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 幸いなことに、根太は思ったより簡単に切り落とすことができた。いや、決して簡単ではなかったのだろう。だが、コウの手際のよさによって、とても簡単そうに見えた。

 根太を取り除くと、コウは倉庫から持ってきたスコップで、土を掘り返しはじめた。すべての作業が、恐ろしいほどに手慣れていた。

「凄いな。まるでプロみたいだ」

 コウは、流れる汗を拭おうともせず、手を休めることなく作業を続けながら答える。

「俺の爺ちゃんが、現役の農家でDIYマニアってことは、お前も知ってるだろ。俺は小さい頃から、その爺ちゃんの手伝いをさせられてきた。だから、こんな作業はお手のものだ。それより、そんな場所に突っ立ってないで、お前も手伝え」

 その言葉に、俺はコウのやり方を手本にしながら、土に向かってシャベルを突き立てた。

 湿った土に特有の、腐った植物のような有機的な臭いが、辺りに広がった。

 床下の地面は、思った以上に硬かった。シャベルを力いっぱい突き立てても、めり込むのはほんの先端だけで、石ころに作業を妨げられることも少なくなかった。

 七十センチどころか、二十センチ掘るのにも一苦労だ。

 一瞬、埋めるという方法を選んだこと、埋める場所を室内に決めたことを後悔しそうになった。

 だが、やらないわけにはいかない。ほかに選択肢はないのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、ときに休憩を挟みながら、二人で少しずつ、本当に少しずつ掘り進める。大きな岩がなかったのは、不幸中の幸いだった。

「家のこっち側は目の前が畑だから、周囲に家がなくて助かったな」

 確かに、コウの言う通りだった。

 これだけ、騒音を出しているのだ。目の前に民家があったら、絶対に不自然に思われただろう。場所を選ぶ際に、そこまで考えていたコウの抜け目のなさに、感心せずにはいられなかった。

 穴がそこそこの深さになったとき、コウは手を止め、再びスマートフォンを取り出した。

「今度は何だ」

 俺は尋ねた。

「ああ、埋めるときの注意点みたいなものがないかと思ってな」

 そのまま、黙って画面を見つめていたコウだったが、やがてミサキに尋ねた。

「確か、玄関横の収納スペースに、消石灰があったよな。家に入るときに目に入ったんだが」

 それまで、固唾を飲んで俺とコウの作業を見守っていたミサキは、その言葉に我に返ると「うん」と頷いた。

「以前、裏の畑にまく肥料用に買ったのが、そのまま残ってるけど……」

「消石灰? そんなもの、何に使うんだ?」

 驚いて確認する俺に、コウは画面をスクロールさせながら答える。

「死体に振りかけると、臭いを抑えてくれるらしい」

 俺は、コウの恐ろしいまでの冷静さに、驚きを新たにした。

「コウは、立派な犯罪者になれそうだな」

 冗談で言った後、ちょっと不謹慎かと思ってコウの表情を確認する。コウは、額に汗を浮かべながら、口だけで小さく笑った。

 横から、遠慮がちなミサキの声が聞こえる。

「消石灰、持ってこようか?」

「いや、重いから、穴を掘り終わったら、三人で取ってこよう」

 俺とコウは、作業を再開した。

 掘りはじめて約二時間。体力が限界に達したころ、ようやく深さが一メートル近くの穴を掘ることができた。

「休んでる暇はないぞ」

 コウは、そう言いながら立ち上がると、俺に目で合図をしながらリビングに向かった。

「ねえ、ビニールのごみ袋に入れたら、臭いがしにくくなるんじゃないかな」

 今まで口数の少なかったミサキが、珍しく積極的に提案した。

「それ、いいな」

 三人は床に横たわっている死体に何枚かのごみ袋を被せ、ガムテープでぐるぐる巻きにする。死体がごみ袋で完全に包み込まれると「せーの!」という掛け声とともに持ち上げ、和室に運んだ。

 意思を失ってぐったりとした人間の死体は、思った以上に重かった。魂には、人の体を軽くする作用があるのだろうか。

 二人で力を合わせて死体を穴の底に横たえる。と、コウは肩で息をしながら、俺とミサキに言った。

「次は、消石灰だ」

 俺とコウは、玄関から持ったきた石灰の封を切ると、死体が入ったビニール袋の上に、これでもかというくらいにたっぷりと振りかけた。

「こんなもんでいいだろう」

 土をかける作業は、ミサキも手伝った。

 こうして、死体を床下に埋める作業は、一時間ほどで終わった。

 死体を埋め終えると、再び床板を元の位置に戻して畳を嵌め込んだ。

 本来なら、切り落とした根太も元通りにしなければならなかったのだろう。だが、元のように繋ぎ合わせる手段も、これ以上、作業を続ける体力もなかったため、根太を切り取った場所には直接、床板を載せ、畳を敷いた。

 その後、掃除機をかけて荷物を元の位置に戻すと、部屋はかつての物置の姿を取り戻した。とても、この床に下に死体が埋められているとは思えなかった。

 続いて、三人は床一面に血が広がってるリビングに戻り、三人がかりで血を拭き取って痕跡を消し去った。

 すべての作業を終えたとき、時刻は午後八時を過ぎていた。昭二の死から四時間、作業を続けていた計算になる。

 ――終わった。

 すべての体力を使い果たした俺は、床にへたり込んで大きく息を吐いた。そして、疲れて思考力がやや鈍っている頭で考える。

 ――俺たちは、大人でも決して簡単にはできないだろう作業を、無事にやり終えた。

 この家に来る途中、昭二がいなくなればいいと思った。だが、それはあくまでも、ちょっとした気紛れだった。その昭二を、まさか本当に葬り去ることになるとは、予想だにしていなかった。

 ――俺たちは、有り得ないことをやってしまったんだ。

 自分が成し遂げた内容を、改めて思い返した。

 普通に考えると「悪夢のような」という表現が正しいのだろう。だが、俺は不思議な達成感と満足感を感じていた。

 加えて、俺の心の中は、根拠のない自信に満たされていた。

 ――これだけ苦労したのだから、見つかるはずがない。

 俺と同じく床に座り込んでいるコウが、心配そうにミサキに尋ねた。

「お母さんが帰ってくるのは、明日だよな。もし、一人でいるのが怖かったら、俺が泊まろうか」

 しかし、ミサキは「私は二階で寝るから大丈夫」と首を横に振った。恐らく、これ以上、俺とコウを巻き込みたくないと考えていたのだろう。

 ミサキは、本当はとても優しく、誰よりも強いのだ。

 疲れて思考がまとまらない頭でいろいろと考えていると、コウが腰を浮かしながら声をかけてきた。

「そろそろ行くか。あんまり遅くなると、いろいろ面倒だ」

「そうだな」

 声に立ち上がったとき、コウは俺とミサキに対して念を押した。

「いいか。当然だが、今日のことは、三人だけの秘密だからな」

 今更、反論をする者はいなかった。

 玄関まで行って、靴を見下ろす。

 土間に乱雑に置かれている靴は、床下の土で薄汚れていた。その土が、先ほどまでのできごとが夢ではなかったということを教えてくれる、唯一の微かな証拠のように思えた。

 靴を履こうとしたとき、コウが「おい、ブレザー、忘れてるぞ」と声をかけてきた。

 その声に、ブレザーを脱いでいたことを思い出した俺が廊下を戻ろうとすると、廊下の奥からミサキが小走りにやって来た。

 右腕に、ブレザーを抱えていた。

「洗濯しておいた」

「いつの間に……」

「畳を運び出してるときに……。まだ乾き切ってないけど」

 考えてみれば、血がついたままで着て帰るわけにはいかない。たとえ生乾きだとしても、小さな心遣いが有り難かった。

 俺は、傍らに置いてあった体操服入れからジャージを取り出して羽織ると、ミサキの手からブレザーを受け取り、丸めて体操服入れに突っ込んだ。

 靴を履き終えたとき、コウが思い出したように言った。

「そうそう。さっきもちょっと言ったけど、念のため、あの部屋にはときどき消臭スプレーをまいたほうがいいかもしれないな。無香料のやつ。まあ、どれだけ効果があるかは、わからないけど」

 玄関を出るとき、俺は振り返り「じゃあ、明日な。学校には、ちゃんと来いよ」とミサキに声をかけた。ミサキは、俺の目を見ながら、深く頷いた。

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