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一方、僕がミサキにプレゼントした万華鏡は、二年前に家族でスカイツリーに行ったとき、お土産として買ってもらったお気に入りの逸品だった。
不要な本をカバンに押し込み終えた僕は、ミサキの表情が気になって、ちらりと彼女に目を遣った。ミサキは片目を瞑り、興味津々といった様子で万華鏡を覗いていた。
僕の視線に気づいたのか、ミサキは万華鏡を覗いたままでこちらを向き「綺麗だね」と言いながら、こくりと頭を下げた。
ミサキの髪の毛には、花の形をしたピンクの髪留めが光っていた。コウからのプレゼントだった。
算数の参考書といい、この髪留めといい、コウの選択はどうにも腑に落ちない。僕は、二つのモヤモヤの合わせ技にどうにも我慢ができなくなり、一度は飲み込んだはずの不満を、つい漏らした。
「プレゼントは普段使ってるものって言ったのはコウ、お前だろ。お前、ミサキにあげた髪留め、普段使ってたのかよ」
新品でもいいのなら、僕にももっと選びようがあったかもしれない。
「これは、夏祭りのくじで当たった景品だ。新品じゃないからギリギリセーフだ」
コウは、自分勝手な基準で反論した。
「お前こそ、もうすぐ中学生になるってのに、相変わらずギガソルジャーか。低学年の頃と、まるで変わってないな」
僕のささやかな不満が、倍になって返ってきた。予想していた通りの展開だった。
「それは関係ないだろ」と言いたかったが、自信に溢れたコウの口調に飲み込まれている間に、言い返すタイミングを失ってしまった。仕方なく、僕は黙ってコウを睨みつけた。
コウには、僕が拗ねているように見えたかもしれない。
「喧嘩しちゃ、だめだよ」
ミサキが、小さな声で仲介に入った。
ミサキの仲介を無視するわけにはいかない。大人である僕は、ミサキの言葉にコウへの反撃を見送り、気持ちを切り替えた。
冷静になった僕は、ミサキからもらったプレゼントをまだきちんと見ていないことを思い出し、掌の中にあった金属の棒に目を落とした。
全体的に、弓のように少し反り返った、金色の平べったい棒だった。U字型に曲がった一方の先端からは小さな鎖が延び、その鎖の先にはやはり金属の、小さな四つ葉のクローバーがついている。反対側は、先端に近くなるにしたがってやや幅が広くなり、端は丸くなっている。バターナイフのようでもあったし、先が平べったくなった耳かきのようでもあった。
「これ……、何?」
僕は誰にともなく、恐る恐る聞いてみる。
せっかくのプレゼントなのに、その正体がわからないのはちょっと恥ずかしかったし、申し訳なかった。でも、知ったふりをしながら話を続けるわけにはいかないのだから、仕方がない。
「ブックマークだよ。読みかけの本に挟むやつだ。しおりともいう」
コウは、こちらをちらりと一瞥すると、事務のおじさんのように感情の籠らない表情で説明した。
「これが、しおり?」
僕の知識のなかでは、しおりといえば全部が全部、長方形の紙製だ。金属の棒のようなしおりがあるとは、知らなかった。
でも、とても美しく、お洒落なしおりだった。つまみ上げて軽く振ると、鎖の先についた四つ葉のクローバーが遠慮がちに揺れた。
「ユウタ君って、あんまり本を読まないでしょ。だから、もっと本を読むようになればいいのになあと思って……。嫌、かな?」
いつも最低限の言葉だけで説明をすませようとするミサキにしては珍しく、丁寧な説明だった。卒業当日という、特別な状況がそうさせたのに違いなかった。
「別に、嫌じゃないよ」
照れ隠しに、わざと感情を抑えた返事をした。言葉を発した後で、言い方が素っ気なかったかと心配になり、ミサキの表情をちらりと確かめる。
ミサキは、首を傾げ、僕の顔を覗き込むようにしながら満面の笑みを浮かべていた。
「本って、面白いよ」
今まで見たことがない、最高の笑顔に思えた。
普段の生活では考えられないほどの顔の近さに、そう思ってしまったのだろうか。だが、もう一人の僕がすぐに「いや、違う」と否定する。
今しがたミサキが見せた笑顔は、僕にとって確かにミサキ史上、最高の笑顔だったのだ。
「有り難う。大切に、するよ」
ぎこちない反応しか示すことしかできなかった。そんな僕に、ミサキはもう一度、笑いかけてきた。
「中学生になっても、ずっと友だちでいようね」
とどめの言葉に、僕は取り乱しそうになって、慌てて顔を背けた。
その日は、恥ずかしさのあまり、「またね」と挨拶をして別れるまで、ミサキの顔を真っ直ぐに見ることができなかった。
気のせいか、帰り道のコウはずっと、ニヤニヤしていた気がした。
その日を境にして、僕は本を読むようになった。
別に、ミサキに言われたからでは、断じてなかった。本当に、何となくだった。
最初は、一冊を読むのに十日くらいかかっていたけど、慣れるにしたがって、読む速度はどんどん速くなっていった。数ヶ月もたつ頃には、一ヶ月に四、五冊の本を読むようになっていた。
そして気がつくと、その日に読んだ部分の最後には、必ず四つ葉のクローバーのしおりを挟むのが習慣になっていた。




