第一話 強くなりたい
「もう手持ちがなくなっちゃった...」
中身がなくなった小さな袋をさかさまにし、振ってみる。金貨や銀貨なんて出るわけもなく、そこから出てきたのは、ただの塵であった。思わずため息をつく。
僕ことゼレス・ジーザックが都市ダイアに着いて、冒険者になって、約一か月がたとうとしていた。最初は、僕はようやく第二の人生を歩むことができるのだ。とはしゃいでいた気がする。だけど実際は、商店街で売られているものも、家賃も、すべての物価が高く、一つ何かを買うだけでも精いっぱいだった。
冒険者というのは、ところどころ、不規則に出現するダンジョンにいる魔物を倒すことで生計を立てている。Aランクまで行けば大儲けできる職業だが、僕が今位置しているEランクでは、副業よりも収入は悪かった。
「ダンジョンに行きたいけれど....、いけるダンジョンが少なすぎるんだよなぁ」
ダンジョンには、ギルドが設定した推奨ランクというのがある。例えばC級ダンジョンの場合、推奨ランクはCといったかんじである。
ダンジョンのほとんどはB級からD級ダンジョンなので、それより上ならまだしも、E級なんぞのダンジョンなんて出現するはずもないのだ。
そうはわかっていながらも、淡い期待を抱いて、僕は冒険者ギルドに向かった。
「こんにちはーーー....」
僕が入り口に着くなり、多くの冒険者がこぞって僕を見るなり笑った。その理由はほかでもない、僕がE級だからだ。
苦笑いと冷汗を流しつつ、なんとかその重い足で受付までたどり着いた。
「ゼレス君。今日はどうしたの?」
ゼレスの専属サポーターである、シーラさんが僕のほうを見るなり嬉しそうに呼びかけた。
「シーラさん。じつは、ダンジョンのクエストを受けに来まして...。E級ダンジョンのクエストってありますか?」
「E級ダンジョン...。あるよ。ようやく一つだけ見つけたから、ゼレス君に報告しよう。って思ってたの」
そういって、シーラさんは僕に一つの紙を渡した。
紙には大きく、『ゴブリンと薬草の採集』と書かれている。
「あんまり無理はしないでね」
そうシーラさんが心配するのは、単に彼女が心配性なだけである。僕は、一度も命の危機に瀕したことがない。
僕はわかってますよと軽く返事をして、さっそくE級ダンジョンに向かった。
「大丈夫かしら」
ゼレスが視界から消えるまで、シーラは心配そうに遠くを見つめていた。
やがてゼレスがいなくなると、彼女はふと先ほどの紙を見つめ、目を大きく開けた。
「うそ...」
紙の右下には、D級ダンジョンと書かれていた。
「やっぱり薄暗いな」
視界が悪い中、みぎてにある壁に這うように進んでいく。
僕が知っている限り、ダンジョンは薄暗い。それに、魔物はあらゆる方向から襲ってくるため、対応するための警戒心も持ち合わせていなければならない。
そのことを踏まえながら先へ進んでいると、背後から足音が複数聞こえた。それがゴブリンだということは、振り向かずともわかっていた。
背後を振り向くと同時に、僕は懐からナイフを取り出して思い切り切りつけた。切りつけられたゴブリンは灰になり、魔石を落とした。
だが、拾う暇なんてない。その後方からは大勢のゴブリンが迫ってきていた。
「くそっ。これを相手にするのはさすがに厳しいな。いったん隠れよう」
そういって、小さな一本道を、ゴブリンとは間反対の方向へ走っていく。
だが、目の前からもゴブリンが来ていた。
挟み込まれた!
一瞬の判断ミスにより、ゴブリンたちは僕の周りを取り囲んだ。
「魔法が使えれば....!」
僕のようなEランク冒険者のほとんどは、魔法なんてつかえない。なんなら、Dランクの冒険者だって使えるか怪しいぐらいだ。
ただ、魔法というのは炎だったり風だったりと、様々な魔法がある。範囲攻撃だったり、単体攻撃用だったり。と。こういう場面で範囲攻撃の魔法を習得していれば、手っ取り早くダメージを与えられるのだが....。
思わず強くナイフの柄を握る。
「行くぞ...!!」
四方八方からくるゴブリンを、一匹一匹丁寧に処理する。しかし、これで軍勢なんて止まるはずもなく、やがて、僕のスタミナがなくなるほどまでに疲弊してしまった。
80匹いた軍勢を、22匹まで削り切ることに成功したのだが、さすがに僕もノーダメージというわけではない。左肩には、木の棒で叩かれたせいでできたあざがあるし、様々なところに切り傷だって出来ていた。
思わず膝をついてしまう。
そんな時、向こう側から大きなゴブリンが一匹現れた。さっきいたゴブリンの4倍くらいだろうか。それぐらい大きなゴブリンだった。
これが、親分か。
ナイフを構えるが、その刃さえも刃こぼれを起こしている。まともに切れるかどうかも怪しい。
「うおおぉぉぉ!!」
ナイフを、ゴブリンの胸に突き刺そうとしたが、腕につけていた甲冑によって難なく防がれる。そしてその代わりに、重たい一撃をもらってしまった。
今一度構える。だが、視界がぼやけ、親ゴブリンの動きがまともに視認できなくなる。そしてそのまま、親ゴブリンの一撃をもろに食らう。僕は、ついに倒れた。
なすすべなし。命の瀬戸際。こういった言葉は、この時の状況を表す点に作られたのだと、ふと思った。
なんで冒険者になった?
ダンジョン内なのに、優しいそよ風が吹く。
それは...。
あの人みたいになりたかったんでしょ?
瞬間、あの人の背中姿が思い浮かんだ。僕をあの境地から救ってくれた人。どんなに苦しくても、絶対にあきらめない。自分がどうなろうと、身を挺して僕を守ってくれた。
なるんだ...。僕も、あの人みたいに.......!!
震える体を起き上がらせ、構える。
「どんなにみじめでもいい!どんなに殴られてもいい!!あの人になるためには、ここで、ここで。お前に勝たなくちゃいけないんだぁぁ!!」
僕の思いをナイフに込めて、思い切り飛び出す。僕の足はまるでばねのようで、信じられないほどの速度で走っていた。
防御する親ゴブリンの背後をとって、切りつけ、反撃するところを予測して隙だらけの場所めがけて切りつける。
途中で殴られて蹴飛ばされたが、関係ない。視界が悪くたって、関係ない。今は、こいつを倒すことだけを考えるんだ!!
ゴブリンの頭に飛び乗り、脳みそめがけてナイフを突き刺す。親ゴブリンは必死に僕を払おうとする。けれど、絶対に離れるわけにはいかない。
最後に僕はナイフを抜いて、思い切り親ゴブリンを真っ二つに切った。
力を出し切った僕は、体から力が抜けて思い切りしりもちをついた。
ゴブリンたちは恐怖したのか、僕をおいてきた道を戻っていった。
「や...やった..んだ」
「ゼレス君!!」
ゴブリンたちと入れ替わるようにして、シーラさんが現れた。視界がぼやけてよくわからないが、僕を見つけるなり、泣きそうな目で走ってきたということはわかった。
「ダンジョンボスは?」
「僕が...倒しましたよ」
誇らしく、そして満面の笑みで、僕は言った。
「ダンジョンボスを...!?いえ、話はあとね。というかゼレス君、骨が何本もおれてる。こんなんでよく戦えたわね」
「へへ...。無我夢中でしたから」
「待ってて、今回復するから」
ガサゴソと、シーラさんはバッグから何かを探し始めた。
英雄様。あなたは今、何をしていますか?僕は今、あなたにあこがれて冒険者になりました。Eランク冒険者だけど、いつかあなたに追いついて、一緒に旅ができることを願っています。またいつか会いましょう。
そうして薄れゆく意識の中、僕はそんなことを思いながら瞼を閉じた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!執筆速度は遅いですが、これからもこのシリーズを続けていこうともいますので、ブックマークをして待っていただけると嬉しいです。
これからもこのシリーズをよろしくお願いします!