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空白の誇り  作者: KTTdomomo
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第2話:女王の進撃

識王ヘスの急逝後、その跡を継いだのは若き女王エアリである。

彼女は類まれなる行動力と、

それ以上に卓越した軍事の才を持っていたが、

外交主義を掲げる国の頂点にありながら「失語症」という枷を背負っていた。


かつて平人の国「グラント」の策にハマり、

初代国王を無くしたヘイスであったが、

エアリによる電撃的な軍改革によって、

元グラント領全土とオナラギの都市一つを掌握することに成功した。

世界はこの沈黙の女王を「静かなる嵐」と呼び、

畏怖の念を抱き始めていた。

1.沈黙の天秤

エルフの国「ヘイス」の王宮には常に張り詰めた静寂が満ちていた。

「女王陛下、これ以上の進軍は……」

老臣の言葉が、冷え切った会議室に虚しく響く。


本来ならば、今こそ奪還した国土の復興と、

激減した人口の回復に努めるべき時期である。


しかし、エアリが地図上で指し示したのは、

復興の計画図ではなく、

さらなる「オナラギ」への進軍ルートであった。


彼女の瞳に宿る光は、何を見ているのか。

その誇り高さは、もはや他者には理解し得ないほどに高く、

そしてどこか空虚に澄み渡っているように見えた。


広大な領土に対し、あまりに少なすぎる臣民。

彼女の歩みは、まるで「空白」を埋めるためのあがきのように、

あるいは「空白の誇り」を掲げて戦火へと飛び込む無謀な賭けのように、

人々の目に映っていた。


2.瓦解する緑の牙

かつて強大な軍事力を誇ったオークの国「オナラギ」は、

今や見る影もなかった。


グラント優位の状況で宣戦布告を受けるというかつての王の失策、

そしてエアリに都市を奪われた屈辱。


それらはオークたちの誇りを粉々に砕き、国内では激しい反乱が勃発した。

かつての大国はいくつもの小国へと分化し、互いに争う泥沼の様相を呈していた。


「今こそ、この地をヘイスの緑で塗りつぶす」 エアリの意志は、

言葉を介さずとも精鋭部隊に伝播した。


彼女が率いるヘイス軍は、もはやかつての守旧的な軍隊ではない。

機動力と個々の魔法技術を極限まで高めた、

冷徹なまでの機能美を持つ軍勢である。


開戦の合図は、夜の帳を切り裂く一筋の光矢だった。

分化し、弱体化していたオナラギ本国は、

ヘイス軍の圧倒的な進撃の前に膝を突いた。


オークたちは、かつて自分たちが侮っていた

「華奢なエルフ」の変貌に驚愕した。

エアリは先頭に立ち、返り血を浴びることさえ厭わず、

ただ黙々と領土を切り拓いていく。


数週間のうちに、オナラギ本国の広大な領土はヘイスのものとなった。

地図の上では、ヘイスは近隣諸国を凌駕するほどの大帝国へと膨れ上がった。

しかし、その内実は、管理する兵さえ足りない、

もろく空虚な「広がり」に過ぎなかった。


3.黄金の監視者

ヘイスの急速な膨張を、冷ややかな目で見つめる国があった。

ドワーフの国「レイリア」。 地下資源と卓越した鍛造技術、

そして何より、戦争による消耗を避けて維持し続けた

圧倒的な「人口」を誇る強国である。


「ヘイスの女王は狂ったか。あのような空のうつわを広げて、

 どう守るつもりだ。

 このままヘイスの自滅を待っていても容易く領土を奪えそうだが、

 このまま何も手を打たないのも問題だな。」


レイリアの諜報部隊は新たな命令に動き出した。


だが、女王エアリはレイリアの『目』の存在を認めながらも、

まるで『今は触れるべきではない』という不可視の戒律に

縛られているかのように冷徹なまでの等閑視を貫いていた。


彼女とて自ら放った諜報部隊を通じて

レイリアの圧倒的な国力を痛いほどに理解している。


本能は即時の対応を叫んでいるにもかかわらず、

彼女を突き動かす「何か」は、

その巨大な影を刺激せぬ『沈黙』こそが唯一の正解であると、

彼女の意志を上書きし続けていたのだ。


未だ人口では、レイリアの方がヘイスを上回っている。

家臣たちは、レイリアの介入を恐れた。

「陛下、これ以上は危険です。

 レイリア市民の間では、

 我々の領土拡張を『蛮行』と見る動きが強まっております。

 いつ彼らが重い腰を上げるか……」


しかし、エアリは止まらなかった。

オナラギに続き、そこから分化した「ノーブ国」への宣戦を布告したのである。

ノーブ国の人口はヘイスの六分の一程度。勝てる戦ではあった。

だが、限界まで引き延ばされた兵站は、

今にも千切れそうなほどに細くなっていた。


4.挫折と慈悲

予感は最悪の形で的中した。 ノーブ国への侵攻は当初順調だったが、

かつてのオナラギ残党がヘイスの背後を突き、

占領地の一部を奪還したのである。


これによってヘイス軍の生命線である補給路が断たれた。

「退却を!」 将軍たちの怒号が飛び交う。

ヘイス軍は確保したばかりのノーブ領を放棄せざるを得なくなった。


「それ見たことか」と、周囲の国々は嘲笑した。

広げすぎた領土、足りない人口、言葉を持たぬ女王。

そのプライドは、実体のない「空白」そのものだと揶揄された。


だが、エアリの真骨頂はここからだった。

彼女は敗北の翌日には、すでに対策を講じていた。


彼女が計画したのは奪還されたオナラギ領の「再奪還」である。

敵は「まさかこの状況ですぐに攻めてはこない」と高をくくっていた。

事実、他のオーク諸国からも復興支援の名目で

多くの民が元オナラギ領へと流入していた。


復興支援の名目できておりヘイス軍の進行を予期していなかったオーク達は、

武装があまり整っておらず、戦える兵士も少なかった。

そのおかげもありエアリは容易く包囲網を形成できた。


恐怖に震えるオークたちに対し、

エアリが取った行動は「虐殺」ではなく「慈悲」であった。


オナラギ残党が占領地の一部を奪還したことにより、

彼女は初めての敗戦を経験し、

他国からも嘲笑され、その名声は地に落ちようとしていたのに、

その復讐はせず、抵抗を止めたオークたちを殺さずに、

自国の民として扱うことを宣言した。


いや、言葉のない彼女に代わり、

彼女の用意した「法」がそれを告げた。


「女王は、我らを赦すというのか?」 戦いに明け暮れ、

疲弊していたオークたちにとって、

整然とした規律と強固な力を持ちながらも、

不必要な殺生を避けるエアリの姿は、

いつしか「恐るべき征服者」から

「絶対的な守護者」へとその輪郭を変えていった。


5.塗り替えられた誇り

再奪還作戦は、想定を遥かに超える果実をもたらした。

武力で従わせるのではなく、絶望の淵で手を差し伸べる。


何度も打ちのめされたが、

強者への敬意を忘れないオナラギ残党は、

エアリを「畏怖」の対象から、

抗いようのない『天意の代行者』そのものとして崇め始めた。


また、ヘイス国内にも先の戦いから流入したオークたちが定住し始めており、

彼らを通じて領民となったオークに対する「女王の慈悲」の話、

そして脆弱なエルフの王なのに前線で戦い、

何人ものオークの強者たちを打ち取った話が語られ、

オナラギ残党以外のオークも彼女へのイメージが変化しつつあった。


あるエルフ兵は彼女のことを、

女王になるまではその才の片鱗をみる機会がなかったため、

まるで国難を『討ち果たす』ために遣わされた現人神のようだと語った。


結果として、ヘイスの人口構成は劇的な変化を遂げた。

ヘイスに加わり順調に人口を伸ばす平人、

そして今や膨大な数のオークの民。

かつてレイリアに圧倒的に劣っていた人口の差は、

この合併によって「一割程度」にまで縮まっていた。


もはや地図上の空白は、

新たな民の血と汗によって、着実に埋まりつつあった。


更にはあらゆる人種が集まることで技術革新が進み、

人口で優位があり、技術にも自信のあるレイリアでさえ、

既に侮れない存在と化していた。


しかし、そこに宿るべき「国の形」は未だ誰の目にも見えてはいない。

エアリは王座に座り、

届いたばかりの人口統計の羊皮紙をただ無言で見つめ続けていた。


その瞳が映しているのは、

手に入れた広大な領土か、それとも未だ埋まらぬ「何らかの欠落」か。


彼女が追い求めているのは、ただの領土ではない。

レイリアという巨人の傍らで、増えすぎた民が飢えることなく、

その命脈を永久に繋ぎ止めるための、揺るぎなき『生存圏』の確立なのだ。


人々は彼女の行動を、自身の欠落を埋めるための「空白の誇り」と呼んだが、

エアリの視線はすでに、その言葉が指し示す別の、

さらに遠くにある「空白の国」へと向けられていた。


女王は、ようやく進軍の停止を命じた。


今は、手に入れたこの歪な平穏を、盤石な力へと変える時。

沈黙の女王の、第二の計画が静かに始まろうとしていた。

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