。彼氏いない人は専属の護衛くらいつけて欲しいよ〜」
浄化など聖なる力が宿ることもあってか、正反対の魔物には徹底的に狙われる。
よって聖女の死亡率というのは高い。
私たちはまだ見習いだけど、体質的には聖女と変わらない。
魔物が多い場所などには、なるべく近寄りたくはないのだ。
「ねえ。放課後さ、ブルーノ魔術学院の生徒と数人で会うんだけど、アリシアも来ない? いい人いるかもよ」
ブルーノ魔術学院は入学試験が非常に難しくて、優秀な生徒しかいないと有名だ。
「……今日はいいかな。そういう気分じゃないし」
「そっか。あたしが先に彼氏できたらごめんね?」
「そうならないよう、祈っておくね?」
「ひっど!」
「冗談だよ〜」
リンナのおかげで、昼休みを楽しく過ごせた。
☆
放課後、教室に残って授業の復習をする。
気づけば空が茜色に染まっていた。
「そろそろ帰らなきゃ」
支度を終えて学校を出る。
遅くなったこともあり、生徒もほとんど残っていない。
校門までゆっくり歩いていると、地面に落ちた影が忙しなく動いていることに気づく。
それもかなり大きな影だ。
なんだろう?
上を向いて、悲鳴を漏らしそうになる。
グリムグロウ——烏を巨大化して、かぎ爪を凶悪にしたような魔物が空中を旋回している。
かなり大きい……。
そして特徴的な深紅の目が、こちらを狙い澄ましていた。
「まずい、隠れなきゃ……!?」
咄嗟に逃げようとしたが、あちらの方が反応が早い。
かぎ爪を開きながら、急降下してくる。
私は咄嗟に持っていたバックを盾のように使う。
強い衝撃。
私はしりもちをつく。
入れ違うようになったグリムグロウはバッグを裂きながら、一度は真っ直ぐ飛んでいく。
だが大きく旋回して戻ってきた。
もう自分を守るものはなにもない。
立ち上がって逃げる時間は——ない。
目を閉じて、防御姿勢に入るのが精一杯だった。
ガキィ……!
爪が肉が裂く——音ではない。
どこも痛くはない。
目を開けるとレイス様が私の前にいて、剣でかぎ爪とせり合っていた。
二秒か、三秒そうしていたが、彼がついに押し返す。
グリムグロウは一度空に逃げる。
「アリシア、立てるか?」
「は、はい」
差し伸ばされた手を必死に握る。
レイス様が力強く引っ張ってくれて、腰が抜け気味だった私も立つことができた。
その間、ゆっくりと飛びながらグリムグロウは機を窺っていた。
チャンスと見たのか、再び急降下してくる。
狙いは今回も私だった。
さっきとは違うのは、左右に細かくブレるように飛行してきたことだ。
しかも速度がさっきと比べても速くなったようにすら感じる。
——トン
肩を軽く押され、私は一歩下がる。
代わりにレイス様が前に出た。
一瞬の交錯。
私には、レイス様の剣の動きがまったく見えなかった。
気づいたらグリムグロウの胴体に刃が入り込んでいた。
レイス様は、私のいない方向に投げつけるように斬り捨てた。
ズサーッと地面を滑るように魔物は転がっていく。
動きが止まると、再び飛び立つことはなかった。
剣の血を払うと、殿下は私の肩に触れる。
「怪我はなかったか」
「はい。大丈夫でした……。レイス様のおかげです!」
「そうか。校門で待ってたら、不穏の気配を感じて飛んできた。間に合ってよかった!」
額に浮かんだ汗を、レイス様は笑顔で拭う。
私は安堵するが、手はまだ震えている。
彼が来てくれなかったら死んでいてもおかしくはなかった。
校舎から出てきた生徒に、レイス様が声をかける。
「おい君、先生に魔物が出たので退治したと伝えといてくれ。僕は彼女を送っていく」
「わ、わかりました」
生徒は急いで職員室に向かう。
「さて、僕たちは帰るぞ」
何事もなかったかのように言って、レイス様は私の手を握った。
先導される形で校門を出たはいいが、さすがにまずい気がしてきた。
「あの、手を繋ぐのはちょっと……」
「嫌か?」
「そうじゃなくて、誤解されても困りますし。殿下には婚約者もいらっしゃるから」
「今日くらい大丈夫さ。どうしてもっていうなら、その震えが止まったら離してやるよ」
ポンと私の頭を優しくたたいて、また前を向く。
温かい手の温もりが、私の恐怖心を少しずつ溶かしていく。
幼い頃のように、レイス様は自分が興味あることをあれこれと話す。
私はそれを聞きながらクスッと笑う。
「なんだい? 僕、変なこと言った?」
「いえ、昔と変わらないと思いまして。最近、二人で会話することも減っていたので」
「あぁ……ちょっと僕も目標があって、それに向かって動きまくってるんだ」
「どんな目標ですか」
「いまは秘密さ」
「私の恋の邪魔をすることじゃなくて?」
「ああ、それも楽しみの一つさ!」
白い歯を見せて、楽しそうに笑うレイス様。
すると、十歳くらいの男子たちの集団が、こちらを見てニヤニヤとしてくる。
「うわぁ。手を繋いでるぅ!」
「ひゅーひゅー!」
明らかに悪ガキたちだ。
私のことをからかってくる。
でもレイス様は動じないどころか、手を持ち上げて見せる。
「羨ましいだろ、モテないキッズたちめ〜」
「なんだよっ」
子供たちと若干ケンカ気味になっている。 もはやどっちが子供かわからなくなってきたのですが。
「いきますよ、レイス様」
「覚えてろよキッズたちめ」
「うるせえ」
キッズの一人が軽くレイス様の尻を蹴って逃げていく。
いくら子供でも不敬罪にかけられてもおかしくはない。
でもひと目もないので、彼はそんなことはしない。
まさか子供たちも、尻を蹴った相手が第二王子だとは思いもしないだろう。
「最近のガキは困るね。乱暴で」
「レイス様もあんな感じでしたよ。なんなら……いえ、なんでもありません」
「あっ、いまもって言おうとしただろ!? 僕にはわかるぞ、長い付き合いだから」
「ふふふ」
とりあえず笑って誤魔化しておこう。
あと、手の震えはもう止まったけれど、申告はしないでおこう。
寮の前まで、レイス様はちゃんと送り届けてくれた。
「また明日。今日はゆっくり休むんだぞ」
「レイス様もお気をつけて」
レイス様は二本指を立ててウインクすると、ゆっくりと去っていく。
その背中をしばらく眺めていた。
「……あ」
だいぶ小さくなったところで、横道から出てきた誰かが、彼に気づいて駆け寄った。
遠目でもわかる華やかさと上品な仕草。
彼の婚約者だ。
二人はなにか会話した後、肩を並べて仲よさげに帰っていく。
私も歩き出し、寮に入っていく。
なんとなく立ち止まって、手を見つめる。
——まだ、温かい。
私は、その手をぎゅっと握り込んだ。
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