第8話 ジム初日と、俺の全裸
翌朝。通算3回目のジム初日だ。
昨日は何故かいつのまにか寝てしまったから今からシューズを探さなければ・・・。
押し入れを開けて、奥の方を漁る。
数年前に買ったトレーニングシューズ、どこだ?部屋を片付けた時に見かけたような気もするんだけど、見つからないな。
ダメだ全然見つからない。
時計を見ると、もう出勤時間ギリギリ。
……仕方ない。
時間停止。
世界が静止する。
じっくり押し入れをひっくり返し、ようやく奥の方からシューズを発見。
埃をかぶっていたけど、まだ履けそうだ。
さらに、数年前に使っていたバックパックも見つけた。
ウェアとシューズ、タオルを収納して、時間停止したまま駅まで走る。余裕を持って駅に辿り着けたぞ。
俺は息を整えながら電車を待つ。
それにしても朝から疲れた・・・。
まあこれも体力作りの一環だとポジティブに捉えよう。
それより今日は、田辺さんとのジムデートだ。
……デートじゃないけど、デートだよな?
心の中で勝手に盛り上がる俺。
営業部の連中が顔を見せない日は平和だ・・・。緩やかに、平穏に、淡々と仕事をこなして、昼休憩。
社員食堂で、他の社員がスペシャルランチ500円を食べているのを見かけた。おのれブルジョワめ・・・。
だが、フリーパスさえ手に入れれば俺だった食べ放題だ!!
待ってろよ、俺のスペシャルランチ!
燃え上がる闘志の炎をバックに、唐揚げランチの食券を購入、うむ、やはり唐揚げランチは美味い。
そして夕暮れ、5時の終業チャイムが鳴る。
俺は田辺さんに声をかけた。
「じゃあ、早速ジムに行ってみようか?」
田辺さんは笑顔で頷いた。
先輩が通りかかって、
「二人とも、無理のないように頑張ってね。
私は今日は用事があるから、お先に失礼するわ」
そう言って、先輩は去っていった。
……用事か。
まあ、先輩はいつも何かと忙しそうだ。
二人でジムへ向かう。
到着して受付を通ると、フロントのお姉さんが俺を見て、にこやかに言った。
「佐藤様、久しぶりですね〜!お元気でしたか?」
お、覚えられてるのかよ、何年も前のことだぞ!?
俺は一瞬固まって、
「あ・・・。は、はい・・・、お久しぶりです・・・」
田辺さんが不思議そうに俺を見る。
スタッフは笑顔のまま、
「また三日坊主にならないように、がんばってくださいね〜♪」
うわ、完全に過去の三日坊主を覚えられてる。
顔が熱くなった。
「以前にも通ってたんですか?」
田辺さんの言葉が胸に刺さる。
「いや、まぁ昔ちょっとだけね・・・」
と誤魔化すのが精一杯だった。
それよりも以前来た時より設備が充実している。
プールエリアにジャグジーが増設されていた。
ジャグジー風呂があるとわかっていたなら、田辺さんと水着の準備もしたのに!
悔しさが込み上げる。
「すごい設備ですね、佐藤先輩・・・。」
ほんとにな。俺が来てない数年の間に結構儲けてたらしい。
ロビーを抜けて男女の更衣室前で田辺さんと別れる。バックパックからウェアとシューズを取り出して手早く着替える。さて、それじゃあ気を取り直して、トレーニング開始と行きますか!
まずは体力から。
二人で横並びにランニングマシンに乗る。
田辺さんに合わせて、若干低めの付加でスタート。
他愛のない会話が始まった。
「先輩がテニス経験者で、かなり上手いらしいんだけと、基本的なこと、教えてもらえるように頼んであるから、今度一緒に指導受けてみる?」
俺が言うと、田辺さんは頷いて、
「私、テニスはしたことないんですけど、
テニスのルールなんかは結構詳しいんですよ?」
「学生時代、テニス部でマネージャーでもしてたとか?」
「いえ、私高校の時は家庭科部で、お菓子なんかを作ってました」
「へえ、お菓子・・・」
「私がテニスに詳しいのはですね、お姉ちゃんが・・・」
田辺さんが語り出す。
でも、俺の頭の中は田辺さんの手作りお菓子のことでいっぱいだった。
「はい、佐藤先輩、お口開けてください。アーン」
と、フォークでカップケーキを食べさせてもらう妄想でいっぱい。
「……佐藤先輩、聞いてます?」
「あ、ああ、大丈夫。俺、甘いもの結構好きだから」
「甘いものの話なんてしてないですってば、もう」
そんなやりとりをしながらトレーニングは続いた。
やがて田辺さんは、
「私もう疲れちゃいました〜」
と言ってベンチへ。まぁ初日だし運動得意じゃないって話だしな。
俺は一人で黙々とマシンを使う。
ちらりと田辺さんを見ると、笑顔で小さく手を振っている。
これはカッコ悪いところは見せられないな。
ちょっと格好いいところ見せてやるか・・・、
ハァハァ・・・、ツライ・・・、ちょっと負荷レベル上げただけだぞ?どうなってるんだ・・・?
こんな張り切りボーイなムーブをかましてすぐに息切れなんてダサ坊にも程があるぞ?こうなった、行くぜ!俺の本気を見せてやる!
時間停止!!
静止する世界。
俺はジムの片隅に行き、ウォータークーラーで水を飲んだ。乾いた体に冷えた水が染み渡る。そして深呼吸をして息を整える。落ち着いてみると、ふと気がついたが、ウォーターサーバーも動くんだな。ご都合主義が過ぎるぜ、俺の時間停止は・・・。これは近いうちに色々検証しておいた方がいいんだろうな・・・。そんなことを考えながらマシンへ向かう。
よし、行くぞ!
再度マシンに乗り、時間再開、急に動き出した足元のベルトの速度に対応できず、転びそうになるがなんとか耐えてトレーニング再開。しかしすぐに息が上がる。
ちょ、ちょっと待って、もう一回、休ませて・・・。
時間停止。
静止する世界。
今度はゆっくりと休息しよう。せっかくだし少し能力の検証をしてみるか・・・。ポケットからスマホを取り出しUtube を開く、だがどの動画も再生はできなかった・・・。ついで音楽アプリを起動、スマホに保存された音楽を再生してみる。問題なく再生された。回線や電波に関わる機能は使えない感じか・・・?スマホ単体で完結する機能はどうなんだろうか。カメラを起動して田辺さんを・・・って盗撮、ダメ!絶対!
とりあえず当たり障りのない写真を撮ってみる。うん写真は撮れたな。次は動画だ。田辺さんを・・・、だからダメただって言ってるでしょうが!!インカメラで変顔を撮影してみた。ちゃんと撮れてた。推測通りスマホだけで完結する機能は問題なく使えるということで間違いなさそうだな。そんな感じで検証作業終了。体力の方も回復したのを確認して、再びチャレンジ。
その後も何度か休憩を挟みつつ、なんとかタイマーが鳴るまで耐えた。これ、体力トレーニングになってるのか?いや、まだ初日だしな、じっくりやっていこう。
「佐藤先輩すごいです!こんなに長い時間ずっと走っていられるなんて」
田辺さんの純粋な眼差しが心に刺さる・・・。
「いや、まあ、ははは・・・」
良心の呵責か、ついつい言葉を濁してしまった。
このまま今日はトレーニング終了ということになり、更衣室前で別れる。
更衣室に入ると見せかけて時間を停止、俺はプールエリアへ向かった。
せっかくジャグジーあるんだし、入っていかないと勿体ないよな?
とは言え水着を持ってきていないので全裸で入ることになるのだが。
時間は止まってるし、誰にも見られてないはずだけど、周りに人がいるところで全裸になるのは落ち着かないな・・・。若干鼓動が速くなるが、勘違いするなよ?これは興奮ではなく緊張だ。変な性癖の目覚めなんかじゃない。
水着を用意することを固く決意し眼下の浴槽を覗き込んだ。
しかしまあ、コレは我が能力ながら奇妙な光景だな・・・。水中で気泡が停止したジャグジー風呂。喫茶店のクリームソーダの食品サンプル、あんな感じを想像してくれればなんとなくわかるだろうか?それが大きな浴槽で目の前に広がっているのである。さて俺のご都合主義の能力からすると、俺が入った途端に普通にジャグジー機能が作動する・・・と思うんだが・・・。
結論から言うとジャグジー機能は作動しなかった。なんでだ?
ちなみに水中に止まった気泡に体が触れてもあまり気持ちよくなかった。と言うかなんか奇妙な感覚だった。
一応体が温まったので、タオルで体を拭き、更衣室に戻り着替える。なかなか田辺さんが現れないが、よくよく考えれば更衣室のシャワーで汗を流してるならまだ時間がかかりそうだよな。ポケットからスマホを取り出してニュースサイトを見ながら時間を潰す。有害物質絡みの一件に関する追加のニュースはなかった。この一件に関してはもう安心して良さそうだな。その他のニュースにも目を通すが一つ気になるニュースを見かけた。とある小国のお姫様が親善大使として来日するというものでどうやら○△×市にくるらしい。なんでこんな辺鄙な田舎に?記事を読み進めるとどうやらお姫様の国の首都が○△×市と姉妹都市になっているらしい。そんな感じでニュースに目を通していると不意に声をかけられた。
「お待たせしてしまってすみません、佐藤先輩」
「いや、それほど待ってないから平気だよ」
なんてまるでデートの待ち合わせのようなやりとりの後、二人でジムを後にした。
帰り道の途中、
「田辺さん、俺は水着を用意してプールで運動がしたい、というかジャグジー風呂に入りたい」
そうストレートに提案してみた。
田辺さんは少し考えて、
「そうですね・・・、実は私も少し気になってました。水着、あったかなあ?」
割と乗り気な反応、水着着用とは言え一緒にお風呂に入れるチャンス、やはりモテ期なのか?
そう俺が夢想し始めたところで
「じゃあ、私はこっちの市バスなので・・・」
田辺さんが去っていく。
「ですよねー」
今日は飯に誘う間もなかったな。




