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 堀池さんは、本当に口数が少ない女の子だった。

 まったく喋らないわけではないけれど、たとえ喋ったとしても声が小さいので、何を言っているのかほとんど聞こえない。そのため、興味本意で堀池さんに話しかける女子たちは、決まったように顔を見合わせて戸惑っていた。

 転入から二日、三日とたつうちに、堀池さんが無口である理由の一つが、少しずつ明らかになってきた。

 堀池さんは、訛っていた。

 どうやら、北関東訛りというらしい。それほど強い訛りではないし、北関東に親戚がいる僕はとくに気にしなかったけど、多くの女子は耳慣れない堀池さんのイントネーションに困惑している様子だった。なかには、離れた場所でクスクスと笑う女子もいた。

 堀池さんが転校してきて十日もたつと、最初は転校生に興味をもち、砂糖に群がるアリのように堀池さんを取り囲んでいた女子たちも、積極的に周囲とコミュニケーションを取ろうとしない堀池さんと、あまり口をきかなくなった。

 堀池さんの成績が、群を抜いて優れていたという事実も、彼女が周囲のクラスメイト、とくに女子たちから疎んじられる原因の一つになった。

 転校の初日、二日目と続けておこなわれた小テストで、堀池さんはいずれも満点を取った。もちろん、クラスでただ一人の連続満点だった。

「みんなも、堀池さんを見習うんだぞ」

 テストを返すとき、先生は堀池さんを褒め称えた。先生の話を、クラスの女子たちは眉を顰めて聞いていた。

 先生のこの一言が、堀池さんが女子たちのなかで浮いた存在になる、決定的なきっかけとなったのは明らかだった。

 転校生がクラスで溶け込むには、最初の十日間の行動が肝心だ。その期間に、クラスの女子たちと仲良くなることに失敗した堀池さんは、授業以外の時間を自分の席で読書をして過ごすようになった。

 それは、夏休みを二日後に控えた放課後のことだった。

 僕とコウは、一緒に帰るために教室を出て下駄箱に向かった。廊下を折れて昇降口に行くと、下駄箱の前に立ち竦んでいる堀池さんがいた。

 堀池さんは、驚いたような、困ったような、感情が上手く読み取れない表情で、扉が半分開いた下駄箱の中を見つめていた。下駄箱の扉には、「堀池美咲」と書かれたシールが貼られていた。

 コウは、ちょっと考える仕草をしたかと思うと、堀池さんに歩み寄った。

「ひょっとして、靴がないのか?」

 堀池さんは振り向くと、今度は本当に驚いた顔をして、小さく「うん」と頷いた。

 ――靴がない?

 どこかに置き忘れたのだろうか。

 僕が何気なく周囲を見渡すと、下駄箱の影から様子を窺う二人の女子たちの顔が見えた。同じクラスの女子たちだった。二人は、僕の視線に気づくと、慌てて顔を引っこめた。

 女子たちの姿に気づいたコウは、今しがた彼女たちが隠れた下駄箱の端につかつかと歩いていくと、そのままどこかへ行ってしまった。

 取り残された僕の心の中に、小さな気まずさが生まれた。その感情は、僕の意思とは関係なく、急速に大きくなっていく。

 何を話していいかわからずに、僕はただ黙って堀池さんの横顔を見つめた。堀池さんは、相変わらず感情が読み取れない人形のような表情のまま、正面にある自分の下駄箱を見据えていた。

「靴って、ないと不便だよね」

 緊張感に堪え切れず、意味がわからない言葉を口にしてしまった。堀池さんは黙ってこくりと頷いただけだった。

「堀池さん、家、どの辺なの?」

「……山井町」

 訳がわからないことを言ってしまったマイナスポイントを帳消しにしようとして、重ねて尋ねると、小さくだが口を開いてくれた。

「あ、僕は隣の川中町なんだ。結構近いね。で、あいつ……、コウも川中町なんだ」

 コウの名前を出したとき、当の本人が下駄箱の陰から姿を現した。手には、白い運動靴が握られていた。

 運動靴に気づいた堀池さんの顔が、ぱっと輝いた。コウは「誰かが、間違って履いてしまったらしい」と言いながら、堀池さんに靴を渡した。

 嬉しそうに靴を受け取った堀池さんは、やはり小さな声で「有り難う」と言うと、大きく、勢いよく頭を下げた。

 僕は、思わず口にしていた。

「一緒に帰ろうよ」

 横にいたコウも、堀池さんに優しく笑いかけながら頷いた。

 帰り道、堀池さんは少しずつだけど、自分の話を聞かせてくれた。


 前の小学校は大きな市の大きな団地にあって、一学年が十組まであるほど大きな学校だったこと。

 学校まで歩いて二分ぐらいしかかからなかったこと。

 国語が得意で、本を読むのが好きなこと。

 大人になったら本をつくる仕事をしたいと思っていること。


 さらに、引っ越しの理由や家庭環境の話もしてくれた。


 父方のお爺さんが亡くなったため、そのお爺さんが住んでいた家に住むことになって引っ越してきたこと。

 お父さんは、あまり仕事をしてくれないので、お母さんが仕事をかけ持ちして忙しく働いていること。


 堀池さんの話は途切れ途切れで、しかも蚊が鳴くような控えめな声だったが、その言葉には僕たちと話ができる喜びが感じられる気がした。

 もちろん、僕も話ができることが嬉しかったし、コウもきっと同じように考えていたと思う。

 別れ際、堀池さんは恥ずかしそうに俯きながら、僕とコウに提案した。

「呼び方、ミサキでいいよ」

 そのときから、僕とコウのなかで、堀池さんはミサキになった。

 家の近くでミサキと別れた後、僕はコウに尋ねた。

「靴、本当はどこにあったんだ?」

 コウは一瞬、考えた後、答えた。

「教室の棚の裏」

「なんで、そんな場所に?」

 僕の質問に被せるように、コウは続ける。

「さっきの女子たちが隠したんだってさ。『正直に言わないと、先生に言わなきゃならないかもしれない』って言ったら、あっさり白状したよ。ついでに『堀池さんは俺の友だちだから、今度、あの子に変なことをしたら、俺も黙ってるわけにはいかないぞ』とも言っておいた」

「まるで、脅しだな」

「でも、ちゃんと笑顔で話しかけたぞ」

 コウは、大きく口を開けて声高に笑った。

 女子たちには、コウの見せかけだけの冷徹な笑顔が、さぞ恐ろしく見えたことだろう。ちょっと同情した。

 それにしても、コウは本当に頼りになる奴だ。小学三年生とは思えない豪快なコウの笑い顔を見ながら、僕はそう思った。

 それ以来、僕とコウは他人に気づかれないように気を使いながらも、ことあるごとにミサキと行動を共にするようになった。毎年の初詣のときも、夏休みの林間学校のときも、五年生の修学旅行での自由行動のときも、ずっと一緒だった。

 多くのクラスメイトは知る由もなかったが、気がつくと僕たちは、お互いにかけがえのない友人になっていた。

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