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第一章


 梅雨明け間もない、七月初めのある日のことだった。

 その日は、朝からうだるような暑さだった。空には、まるで真夏のように白く大きな入道雲がもくもくと沸き上がっていた。

 ここ数日、三年三組のエアコンは効きが悪い。僕は、クラスメイトであるコウの席の前にある空席に腰かけたまま、ギガソルジャーがプリントされたプラスチック下敷きを、自分の顔に向けて忙しく動かしていた。

 いくら一生懸命あおいでも、こめかみから首筋にかけて、汗が後から後から滴り落ちてくる。

 間もなく、朝の会がはじまろうかという時間だった。だけど僕は、先生が入ってこないかと入口の方向に注意を払いながらも、昨日のギガソルジャーについて、今日の気温より熱くコウに語りかけていた。

 爆裂闘士ギガソルジャーは今、全国の小学生男子が虜になっている特撮番組だ。

 木曜日の夕方になると、全国の少年たちがテレビにかじりつき、拳を振り上げてギガソルジャーたち五人を応援する。そして、次の日の朝には、今の僕と同じように、学校で昨日の内容について熱く語り合うことが普通になっていた。

「昨日は神回だったよな。ケンカした五人が最後には協力して、敵のメガサタンたちをやっつける。メガサタンの戦闘員たちが吹っ飛んだ瞬間には、思わず大声で叫んで、母ちゃんに怒られちゃったよ」

 僕はそこまで話すと、ふとある疑問に思い当たった。

「でも、なんで主人公のタケルは、その前にトルネードバルカンを出さなかったんだろう。下手したら、自分が死んでたんだよ。あそこはやっぱ、伝家の宝刀トルネードバルカンを出さなきゃだめだよな」

 話を聞いていたコウは、腕組みをしながら、鼻から大きく息を吐いた。

「タケルは前々回の放送のとき、トルネードバルカンで味方を傷つけただろ。だから今回、彼はトルネードバルカンを使うことをためらったんだよ。忘れたのか、ユウタ」

 冷静に答えながら、コウは机の中からプリントを取り出す。今日の一時間目にある国語の宿題だった。

 コウは、いつもこんな感じだ。いかにも大人びた優等生といった雰囲気で、自分の感情を表に出さずに、あくまで冷静に、淡々と語る。

 だけど、嫌みな感じではない。僕は、コウのそんな落ち着いた態度が好きだった。真似をしようとしても、僕にはできない。

「そんなこと、あったっけ?」

 前々回の内容などまったく記憶にない僕は、首を傾げた。しかし、首を傾げようが人差し指を頭に当ててくるくる回そうが、失われた記憶が蘇る気配はまったくなかった。

 コウが眉をハの字にして呆れた表情を露わにした、そのときだった。

「おい、先生が来たぞ」という男子の声が聞こえた。

 その声に、教室の中で自由気ままに振る舞っていた児童たちは、ガタガタと机や椅子を鳴らしながら、一斉に自分の席に向かう。僕も、慌てて椅子に腰かけると、何事もなかったかのように姿勢を正した。

 黒板の横の引き戸がガラガラと開き、担任の平木先生が入ってきた。平木先生は、先生になってまだ数年の、若い男の先生だった。

 自分の席から先生の動きをぼんやりと眺めていた僕は、次の瞬間、思わず先生の後ろ側に視線を止めた。

 先生の後ろには、見知らぬ女の子の姿があった。

 背は、僕やコウと同じくらいだから、まあ普通だろうか。長く真っ黒な髪が動くたびに艶々と光って、まるで日本人形のようだった。

 その女の子は、やや俯き加減で先生の陰に隠れるようにしながら教室に足を踏み入れると、申し訳なさそうに先生の横に立った。

 日直のかけ声に合わせて挨拶をすませた先生は、傍らに立つ女の子をちらりと見た後、クラスの児童たちに改めて視線を送った。

「今日は、皆さんに新しいお友だちを紹介します」

 小さい咳払いの後、先生の声が教室内に響く。

「堀池美咲さんです」

 再び女の子を振り向いた先生が頷くと、女の子はおずおずと口を開いた。

「堀池美咲です。T県から来ました。よろしくお願いします」

 消え入りそうな声でそう言うと、女の子は先生に促されて、黒板に白いチョークで「堀池美咲」と書いた。

 とても綺麗な字だった。

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