第7話 ウェアと、俺のモテ期(幻想)
テニス大会出場が決まってから、俺の頭の中は少し浮ついていた。
昼休み、経理部のデスクで田辺さんと顔を合わせた。
「田辺さんはもう提携ジムの使用申請はした?まだなら急いだ方がいいかも。他の部署の参加者もそろそろジムの申請を始める頃だろうしね」
俺がそう言うと、田辺さんは少し目を丸くして、
「え、そうなんですか? ありがとうございます、佐藤先輩!じゃあ私、早速申請してきます!」
素直に立ち上がって、総務部の方へ向かう後ろ姿を見送りながら、
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
……これで一緒にジムに行ける可能性が上がった。
田辺さんが戻ってくるのを待つ間、先輩が近くを通った。
「先輩はいいんですか? ジムの申請」
俺が尋ねると、先輩は余裕の笑みを浮かべて、
「私は大丈夫よ。もうパス持ってるから」
……さすが先輩。しかし先輩までテニス大会に出てくれるとは、アレ?そう言えばこの先輩いま幾つだ?俺よりは歳上なんだよな?気になる・・・。気にはなるが女性に年齢尋ねるのは流石にな・・・。
「先輩はテニスできるんですか?」
とりあえず無難な質問から入ってみる
「実は学生時代に少しだけね?ダブルスで県大会出たことあるわ」
若干のドヤ顔を覗かせながら答える先輩。え、経験者!?しかも県大会出場って結構な成績じゃないか?
「ルールとか技術的なアドバイス、ぜひお願いします!」
俺が慌てて言うと、先輩は軽く手を振って、
「任せなさい。でも、佐藤くんは初心者?」
「はい、ほぼゼロです・・・。高校生の時に体育の授業でソフトテニスをやったことがある程度ですね」
「ふふ、じゃあ基礎から教えてあげるわよ」
ある程度技術を軽視できると言っても、それなりに様になってないと恥ずかしいし、説得力もないからな。先輩ほどの実力者の指導を受けておけばひとまず安心だろう。その後しばらく他愛もない会話を続けた。
やがて田辺さんが息を切らして戻ってきた。
「佐藤先輩! 申請通りました! パスカードもらえました!」
いや、申請通ったも何も社員なら普通は通るものなんだ・・・そんなに喜ぶことでもないよ田辺さん・・・。まぁそれを口にするほど俺も無粋じゃあない。
「よかったね、じゃあ早速、いつから始めようか・・・」
田辺さんが少し恥ずかしそうに、
「でも・・・私、トレーニングウェアなんて持ってないんですけど・・・」
俺は一瞬固まった。そう言えば俺のウェアも今じゃ立派なパジャマになってるんだったな・・・。
「田辺さんなら学生時代の体操服とかでいいんじゃないかしら?」
「もう!そんなの着ませんよ!恥ずかしいですし」
先輩と田辺さんのそんなやりとりを聞きながらふと思う。これはチャンスなのでは?
「じゃあ、退勤後に一緒にウェア見に行く?スポーツショップ、会社近くにあるし」
俺の灰色の脳細胞が導き出した最適解、自然な流れでショッピングに誘う作戦。
どうだ?決まったか?田辺さんが少し驚いた顔をした後、
「え・・・いいんですか?ありがとうございます! ぜひお願いします!」
……やった。心の中で小さな歓喜が爆発した。
ジムデートの前にお買い物デートかよ!!
これは完全にモテ期始まってるな。
……いや、待て待て。あくまでウェア選びだ。
まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。でも、二人で買い物・・・。
浮ついた気持ちで残りの仕事に取り掛かる。
やがて終業を知らせる5時のチャイムが鳴った。
俺は平然を装いながらも、若干上擦った声で、
「じゃあ……ウェア見に行こうか」
田辺さんはにっこり笑って、
「はい! 行きましょう!」
二人で会社を出て、駅前のスポーツショップへ。
店内に入ると、トレーニングウェアコーナーが広がっていた。
俺は内心で葛藤していた。
正直なところ、今後のことを考えれば、余計なことに回すほどお金に余裕はない、したがって高級なウェアなんて買えない。いや、買いたくない。
でも、田辺さんの前で安物ばかり選ぶ姿を見せるのもどうかと思うし・・・、どうしたものやら・・・。
そんな時、田辺さんが先に口を開いた。
「佐藤先輩、私、あまりお金に余裕がないので、できるだけお手頃な方がいいです」
……何だ、この子、女神か?
俺は思わず心の中で叫んだ。とにかくこれで自然な流れで手頃なウェアを買える。
「ああ、そうだね。体を動かしやすい服装ならなんだっていいんだし、3枚セットのTシャツとか、スウェットのパンツあたりで十分じゃないかな?」
田辺さんは頷いて、
「これ、シンプルで動きやすそうですね。色も黒とかグレーなら汚れ目立たなそう・・・」
「いいんじゃないか?俺もこれにしようかな」
結局、二人とも同じようなスウェットのズボンと、3枚セットの安いTシャツを購入。
合計で一人3000円ちょっと。正直言ってそこまで軽い出費では無いが、先行投資として割り切った。3000円で3ヶ月間スペシャルランチ食べ放題なら悪くない・・・どころか破格の投資だ。
田辺さんは追加で、ジム用のシューズも選んだ。
「シューズは大事ですもんね。滑ったら危ないし・・・」
「確かに。俺は・・・探せば昔のシューズがあるはずだから、買わなくてもいいかな」
会計を済ませて店を出ると、夕方の街が少しオレンジ色に染まっていた。
ここからが勝負だ。このままディナーデートへと持ち込んで、あわよくば・・・。大丈夫、モテ期到来中の俺なら行ける!俺の頭の中で勝手に妄想が膨らむ。
「じゃあ、せっかくだし、軽くご飯でも・・・」
と言いかけた瞬間、田辺さんが明るく言った。
「佐藤先輩、今日はありがとうございました!
私、ここから市バスなので……帰りますね」
バス停の方を指差して、にっこり手を振る田辺さん。
……え?
俺は呆然と立ち尽くした。
「アレ? モテ期は?」
田辺さんの背中が遠ざかっていくのを、ぼんやりと見送るしかなかった。
帰宅中の記憶が、なぜか抜け落ちていた。
気がついた時にはすでにベッドの上で横になっていた。
天井を見つめながら、俺は呟いた。
「……俺のモテ期は?」




