原風景10
スマホもない時代に派遣のバイトに行った男がひどい目に遭う話です。
たった三駅でも、待っている間は長く感じる。
普段暮らしているぶんには意識しないのだが、どうもせっかちなのか、こういうちょっとした間が忌々しく焦れったい。
おまけに忘れっぽいので、こういう時に便利な暇つぶしの本や道具も持ってこなかった。
いつもそれで後悔するのだが、忘れっぽいせいで、そういう時が過ぎてしまえばきれいさっぱり忘れて、またこういうことがあるときに困るというのをずっと繰り返している。もう少し忘れ物をしなければいいのにと思うのだが、まあ仕方ない。
やむなく電車の外に目をやると見慣れた光景が映る。普段は会社に行くために別な路線を使っているのだが、今のバイトに就く前はこの路線でいろんなところに行ったものだったから、見慣れているのも当然なことだった。
そういう場所でこれまでやってきたことは今と大して変わらない。ようするに体はきつくてもそれなりにもらえる仕事か、体が楽だけどそれなりにしかもらえない仕事か――今やっている仕事がまさにそんな感じだ――のどちらかしかやってきてないということだ。勉強もスポーツも出来ない、かといって他に何かとりえのあるわけでもない男の行き着く先などはえてしてこういうものだろう。生きてきてからずっと、そうやって納得するようにしてきた。
外の流れを見ながら、ふと、いままでそうやって納得して生きてきたのに、どうしていま、こんなに怒っているのだろう。そんな疑問が浮かんだ。
どうしてだろう。どうして――
少し考えたが、わからなかった。
ただ、昨日のことを思い出すと、怒りがよみがえるのも確かだった。
迷いが生じているのかもしれない。
罠だ。
確証はなかったが、体感でわかる。
時として、迷いは罠になる。
罠だとわからずに迷いに乗った時、その先には後悔だけが残るものだ。
そういう時は理屈でねじ伏せるに限る。
これから行動する事によってどんな利益があるかを思い出し考え、経文を暗証するように並べた。そして、今は迷うな、怒りを忘れるな、とも念じた。
――今はとにかく、生きるために信じて、行動するしかないんだ、ないんだ、ないんだ――
しているうち、アナウンスが到着駅を告げた。降りると他の乗客はあまり降りてはこなかった。一息つき、ゆっくりと歩く。
島式ホームの、ぽっかりと開いた穴のような階段口を下に行ってから上り改札口を過ぎると図書館に向かった。
自然、ポケットのたばこに手が行く。
駅前すぐのロータリーを越えた時には、それはもう戻っていた。
続きます。




