青い瞳の少年
「お父さん、信じてくれないの?」
息子のことを信用したい。
しかし、いくらなんでも出来すぎている。
長男の射千が、リビングからこちらをじっと見つめる。
父親の沖田卓檬は首を横に振る。
「3回も海月が事故に遭うなんておかしいだろ!」
「あなた、いい加減にしてよ!」
「そうだよパパ。ボクは大丈夫だから、お兄ちゃんを責めないで」
妻の翠と次男の海月が長男の射千をかばう。
頭に大きな包帯を巻いていて、すこし血が滲んで、包帯の一部がピンク色に染まっている。
最初に起きたのは、射千と海月が家の中で遊んでいたときのことだ。射千が階段の上から室内用の植木鉢を倒し、途中にいた海月に当たった。階段の下まで落ちた海月は変な落ち方をしてしまい、左腕を骨折した。
2回目は1年前、近所の工場でピットブルを飼っているが、射千が海月をそそのかして工場に一緒に忍び込んで海月だけが足を噛まれて今もその傷痕が残っている。
そして、今回、野球のリトルリーグの練習試合で、エースで4番の射千の球をデッドボールで頭に受けた海月は、救急車で搬送されたが幸い異常はなく、大きな病院で念のため脳の精密検査を受け、先ほど帰宅したばかりだ。
長男の射千は、同い年の子たちと比べて背が高く運動神経もいい。運動会では目立つし、何をやっても一番になる。クラスの人気者で勉強もできる。毎年、担任の先生がベタ褒めするので気持ち悪いくらいだ。
そしてそんな自慢の息子が、父親の卓檬は苦手だ。
今に始まった話ではなく、息子が生まれたその日から……。
青い瞳をした赤ん坊。
両親、祖父祖母など遡っても、青い目の遺伝はない。
妻の翠は、斜向かいのご近所で小学校に入って以降、家族ぐるみの長い付き合いをしている。そんな彼女は大学卒業と同時に結婚予定だった3月に1週間ほど単身で北海道に旅行に出かけたことがあった。今、思えばマリッジブルーにかかっていたのではないか考えられるが、いまだにそのことについて尋ねたことはない。
翠が北海道から帰ってきて数か月で妊娠が判明して長男の射千が生まれた。それからずっとわだかまりのようなものが残っている……。
「卓檬。子どもってのは、たくさん痛い目に遭って強く育つもんだ」
「父さん……」
卓檬の父、一角。射千と海月にとっては父方の祖父に当たる。
沖田家は、一昨年実家を建て替えたばかり。
一角の妻であり卓檬の母は3年前に病気で亡くなって年を取ってきた父親を一人で住まわせるわけにはいかないので、二世帯住宅という道を選んだ。
一緒に夕食をとるため、こうやって子どもの話にも口を突っ込んでくる。
自分で乗り越える力を身につけさせることこそ親の務めだと、昔から持論を展開するが、間違ってはいないと卓檬も思う。だが、長男の射千はどこか異質だ。親父の言う枠の中には収まっていない。そんな気がしてならない。
「海月、頭を水に当たらないように気をつけながらお風呂に入ろう」
「あっ、お兄ちゃん、待って!」
話が中途半端になってしまって、兄弟が仲良く風呂に入るべくリビングを後にした。
「それはそうと卓檬。明日は蒼海丸をベルガに任せるからサポートを頼む」
「ちょっと、父さん。ベルガにはまだ船長は早いんじゃ」
「大丈夫じゃ、他の船長もあやつは目も腕もいいと言っておる」
沖田家は代々、漁師の家系で、この小間港では船を最も多く所有している。
ベルガというのは、アイルランド系アメリカ人で日本に英語教師として来日したそうだが、テレビの特番で見たマグロ漁師に憧れて、この街にやってきて、父一角に朝の競りで直談判して、沖田家が所有する釣り漁船の一員に加わったと聞いている。
──翌朝。
「おはようございマス。卓檬サン」
「おはよう、ベルガ。親父から聞いてるよ」
「ハイ! 今日は仕立て船で、女性客が3人だけですね。頑張ります」
今日から蒼海丸の船長になったベルガ・ウッド。
先週、持病が悪化してしばらく入院することになった源田さんの代わりにまだ船に乗って数年と日も浅いのに船長に抜擢された。
蒼海丸は遊漁船というレジャー目的でお客を乗せる船として使っており、沖田家で3隻保有している船の内の1隻。
「外国人の方が船長なんですか? すごーい。撮影はじめてもいいですか?」
最近流行りの釣りガールの配信。時代の流れにそろそろ取り残されそうな気がする。
「じゃあくれぐれも安全第一で」
「わかってマース。卓檬サン心配性ダネ」
まあ、ライフジャケットも船に乗る前に着用してもらっていて、今日は波もほとんどなく、天気も薄い雲に覆われている絶好の釣り日和だ。今日釣行できる釣り客はかなりラッキーというべきであろう。
ベルガが受け持つ船をクロスチェックのために点検を行い、隣に停泊してある自分の船に乗り移ると、他の船員が準備を終えていたので、漁港から沖に出た。
その日の夕方。
「ほとんど釣れなかったのか? どこに連れて行った?」
「3の沈み瀬デース」
「他は?」
「そこだけデスネ」
一か所に丸一日留まって、釣果がサバ2匹とは少なすぎる。釣れない日もたしかにあるが、魚の反応がいまいちなら、普通は何か所か移動するものだが……。
「お客さん。すみませんね。あまり釣れなくて」
「いえ……今日はすごく満足でした。ベルガさん……また来ます」
「いつでも来てネ! 今度はもっと満足させてあげマス!」
そうか?
客がそう言うなら、別にそれでかまわない。
女性客は3人とも頬がすこし紅潮している。熱中症にでもなったら、ウチの評判が下がってしまう。塩キャラメルやスポーツドリンクを勧めたが、要らないといい、車に乗ってとっとと帰ってしまった。
その日の夜。例の女性客の動画が上がっているのを風呂上りに見てみた。
船がポイントに向かっている途中で魚を2匹釣ったのと帰りの船上の様子を短尺で編集されていた。
:ヤラれたなw
:あの外人、絶対デカそうだもんな
:3人同時って、絶倫が過ぎる!
:釣りに行ったのに巨大な太刀魚に喰われてるの草
:帰りの船の中、腰が立たなくなってんじゃん! どんだけよ
動画への書き込みがエライことになっている。子ども達に後で見せようと思ったが、できなくなった。
あれはそういう状況だったのか。ぜんぜん気づかなかった。言われてみればたしかに3人ともどこか色っぽさを感じた。他の動画より、短いのにバズっている。ベルガの奴。いったいどうやったら女性3人と同時に関係を持てるのか?
「あなた。海月が夕飯まだだから呼んできて」
「ああ、わかった」
先ほど入れ替わりで海月が風呂に入った。今日はめずらしく射千が父親と入りたいと言いだしたので、海月は今頃ひとりで入浴しているはずだが、たしかにいつもより時間が掛かり過ぎている。風呂場に様子を見にいって、浴室のドアをノックしたが、返事がないので開けた。
「それ、どうした?」
「パパ……これ元に戻らなくて」
海月のアソコの皮が剥かれていた。ぎゅっと締め付けているらしく先の方が青黒くなっていた。先週一緒に風呂に入った時は、まだ皮を被っていたのだが……。