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2人だけ(3)

私の耳元への囁きで目を開けたアルベルト王太子は、ブルーの瞳をパチリと開けてつぶやいた。


「くすぐったい。やめろ」


私は驚きのあまりに動きを止めた。

「誰だ?ジャックじゃないな?」


ゆっくりとアルベルト王太子の瞳がこちらに向き、私に焦点があい、薄暗い病室の中にいる私の姿を捉えた。


「君は……フローラ?」

「はい、フローラです。覚えていますか。列車事故でたくさんの人が亡くなったのです」


アルベルト王太子は私を見つめて掠れ声で言った。


「列車事故?あぁ、食堂車に乗っていて、投げ出された時か……ジャックはどこだ?」

「ジャックとシャーロットは亡くなりました。食堂車にいた人間で生き残ったのは、私とあなただけだったそうです」


私の震える声が虚しく病室に響いた。

「亡くなった?」


アルベルト王太子は目をしばたいていた。そこにシャム猫がそっと寄り添った。


「あぁ、ユーリー。お前は生きていたか……何人亡くなった?」

「621人だそうです」

「魔力の供給を受けることができる富裕層ばかりがあの食堂車にいたはずだ。俺たち以外が皆亡くなるのは、明らかに変じゃないか」



アルベルト王太子の言葉で、私も黙った。

――そう。絶対に変だ。食堂車にいた他の人がみんな亡くなるはずがない。そんなはずがない。


「時計?」

「時計、ですか?」

「ほら、君があの時、古物商からケーキ屋でもらった時計の話をしていただろ?」

「これですか?」

私は腕につけている時計を見せた。


「そうだ、その時計だ。助かったのは時計をつけていた君と、君を衝撃から守ろうと抱き寄せた俺。そして猫のユーリー。この状況では、荷物を運んでくれていたあの者たちも亡くなったということだろう」 


「えぇ、そう聞きましたわ。王家の関係者ではアルベルト王太子様だけが助かったと新聞で読みました」

「君の足はどうしたんだ?なぜ君は箒を逆さまに抱えて、車椅子に乗ってここにいる?」


アルベルト王太子は私をまじまじと見た。

「足がダメになってしまったのですわ……自力で車椅子に乗ってあなたを探しにきました。箒の柄で床を漕ぐようにして病棟の廊下をやってきたのです。今日で事故から5日経ったようです」

「君を裏切ったクリスはどうした?」



「毎日やってきて、嘘っぱちの愛を私に囁いています。今日、父がきたのですが、父と2人きりで話すことはできませんでした。婚約解消の話をしたいのですが、昼間は頭がぼーっとしてウトウトしてしまうのです」

「クリスは君に眠り薬でも使っているんじゃないか?」

 

ギョッとすることをアルベルト王太子が言い、私は無言になった。

――ありえるわ。彼ならやるかもしれない。


不意に涙が込み上げてきた。

事故以来、ずっと乾いたままだった涙が、アルベルト王太子と話したら安堵のあまりに溢れてきた。


――戻りたい。事故の前に戻りたい。


「おいで」

アルベルト王太子は泣きじゃくる私に優しく言った。

 

私は頭だけベッドの枕元に寄りかかった。足が動かないのだから、それ以上は自分からは近づけない。

アルベルト王太子は体をゆっくりと起こした。そして、私の体に身を屈めて抱きしめてくれた。


惨めで悲しくて最悪な気分だった。一生車椅子だ。クリスに立ち向かう術を封じられているような気分になり、前世のように呆気なく殺されてしまいそうで、私の人生は真っ暗が続いているように感じた。


――なぜこんなことになるの?悲しい。


「よしよし。これが夢なら良いんだけどな。辛いな……思いっきり泣いていいぞ」

シャム猫のユーリーが私とアルベルト王太子の体の下の隙間に潜り込んだ。


「戻りたいの。事故の前に戻りたいの」

私は泣きながらそう言った。


 

「戻れるものなら戻りたいよな。気の済むまで泣いていい」


アルベルト王太子の優しい声が私の耳元で囁いた。肩を抱かれて、私は嗚咽を漏らした。車椅子生活になった私が心をさらけ出せるのは、アルベルト王太子にだけだった。


衝撃が私とアルベルト王太子の体を襲った。


「うわ!」

「え……?」

「ニャオ」



***



「オズボーン公爵はお元気?」

継母の上ずるような声が聞こえて、私は目を開けた。

グリーンスタットの屋敷からやってきた父と母が、オズボーン公爵の子息であるクリスと私と一緒にお茶をしている時のようだ。


クリスと継母の視線が絡み合うように重なり、私は違和感を感じた。何だかいやらしい重なりに思えた。


――2人は元から知り合いだったの?


「えぇ、相変わらず元気ですよ」 

クリスが馴れ馴れしい口調で継母に答えている。


車椅子でアルベルト王太子の病室にいたのに、なぜか私は元気に歩ける状態で、過去の時間にいるようだった。


「フローラ、社交界には形だけでもデビューするんだ。結婚発表はその後でいいから」


優しい笑みを浮かべている父の言葉に、私は素直にうなずいた。

「お父様、分かりましたわ」


これは、今年の3月に父と継母がエイトレンスにいる私たちを訪ねてきてくれた時のようだ。学院がお休みの日曜日の朝に、このカフェでクリスと父と継母とお茶をした。


――この時、確かソフィアが粗相をするわ。

父と母とクリスと一緒に、カフェの外に待たせていた馬車の方に向かっている時、ソフィアが転びかけて、クリスが抱き寄せてソフィアが転ぶのを食い止めた。

 

――あの時、やけにベタベタとソフィアの体にクリスが触るなと思ったのよ。明らかに胸に触っていたわ。


記憶通り、皆でカフェを出た後に先に継母と父が馬車に向かい、その後ろを私とクリスが歩いていたが、私の背後にいたソフィアが悲鳴をあげた。


「キャッ!」

「おっと」



ソフィアが転びかけて、クリスがそんなソフィアを抱き止めていた。私の視線はしっかりと捉えた。

クリスはソフィアの胸を触った。不必要に体にベタベタ触っている。


――やっぱり!

――この時にはもう、2人の関係はできていたのね!


苦々しさでどうにかなりそうだ。ずっと騙されていた。何も知らない私はクリスにぞっこんだったのに。


3月のまだ弱々しい太陽の光に私は喜びを感じた。春が来ている。


――え?ちょっと待って……アルベルト王太子の病室にいたはずなのに、時間が巻き戻っているのだわ!


私は周りの景色を確認した。亡くなったはずのシャーロットは、ニコニコとして私のそばにいた。私はギュッとシャーロットを抱きしめた。彼女の天然の巻き毛の前髪から覗く瞳が、私の行動に驚いて見開いた。


「どうしましたかっ!お嬢さま?」

「なんでもないわ、シャーロット!」


私は嬉しくて叫びたくなった。何もかもが新鮮に見えた。


「フローラお嬢さま?そんな時計をお持ちでしたか?」


シャーロットは自分に抱きつく私を不思議そうに見つめて、小声で私に囁いた。


――やり直しの証拠に、私はあの時計を着けている!


私の腕には、例の翡翠の石の嵌め込まれた時計があった。

もちろん、今年の3月に継母と父に会った時にはしていなかった時計だ。私は事故の前に確実に戻ってきたようだ。


――そうだ!アルベルト様に会いに行こう。どちらにいらっしゃるか分からないけれど、ジャックのいる場所なら分かるわ。日曜日の朝は寂れたザットルー寺院にいるはず……。そうアルベルト様はおっしゃっていたわ。



「お父さま、後でホテルに伺いますわ。ソフィア、今日私は一日中外で過ごすわ。あなたは学院の寮のあなたの部屋に戻っていていいわよ。シャーロットを今日は連れて行くから」


私の言葉にソフィアは嬉しそうな顔をした。クリスもだ。

――いいわよ。たっぷりと油断しなさい。後でお父様を聖ケスナータリマーガレット第一女子学院の教会の塔に連れて行ってあなた達が何をしているか、見せるから。絶対に婚約破棄するわ。


私はソフィアとクリスに心の中で毒づき、辻馬車をつかまえることにして、走るように賑やかな通りに向かった。

シャーロットが慌てて私の後ろを追ってきた。


――事故の原因を調べるのよ。それにはまずアルベルト様に会わなくちゃ。




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