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第二章


 俺とコウがミサキと知り会って、五年の月日がたっていた。

 その日、中学二年生の俺は、ミサキの家へと続く片側一車線の県道を歩いていた。

 A市のなかでも郊外、いわゆる田舎に分類されるこの地域は、駅からほんの少し離れると一面に畑が広がっている、よく言えばのどかな場所だ。今、俺が歩いている直線道路の両側でも、見渡す限りの畑の中でブロッコリやキャベツが元気に育っている。

 畑の間を吹き抜ける冷たく乾いた冬の風が、俺の頬を撫でては通り過ぎていく。風の容赦ない冷たさに耐えながら歩いていると、ミサキの家がある駅周辺の住宅街が近づいてくる。それにつれて畑が少なくなり、それと置き代わるように住宅が多くなってくる。

 住宅街を通り抜ける風は、畑のそれよりもほんの少しだけ体に優しい。畑を吹き抜ける容赦ない風から一刻も早く逃れたかった俺は、無意識のうちに歩を速めた。

 俺が肩から下げているスクールバッグには、教科書とノートのほかに、PTAの会合に関するお知らせと、ここ数日の宿題を入れた封筒が入っていた。

 放課後、先生から職員室に呼び出され、風邪で休んでいるミサキの家に届けるように依頼された封筒だった。

 二年生になってミサキとは違うクラスになっていたのだが、家が近いため、休んでいるミサキに学校の書類などを届けるのは、一年生のときと変わらず俺の役割だった。

 そして俺の横には、別々の中学校に進学したにもかかわらず、今も腐れ縁が続いているコウがいた。

 小学生の頃の俺とミサキは、休みの日や放課後にはコウを交えて、お互いの家を頻繁に行き来していた。しかし、中学生になった俺とミサキは、三人の中心になっていたコウがいなくなったことに加え、お互いが異性であることを徐々に意識するようになったことから、以前と比べて距離感が微妙に変化していた。

 具体的に言うと、学校で親しげに言葉を交わしたり、放課後に行動を共にしたりすることは、以前に比べると少なくなっていた。ましてや、お互いの家を訪れることは、まったくと言っていいほどなくなっていた、

 気がつくと、今回のように学校の用事などでミサキの家を訪れるときにも、俺は何となく気まずさを感じるようになっていた。そのため、ミサキの家に行かなければならないときには、ほぼ例外なくコウを誘った。

 コウはいつも、嫌な顔一つせずにつき合ってくれた。今回もそうだった。

「ミサキの家に行くの、半年ぶりくらいかな」

 コウが、どこまでも続く畑を眺めながら、誰に尋ねるでもなく声を上げた。

「正確には、四ヶ月ぶりだ。今年に入ってからは三回目になるな」

 なぜ学校の用事で、そんなに頻繁にミサキの家に行かなければならないのか。

 原因は、ミサキの欠席にあった。

 ミサキは中学校に入って以来、しばしば学校を休むようになっていた。

 休む理由は、風邪だったり、よくわからない体調不良だったり、親戚の不幸だったりとさまざまだった。

 しかし、それらはほとんどが嘘だと、俺は思っていた。

 自分たちと違って繊細な感性の持ち主であるミサキにとっては、学校という閉鎖された空間の中で、押しつけられた価値観に基づいて暮らすことが、この上なく苦痛なのだ。

 できれば、ミサキの苦しみを何とかしてあげたかった。しかし俺は、自分にできることは何もないという事実も知っていた。

 やるせない気持ちを持て余した俺は、足下に転がっていた灰色の小石を、右足の爪先で軽く蹴った。小石は歩道のアスファルトの上で二、三回ほど不規則に跳ねた後、傍らの側溝に吸い込まれていった。

 ミサキの家が、いよいよ近づいていた。

 次の交差点を右折して数十メートル歩いたら目的地というときになって、不意にコウが言った。

「ユウタ、お前さあ」

「何だよ」

「お前、ミサキのこと、好きなんだろ?」

 あまりにも脈絡のない質問に、瞬間的に体中の血液が頭に集まった。いや、そうなったのは本当のところ、内容が唐突だったからではなかった。

 コウの指摘が、決して的外れではなかったせいだった。

「そ、そんなことねえよ! ただの友だちだよ!」

 必死に誤魔化そうとする俺の心を見透かしたように、コウはふふんと鼻で笑った。

「ユウタは、わかりやす過ぎるんだよなあ」

 両手を頭の後ろで組みながら、コウは空に向かって呟いた。

 俺は、慌てて話題を変える。

「そんなことより、昭二おじさん、いるかな?」

 俺の思惑通り、コウは急に真面目な顔になった。

「おじさんがいたら、書類を渡して、とっとと帰ろう」

 ミサキの父親である昭二は、もともと建設関係の仕事をしていたということだったが、彼女の話では仕事が続かない性格らしく、昔から仕事を転々としていた。

 しかも、無職である時期も多く、昼間から家で酒を飲んだり、酔っ払って家の近くをウロウロしていることも多かった。近所の人たちは、そんなときの昭二とは、できる限り関わり合わないようにしているとの話だった。

 それだけならいいのだが、いや本当はよくないのだが……。酔っ払いバージョンの昭二は、気に入らないことがあると、近所の子供たちにも容赦なく罵声を浴びせたり、拳を振り上げる仕草を見せたりすることもあった。

 そのため、俺やコウは幼い頃から、ミサキの家に行くとき、昭二がいない時期や時間帯を選ぶのが常だった。

 だが、今日は重要な書類を届けるという使命がある。たとえ昭二がいたとしても、訪問しないわけにはいかなかった。正直、気が重かった。

「おじさん、いなくなればいいのに」

 そんな言葉が、つい口を突いて出た。

 口にした途端、言ってはいけないことを言ってしまった気がして、慌ててコウの顔を見た。コウは表情を変えることなく、言い返してくることもなかった。

 聞こえていなかったのかもしれない。

 俺は、胸を撫で下ろした。

 交差点を右に折れると、ミサキの家が見えた。

 ミサキの家は、今は亡きミサキの祖父の代に建てられた木造二階建てだ。祖父は木材加工の仕事をやっていたらしく、母屋の横には作業場として使われていた古ぼけたプレハブ小屋が佇んでいる。

 その裏には、小さいながらも畑があるのだが、祖父が亡くなって以降は、ミサキの母親が申し訳程度にトマトやネギなどをつくっているぐらいで、半ば荒れ果てた状態になっていた。

 今は、次男である昭二とその家族が住んでいるものの、家の名義は昭二の兄らしい。いつかミサキが「お父さんがあの調子じゃ、そのうち追い出されちゃうかも」と笑いながら言っていたのを思い出した。

 俺は、敷地内に足を踏み入れると、母屋のベルを鳴らした。が、応答はない。二人は顔を見合わせると、建物の裏に回り込んだ。

 建物の裏側に面した二階の部屋が、ミサキの部屋だった。ミサキがベルに反応しないときは、家の裏側に回り込んで下から呼びかけたり、ときには窓に向かって小石を投げたりするのが、小学生のときには当たり前のようになっていた。

 俺はコウと一緒に、雑草を踏み締めながら建物の裏側に回り込む。

 キッチンの外側を通ったとき、小窓が微かに開いているのが目に入った。窓の前を通り過ぎながら、意味もなく横目でちらりと室内を覗く。

 視界に入ってきた光景に、俺は目を疑った。

 キッチンの奥のリビングに、一人の人物が仰向けに倒れていた。

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