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拝島は、机の下に置いていた両手を机の上で軽く組むと、「さて」と口を開く。
「昨日まで、さんざん言われてきただろうが、もう一度言わせてくれ。現場に落ちていた財布、凶器である包丁に残された指紋……。お前の犯行を示す、はっきりとした証拠が揃っているんだ。それに、事件現場付近の防犯カメラには、凶器の包丁らしきものを持った、お前によく似た人物の姿が映っていた。しかも、その人物が身につけていたベージュのマスクや紺色の野球帽、季節外れのグレーの薄手のコートと酷似している品々が、お前の自宅から発見された。いずれも、犯行の数日前にインターネットで購入されたものだ」
可能な限り、感情を表に出さない、平坦な口調を心がける。
「それだけじゃない。犯行現場に残された靴跡と同じ靴を、服と一緒にインターネットで購入した事実も判明している」
だが、西住は拝島の言葉にますます肩をすぼめ、さらに深く俯いた。まるで、親に怒られている小学生のようだった。
「悪いことは言わん。早いところ罪を認めて、すべてを話したほうがいいぞ。そのほうが精神的にも楽になれるし、何より周囲の印象がよくなる。印象ってのは、裁判をおこなううえで無視できん要素だからな」
西住は、目を伏せたまま、抑揚のない小さな声で呟いた。
「俺は、やってません」
昨日までと、変わりのない返事だった。拝島は、溜め息をつきながら質問を続ける。
「一応、お前と被害者の過去について調べさせてもらったよ。その結果、お前は中学三年生のときに市外に引っ越すまで、被害者の小室幸一と同じA市内に住んでいたことがわかった。お前、中学生の頃に小室を知ってたんじゃないのか?」
暗に、怨恨による犯行の可能性を確認する質問だった。
「そんな男、知りません。俺は、確かに中学三年生までA市に住んでましたが、同じ市内に住んでいたというだけで、顔見知りとは限りません」
間髪を入れず、西住は否定した。棒読みのような感情の籠っていない声ではあったが、はっきりとした口調だった。
確かに、西住の言う通りだった。動揺を見せない西住の態度に、拝島は「怨恨による計画的犯行の線は薄い」という考えを新たにした。
だが、動機はともあれ、証拠を見る限りは、西住が犯人である可能性はどうにも動かし難かった。
にもかかわわらず、目の前の西住は、再び同じ言葉を繰り返した。
「そもそも、俺はやってないんです」
その言葉に、拝島は思わずきつい口調になった。
「じゃあ、服装などの購入履歴や現場に残されていた財布と指紋、それに靴跡については、どう説明するんだ」
昨日までは、黙秘していた質問だった。今回も黙秘だろうと考えていた拝島の予想を裏切って、西住は言葉を発した。
「買った服が防犯カメラの映像と似ていたのは、偶然です。財布や包丁、靴は……。自宅から盗まれました」
拝島たちに背を向けて部屋の隅の椅子に腰かけていた坂口が、驚いた様子でこちらを振り向いた。拝島は一瞬、坂口に向けた視線を西住に戻すと、問いかける。
「盗まれた? それは、いつのことだ」
「事件の二、三日前だったと思います。靴を購入して、すぐのことでした」
西住は、相変わらず俯き加減で身じろぎもしないまま、簡潔に答えた。
「なぜ、警察に届けなかった?」
疑問を、素直に口にした。
「財布には大した金額は入ってませんでしたし、包丁も靴も代わりのものがあったので、とくに困らないと思って……。だから、届けませんでした」
――空き巣に入られて、警察に届けないだと?
とても真実とは思えなかった。馬鹿にされているような苛立ちを感じたが、冷静を装ってさらに追及する。
「だが、財布には運転免許証が入っていただろう?」
「免許が入ってることは、忘れていました。車は運転しないので、一緒に盗まれたことにもずっと気がつきませんでした……」
西住は、そこまで話すと言葉を止めた。取調室が、静寂に包まれる。
――埒が明かんな。
拝島は溜め息をつくと、仕方なく話題を変えた。
「事件後、お前のスマートフォンも解析させてもらった。スマートフォンを使って『強盗殺人』や『過失致死』といった単語を検索して、関連サイトを閲覧した形跡が残っていたぞ」
西住は、黙って聞いている。
「お前は、ただ強盗をおこなうだけのつもりが、相手を殺してしまった。そこで善後策を検討するために、インターネットの検索欄に関連する単語を入力して、慌てて調べた。そんなところじゃないのか」
拝島は、西住の心の奥底を確認しようと、俯いたままでいる正面の男の顔を、身を乗り出して覗き込む。
「たまたまです。テレビで強盗殺人のニュースを見て、どの程度の量刑になるのか興味をもって……」
「ふざけるな!」
西住が言い終わらないうちに、拝島は声を荒げた。
後ろにいた坂口が驚いた様子で立ち上がり、「拝島さん、駄目です」と肩を押さえた。
拝島の取調べは周囲の刑事たちから一目置かれていたが、以前は古い価値観に基づいて激しい感情表現を利用することも、しばしばあった。最近でこそ自重しているが、それでもときどき無意識に、そのような前時代的な手法を用いてしまうことがある。
拝島は、思わずカメラの方向に視線を送ると、「ちっ」と小さく舌打ちをし、椅子に腰かけた。
――取調べの可視化だと?
――嫌な時代だ。
取調べが終わると、拝島は「財布と包丁、そして靴を盗まれた」という西住の主張を早速、部長に報告した。その報告を受け、翌日には再び、鑑識班による西住の自宅の現場検証がおこなわれた。
分析結果は、数日後に明らかになった。
「結果は、どうだったんだ」
拝島は、間もなく捜査会議が開かれる会議室の椅子に腰かけたままで、坂口に尋ねた。
坂口は、慌てて資料を捲りながら、説明した。
「鑑識班による現場検証では、本人以外に何人かの指紋が採取されたそうです。が、それらはアパートを管理する不動産会社の従業員、一度だけ部屋を訪れたガス会社の職員、それに宅配便の配達員のものと判明したとのことです」
これらの結果は、第三者によって家の中が荒らされた形跡が、まったくなかったということを意味していた。
捜査員たちが次々と会議室に入室し、拝島たちの脇を通り抜けては席に着いていく。資料に視線を落としたまま、坂口がつけ加えた。
「アパート周辺の防犯カメラの映像にも、該当する日時に怪しい人物は映っていなかったそうです」
――やはり、虚偽の供述だったのか。
拝島は、眉根を寄せて目を瞑った。
捜査会議がいつものように終わると、拝島たちは取調室に向かう。ここ数日のルーティンだった。
「今日も、だんまりを決め込むんですかね」
坂口が、辟易とした様子で拝島に尋ねた。
――わかりやすい奴だ。
拝島は「さあな」と言いながら答える。
「取調べってのはなあ、根比べなんだ。むしろ、思い通りに進むほうが珍しいんだよ。覚えておけ」




