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 その後の数日間、拝島は西住や小室の事件当日の足取りを追うため、二人の自宅周辺や事件現場付近での聞き込みを続けた。だが、やはりめぼしい成果はなかった。

 そして、西住の自宅に残されていた指紋の分析結果が出た日から約十日後、拝島は再び西住の取調べを担当することになった。

 先日と同じように取調室の椅子に座り、西住と対峙する。

 ――今日も黙秘か……。

 そう思いながら、西住に話しかけようとしたときだった。

 西住が、自分から口を開いた。今までにない展開だった。

「そういえば、思い出したんです」

 突然のことに驚きながらも、拝島は冷静を装って先を促す。

「一体、何を思い出したんだ?」

 西住は、まるであらかじめ入念に練習してきた台詞を口にするかのように、軽やかな口調で語りはじめた。

「事件の当日のことです。あの日は、二十時頃にH市の自宅近くにある四つ葉銀行のATMで現金を下ろしていました。防犯カメラとかの映像が残ってるはずですから、調べてみてもらえませんか?」

 後ろにある机の方向から、呟くような坂口の声が聞こえた。

「なぜ、今頃……?」

 西住は坂口のほうを向き「実は……」と続ける。

「現金を下ろしたのは覚えてたんですが、何日かはっきりしなかったんです。でも今朝、テレビでサッカー日本代表の試合があった日だったって思い出したんですよ。日本対オーストラリアの試合でした。試合は、確か九月十八日でしたよね」

 拝島は振り返ると、坂口に歩み寄る。坂口はパソコンを使い、日本代表の試合の日程について、その場で調べた。

 確かに西住の言う通り、事件当日の九月十八日に証言通りの試合がおこなわれていた。地上波でのテレビ中継もおこなわれていた。

「そのテレビ中継の途中に、手持ちのお金がほとんどなかったのを思い出して、銀行に行って金を下ろしたんです」

「銀行で現金を下ろした後は、どこへ行った?」

「よく覚えていないんですが、しばらく町中をうろうろして、家に帰ったんじゃないかと思います」

 西住は、にこやかに笑った。初めて見せる笑顔だった。その笑顔が、拝島にはとても不気味なものに思えた。


          *


 西住がアリバイを主張した事実を受け、拝島たちは早速、捜査本部を通じて四つ葉銀行に連絡を取った。そして、データ照会の許可を取りつけ、日を改めてH市の支店に向かった。

 坂口が運転する車で支店に到着すると、社員用の通用口の前で数人の男性が待っていた。中央に立つ、五十歳前後と思しき男性が差し出した名刺には、副支店長と書かれていた。

 簡単に挨拶をすませ、副支店長の案内で建物内に入る。殺風景な廊下を進むと、もっとも奥まった場所に飾り気のない扉が見えた。

 副支店長は、その扉の横に取りつけられている装置にカードを差し込み、小型カメラに顔を近づける。扉は音もなく開いた。

 拝島たちは、副支店長に続いて室内に足を踏み入れた。室内には、多くのモニタ画面とパソコンが並んでいた。

「こちらが、防犯カメラなどのデータを管理しているセキュリティ管理室です。彼が、セキュリティ担当の橋田と申します」

 副支店長の姿を確認した担当者が立ち上がり、誰にともなく頭を下げた。

 拝島と坂口も、揃って頭を下げる。

「県警本部の拝島と申します。そして彼は、一緒に捜査をしている坂口です」

「坂口と申します」

 挨拶もそこそこに橋田の横に座ると、早速、用件を切り出した。

「お忙しいところ、申し訳ありません。九月十八日の二十時前後のATMの映像を見たいのですが、残っていますでしょうか」

 橋田は「もちろん、残っていますよ」と目を細めながら答えると、キーボードを叩きはじめた。間もなく、正面のモニタ画面に無人のATMの映像が映し出された。

 橋田がキーボードをもう一度叩くと、再生速度が数倍に速まった。

 拝島は、決定的瞬間を見逃すまいと、画面に集中する。

 すると、十数秒ほどたったときだったろうか。画面の右側から一人の男性が現れ、ATMの前に立った。

 マスクをしているが、西住によく似ている気がする。右下の時刻を確認すると「0918 19・58・25」となっていた。九月十八日十九時五十八分二十五秒ということらしい。

 男は、ポケットから銀行のカードを取り出して装置に差し込むと、千円札を数枚、取り出してATMを離れた。所要時間は、ほんの十数秒ほどだった。

「もう一度、見せてください」

 拝島は、すかさず橋田に依頼した。無意識のうちに、語気が強まっていた。

 映像を巻き戻して通常のスピードで再生し、男が映っている場面で静止してもらう。

 事件現場付近の防犯カメラに残されていた映像よりも、かなり鮮明な映像だった。マスクをしているために百パーセントとは言えないものの、西住本人であることはほぼ確実に思われた。

「念のため、取り引き内容のデータも見せていただきたいのですが」

 橋田は「わかりました」と頷くと、横に置かれた別のパソコンを操作しはじめた。

「西住雄太……。あ、これですね」

 画面に表示された取り引きデータを確認すると、確かに該当する時間に、西住のカードで六千円が下ろされた記録が残っていた。

 拝島は手帳を開き、アリバイに関する記述を確認する。

 事件現場となった飲み屋街には三ヶ所の入口があるが、いずれの場所にも防犯カメラが設置されているため、飲み屋街に出入りする場合には必ずカメラに映る。

 そのカメラの映像には、刃物らしきものを持った西住と見られる人物が、二十時二十分過ぎに飲み屋街に入り、二十時三十分前頃に飲み屋街から出る様子が記録されていた。

 一方、被害者である小室の死亡推定時刻は、店で飲んでいた時刻や遺体の状況から、二十時から遺体となって発見される直前の二十一時の間と考えられている。

 しかし、西住が現金を下ろした四つ葉銀行のATMから犯行現場までは、公共交通機関でも車でも、一時間ほどかかる。銀行で現金を下ろした後、遺体が発見された二十一時過ぎまでに犯行現場に行くのは不可能ではないが、それでは二十時三十分前後に西住が防犯カメラに映っていた理由が説明できない。

 ――アリバイ、成立か……。

 容易に覆せそうにないアリバイだった。

 拝島は、副支店長に頼んでデータをUSBメモリにコピーしてもらうと、受取書にサインをして、支店を後にした。

「ここにきて、アリバイ成立ですか。大変なことになりましたね」

 警察署へと戻る道すがら、坂口が残念そうに呟いた。

 拝島は「ああ」と小さく相槌を打つと、腕組みをして俯いた。


          *


 拝島が銀行から防犯カメラのデータを持ち帰ると、捜査本部では西住の供述内容とATMの映像データをもとに、検察官を交えて今後の方針についての検討がおこなわれた。

 実を言うと、銀行のATMの映像確認と同時進行で、ATM周辺の防犯カメラの映像のチェックもおこなわれた。

 が、ATMは繁華街や駅からは離れており、周囲に設置されている防犯カメラの台数も非常に少ない。そのため、ATMを出た後の西住の足取りを追跡できるような映像を得ることはできなかった。

 勾留期限は数日後に迫っていた。協議の結果、今のまま状況が変わらなければ、不本意ながら処分保留のまま、釈放するしかないだろうという結論に達した。

 二日後の捜査会議で、副本部長が捜査員たちに「数日中に裁判所に対して西住の勾留取り消しを請求する」と告げると、会議室には大きな動揺が走った。

 拝島にとって、捜査員たちの反応は予想通りだった。

 多くの捜査員は、西住こそ犯人であると信じ、その決定的な証拠を探し出すために日夜、捜査をおこなってきたのだ。もし釈放が決定すれば、捜査員たちにとって梯子を外されたも同然だ。

 法律上、仕方がないこととはいえ、この期に及んでの釈放には納得がいかないという気持ちも、十分すぎるほどに理解できた。

「どういうことです!」

「もっと詳しく、説明してください!」

 会議室内に、捜査員たちが発する怒号に近い失望の声と、戸惑いを含んだ重苦しい呻き声が溢れた。

「静かにしろ!」

 副本部長の一喝とともに、一瞬、会議室内が静まり返った。静寂を確認し、捜査本部長が硬い表情で口を開く。

「あくまでも、処分保留による釈放だ。我々は、決して諦めたわけではない。西住の釈放後も再逮捕と再勾留に向けて引き続き努力する。具体的に言うと、一つは新しい証拠を見つけて何としてもアリバイを崩すこと、そしてもう一つは別件逮捕を視野に入れ、西住を徹底的にマークし続けることだ」

 本部長の言葉は、まさに多くの捜査員たちの気持ちを代弁した内容でもあったといえるだろう。

 拝島は、いつになく荒れている捜査会議の様子を、目を瞑って腕を組んだまま、会議室の隅の席で聞いていた。

 拝島の心にも、引っかかるものがあった。だが、その内容は、他の多くの捜査員のそれとは、異なるものだった。

 ――なぜ西住は、今頃になってアリバイを主張しはじめた?

 ――本当に、思い出しただけなのか?

 拝島は右手で顎を撫でながら、思考をさらに深める。

 あるいは……。

 ――捜査のかく乱?

 拝島は、不意に頭に浮かんだ自分の考えに、戦慄した。

 ――まさか、そんな……。

 ――だが、もしそうだとしたら……。

 あくまでも言葉にできないような、漠としたイメージだった。

 しかし。

 ――この事件の奥底には、自分たちが考えているよりもはるかに深く、暗い真相が隠されているのかもしれない。

 そう思った。

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