原風景5
スマホもない時代に派遣のバイトに行った男がひどい目に遭う話です。
本は、とりあえずわかりやすそうなものから手に取った。
見開き二ページごとに、イラストを織り交ぜた形で内容がまとめられているという体裁の、ちょっと字が読めさえすれば、誰にでもわかるようなものだった。大きさも、いかにも手に取りやすいであろうB5版のものだ。
そういうもので大まかな内容を把握してから、細かい知識がまとめられている、法学部の学生が読むような専門的なものにとりかかれば、少なくとも致命的な抜けは防げるだろう。そういう考えで読んでいった。
本には、いかにも女性好みな、丸っぽい感じのイラストが添えられている。深刻な状況の中で、そういったなんともかわいらしいイラストの載っている本を読むのにはちょっとだけ違和感を感じたが、そんな事にとらわれる気も通り過ぎてしまうほど真剣に読んでいった。
この種の本の常で、内容理解の上で前提となる概略から書かれていくため、少しばかり読み進めても知りたい情報まではなかなか辿りつけなかったが、焦れったい思いをこらえつつ読み進める。
焦れったいからといって、要領よく目次を見て知りたい内容をピックアップして頭に入れただけで行動すると、たいていはそれ以外の知識に、思惑をひっくりかえされてしまうものだ。若くて世間知らずなころには、そんな痛い目にけっこうあっていた。もっとも、そのころより世間を知っているのかと問われると、まったく自信はない。
そんな焦れったさと、気が立っているのとで本の内容が頭に入りにくかったので一回本を手から離すと、立ち読みせずに買い、落ち着いたところで読めばいいんだということに気がついた。
貧乏な生まれ育ちなので、読書はもっぱら図書館と立ち読みで済ませてきたのだったが、今回は生活がかかっていることだし、さすがに金をかけなければいけないだろう。
本に多少の金を惜しんだところで、どうせパチンコやら酒やらに金を使ってしまうだけだ。
そう思い込ませ、まるで清水の舞台から飛び降りるような気持ちでレジに向かい、身を切られる思いで、長年使っていたためあちこちにほころびが目立つ、合成皮革で出来た二つ折りの財布から金を出し、本を買った。
たった一冊の本を買うくらいで、清水の舞台から飛び降りるような気持ちになるほどの小ささに、つい口元が緩む。
もっとも本は、日給の四分の一くらいの値段だった。
そのくらい、安くこき使われているのだと、あらためて思った。
思うと同時に、また怒りがぶり返し、みぞおちの辺りから熱がこみ上げてきた。
本屋から出ると、胸ポケットからショートピースと100円ライターを取り出し火をつけた。煙を吐き出し、少しだけ怒りを空中に持って行ってもらう。
続きます。




