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 二回目の打ち合わせで、坂口はより具体的な内容に言及した。


 美咲が公衆電話を使って、坂口の勤務地であるK市に小室を呼び出すこと。

 美咲の代わりに坂口が小室と会い、西住が犯人であるかのように装いながら殺害すること。

 西住は、犯行時刻に合わせてアリバイをつくること。

 事件後、自分のスマートフォンに「強盗殺人」や「過失致死」などのワードを検索した記録を残しておくこと。

 逮捕された後、取調べがおこなわれている間、一貫して無実を主張すること。

 身柄拘束から二十三日後という勾留期限が近づき、かつ証拠が出揃った時期を見計らって、アリバイを主張すること。

 自分自身のスマートフォンは、決して美咲や坂口との連絡用に使わないこと。

 美咲との細かい打ち合わせは、坂口が間に入っておこなうこと。


 そこまで話すと、坂口はテーブルの向かい側でコーヒーを一口飲み、腕を組みながら大きく息を吐いた。

 西住は正直、小室を殺害するという坂口の計画について、特段、驚きを感じなかった。

 一度、脅迫に応じてしまうと、恐らく何度も脅迫が繰り返されるようになるだろう。そのような負の連鎖は、何としても断ち切らなければならない。

 それだけではない。

 そもそも、これからおこなおうとしていることは軽微な犯罪に対する口止めではなく、過去の殺人という凶悪事件に関する口止めなのだ。完全なる口止めのためには、思い切った手段は避けられないと覚悟していた。

 もちろん、修一に気づかれないようにこっそり死体を掘り出すという選択肢も考えないではなかった。が、小室が期限として設定してきた十日以内に実行するというのは、どう考えても不可能だった。

「取調べは、かなりきついぞ。それでも本当にいいんだな」

 西住が身代わりとなって逮捕されるという計画は、西住にとって想定外の内容だったが、西住はやるしかないと自分に言い聞かせた。

「ああ、それで三人の秘密が守られるのなら。俺は耐えるよ」

 本当は、自分のことなど、どうでもよかった。ただ、美咲が守られれば、それでよかった。

「今にして思えば、最初の電話を公衆電話からかけてきてくれたのは、正解だったよ。おかげで、お前のスマートフォンのアドレス帳から俺の名前を消しておきさえすれば、警察がお前のスマートフォンを調べても、俺との接点には気づかない。今後、俺に連絡するときは、このプリペイド式のスマートフォンを使ってくれ」

 どこかで聞いたことのある言葉だった。そう考えた西住は、自分が美咲と会ったときに、同じような注意事項を口にしたことを思い出した。

 思わず口元を綻ばせると、坂口はスマートフォンをバッグから取り出し、西住に手渡した。続いて、ポケットから小さな紙片を取り出す。紙片には、小さな文字がびっしりと書き込まれていた。

「これは、俺が犯行時に着用する予定の服やキャップ、靴、マスクのリストだ。同じものを、お前自身のスマートフォンを使って、下に書かれているサイトで購入してくれ。今日、注文すれば、明後日には自宅に届くはずだ。ただし、靴は購入後、すぐに廃棄すること。盗まれたと言い訳ができるようにな」

 いつものことながら、坂口の抜け目のなさに感心するしかなかった。

 西住は半ば呆れながらも、自宅から持参した包丁と財布を坂口に預けた。受け取りながら、坂口は西住に対して念を押す。

「そうそう。犯行が実行されたら、今、俺が渡したスマートフォンをすぐに捨てることも忘れるなよ。いいな」

 最後は、二人とも笑っていなかった。


          *


 意識を目の前の現実世界に戻した西住は、坂口が運転する車の後部座席から窓の外を何気なく眺める。「今更なんだが」と前置きして、もう一つの疑問を口にした。

「なぜ実行役を強く望んだんだ? 俺が実行してもよかったのに」

 坂口は「何だ、そんなことか」と言わんばかりに、目を細めた。

「最初は、俺も実行犯になろうなんてつもりはなかった。でも、お前の話を聞いた後で、思い出したんだ。ミサキが昭二おじさんを刺した直後、小室が家を訪ねてきただろう? 覚えてるか?」

 坂口の言葉を聞いた瞬間、今まで脳の記憶中枢の底に埋もれていた当時のできごとが、鮮明に蘇ってきた。


 美咲が昭二を刺した直後、玄関のベルが鳴った。

 呆然とする美咲と西住を制止し、坂口が玄関のドアを開けた。そこには、見知らぬ男が立っていた。

 話し声が、西住の耳にも小さく聞こえた。

「昭二さん、いるかな?」

 男はそう言いながら、家の中を覗き込もうとした。坂口は慌てて男の前に立ちふさがりながら「おじさんは、さっき用事があるって出かけました」と返事をした。

 男は「あれ、おかしいなあ」と言いながら、さらに奥を覗き込もうとしたが、やがて諦めたのか「じゃあ、帰ってきたら小室が来たって伝えておいてよ」と言い残し、出ていった。


 今の今まで封印されていた記憶をはっきりと思い出した西住は、愕然とした。

 そうだ。

 あのときの男が、小室だったのだ。

 美咲の話では、小室は自分の部屋から事件を目撃しただけということになっていた。だが、あのとき隣の家で只ならぬことが起こっている事実に気づいた小室は、実は美咲の家を訪問していた。そして、玄関から事件が起こった現場の様子を目撃していたのだ。

 驚きのあまり坂口に目を遣ると、坂口は運転席で前を向いたまま続けた。

「小室が帰ったことを確認して部屋に戻った俺の横で、ミサキは小さく呟いた。そのときのミサキの言葉を、お前の『ミサキが小室に脅迫されている』っていう話を聞きながら思い出したんだ。そして、気が変わった。『俺が、実行犯になろう』って」

「ミサキは、何て言ったんだ?」

 思わず、身を乗り出した。

「『あいつだ』って……。俺は尋ねた。『あいつのこと、知ってるのか?』。そしたら、ミサキは肩を震わせながら言ったんだ。『隣のアパートに住んでるあいつ……、小室は、お父さんにお金を払って、いつも私を無理矢理……』って。それ以上は語らなかったが、恐らく小室は性的虐待の件で昭二おじさんを脅して、安い金額で児童買春をしていたとか、そんなところだったんだろうな」

 言われてみれば、あのとき家を訪れた小室は、驚くほどあっさりと家を後にした。その理由が、初めてわかった気がした。

 もし、家の中で只ならぬことが起こっていて、その事件に巻き込まれたとしたら、自分が犯していた児童買春という罪が発覚する可能性がある。小室はそう考えて、その場から逃げ出したのだ。

 同時に、坂口が小室の殺害役を自ら引き受けた理由も理解できた。

 小室が美咲を性的対象としていた事実を知っていた坂口は、西住以上に小室を憎んでいたに違いなかった。

 そこまで考えた西住は「それにしても」と、新たな疑問を思い浮かべる。

 ――なぜミサキは俺に相談するとき、小室が事件直後に家を訪れた事実を敢えて伏せたのだろう。

 ひょっとすると、小室が家を訪れるたびに児童買春がおこなわれていた事実を自分の口から明らかにしたくないという思いが、無意識のうちに小室の訪問について説明することを避けさせたのかもしれなかった。

 もし小室が、隣の家で日常的におこなわれている性的虐待の傍観者に過ぎないのであれば、事件を目撃した直後、わざわざ美咲の家を訪ねてきたのは不自然だ。いや、不自然とまでは言えないとしても、美咲から「小室が訪問してきた」という話を聞かされたとしたら、西住はきっと訪問の理由が気になり、美咲に理由を尋ねただろう。そうなると、彼女は自分が関わった児童買春について説明しないわけにはいかなくなる。だから、敢えて小室の訪問に触れることを避けたのだ。

 そうとしか思えなかった。

 そもそも西住としては、サイン会の直後に美咲と会った小室が「お久しぶり」と口にしたという話や、小室が自身の名を名乗った瞬間に美咲が動揺したという話などから、二人がただの隣人同士ではないことを想像するべきだったのだ。

 西住は、自分の記憶力の悪さと洞察力のなさに小さく落胆した。

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