原風景2
スマホもない時代に派遣のバイトに行った男がひどい目に遭う話です。
雑誌の発送という仕事は、期日の関係で時間との戦いという部分が多いせいか、気の荒い、というか短い人が多かった。男よりは女の人の方が特にそうだった。左ひざを痛めて辞めざるを得なかったが、かっては土方で日給1万2千円をもらっていた身のせいか、汗をかきながら本の重い束の紐を、プラスティック製の青い安全カッターでひっかけて持ち上げながら切り、手早く正確に本を置き続けて一日7千円程度にしかならないような仕事に、なぜいちいち怒りながらやらなければならないのかが、よくわからなかった。
確かにある程度はそれなりにまじめにやらなければならないというのが仕事だとは思うのだけど、コンベアを、コメカミに血管を浮き立たせながら目を剥いてにらみつけ、本をまるで目の敵のように板に叩きつけているのを見ていると、気持ちのどこかから、生命力が細い管を通って少しずつ抜けていくように思えた。そんな空気が流れる現場を、原田もバカバカしく思っていたのだろう、
「残業なんて、やってられませんよ」
なんて、よく言っていたものだった。しかしそんな事を思ったところで、急にそういう人たちがにこやかになるわけでもないから、半ばあきらめて仕事を続けるほかはなかった。
結局原田は一ヵ月後に消えていった。
最後の日には別れのあいさつもそこそこに、静かに、いつものように帰って行った。争いごとはいやだったのだろう。ゴネたりとか、そういう話は一切聞かなかった。
こんなバブルがはじけてまだ数年と経ってない不況──今ほどではないけれど──のさなかで、あてもないまま仕事を探さなければならない原田の身を少しだけ案じた。
と同時に、原田はリーチフォークの資格を持ちながらも、ここでけっこう長いキャリアを積んできていたので、それを利用して少しくらい暴れ、取れるものくらい取っておけばいいのではないかとも思った。半年以上の勤務であればバイトであっても雇用保険の受給資格は得られるのだから、原田もやろうと思えばそのくらいはできたはずだった。もっとも、この職場に来るまで長いことそれを知らなかった者がえらそうに言える立場でもなかったし、おかげでずいぶん損をしてきたこともあったのだけど、それにしてもという思いは正直、感じざるを得なかった。他人事ながら、残念だった。
帰り道、一人で歩きながら原田の顔を思い出し、
「明日はわが身、か」
誰もが思うようなベタなことを、ぼんやりとうす暗い空に浮かべた。
続きます。




