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ミサキは口数が少ないことに加えて、ほとんど笑わない子だった。
ごくまれに、笑顔かと思える表情を見せることもあった。
だけど、本人は笑っているつもりなのかもしれないけど、口元が引きつったような表情は、知らない人にとっては、とても笑顔には見えない。ミサキが嬉しいときに見せる表情は、そんな微妙な「笑顔っぽい謎の顔」だった。
いつか、心の底から笑っている、ミサキの満面の笑顔を見てみたい。半ば諦めながらも、何となくそう思っているうちに、気がつくと六年生の三月を迎えていた。
それは、卒業式の二日前のことだった。
掃除の時間、当番の僕とミサキが二人でごみを捨てに行こうとしていると、コウが不意に近づいてきた。腕組みをしながら、妙に偉そうにしているなと思ったら、コウはこんな宣言をした。
「明後日、卒業式の日に、俺たちの変わらない友情を確かめる、秘密の儀式をするぞ」
僕とミサキは卒業後、近くに新設された中学校に進学することになっていた。うちの小学校からその中学校に入学する生徒は、校区の関係から僕とミサキのほか数名だけだった。本来なら、コウもその中学校に進学する児童だったはずなのだが、お受験によってS大学の付属中学に進学することが決まっていた。
恐らくコウにとっては、中学校になると僕たちとあまり会えなくなるということを考えての提案だったのだろう。でも、説明が雑過ぎて、内容がよくわからない。
「何だよ、いきなり」
思わず尋ねた。僕の横で、ミサキも不思議そうにコウの顔を見つめている。
「卒業式が終わったら三人で集まって、それぞれほかの二人に友情の証としてプレゼントをするんだ。ただし、新しく買うのはナシだ。自分が普段使っている、大切なもの限定。どうだ?」
いつも優等生ぶって冷静な態度を崩さないコウが、こんな奇妙なイベントを提案してくるのは、ちょっと珍しかった。
でも、プレゼントの交換会というのは、面白いアイデアだと思った。また、新品ではないという縛りも気に入った。新しく買うとしても時間がないし、そもそもお金がかかる。
僕は、ミサキに視線を送り、無言で大きく頷いた。ミサキも、小さく頷き返してきた。
「よし、決まりだな」
僕たちの様子を見ていたコウは、満足した様子でそう言うと「忘れるなよ」と言い残して、教室を出て行った。
そして、卒業式の当日。
式が無事に終わって教室に戻ると、最後の帰りの会が開かれた。この会が終わると、六年という長きにわたった小学校生活は正式に終わりを告げる。
担任の灰田先生から、春休みの注意点と中学生になるための心構えが簡単に語られた後、最後の挨拶をすませて、会は滞りなく終わった。
だけど、会が終わっても、多くのクラスメイトたちは教室に居残り、小学校生活の名残りを惜しんでいた。あちらこちらに、友だちを交えて記念撮影をおこなう輪ができる。
今日だけは、スマートフォンやカメラを持ってきてもいいことになっていた。僕たち三人も、いくつかの輪に加わって、一緒に写真に収まった。
やがて、友だちの輪が一つ二つと減っていく。クラスメイトたちの人数が少なくなった頃、コウは教室の片隅で僕とミサキに向かって耳打ちをした。
「一度、家に帰って、十一時四十分に日の出公園に集合だ。プレゼント、忘れるなよ」
「わかった」と僕が頷くと、ミサキはそれに合わせるように「うん」と首を縦に振った。
僕たちは、時間通りに公園に集まった。正確に言うと、ミサキは五分ほど遅れてやって来た。出かけようとしたとき、お母さんに呼び止められて、荷物を運ぶ手伝いをさせられたとの話だった。
ちょうど、昼食前の時間帯だったせいか、公園に子供たちの姿はなかった。
僕たちは、滑り台に登ると、その上に設えられた小屋に足を踏み入れた。小屋とはいっても、ログハウスを模してつくられた、プラスチック製の小さなスペースだ。
ただ、外からは内部が見えにくいつくりになっているため、ちょっとした秘密基地の気分を味わえる空間になっていた。
中で腰を下ろすと、狭さのせいでミサキとコウの顔が随分と間近に見えた。コウが、もっともらしく咳払いをした。
「いいか。『いっせーのーせ』で出すぞ」
持参したバッグの口を開けながら、コウは僕とミサキの意思を確認した。僕たちは、ともに緊張感を感じながら、静かに頷いた。
「わかった」
僕たちは、持参したバッグに「いっせーの」で手を入れる。「せ!」のかけ声とともに中の品物を取り出した。
お互いが手に持っているプレゼントを、順番に確認する。それぞれの内容は、こんな感じだった。
コウ→僕「算数の参考書」
コウ→ミサキ「花の形をしたブルーの髪留め」
僕→コウ「ギガソルジャーのトレーディングカード(コモン×八枚、レア×二枚)」
僕→ミサキ「万華鏡」
ミサキ→コウ「ベージュのブックカバー」
ミサキ→僕「よくわからない金属の棒」
コウからのプレゼントは、反応に困る代物だった。
――算数の参考書?
随分と使い込まれていて、全体的にくたびれているうえに、決して少ないとはいえないほどの書き込みもある。確かに、普段使っていた大切なものかもしれないが、見方を変えると、必要なくなったものを押しつけてきたともいえそうだった。
しかし、不満を言ったら、きっと「お前、勉強は駄目だけど、なかでも算数はとくに苦手だから、それを選んだ。中学校に入る前に、それ読んでやり直しておくといい」とか言ってくるんだろう。
僕は、二人の友情を疑い、もっとも親しい友人がコウである事実を呪わずにはいられなかった。
――でもまあ、コウらしいといえば、コウらしいか。
僕は、参考書のページをパラパラと捲りながら目を通したふりをすると、すぐにカバンの中に押し込んだ。




