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2人だけ(1)

――お腹が空いて、ワインが回るわ……。


私は食事のメニューを見ながら、ケーキとステーキを頼んだ。

「ケーキとステーキとコーヒーは一緒に持ってきてくださる?パンはいらないわ」


礼儀正しいウェイターは怯んだ様子を見せた。シミひとつない真っ白な制服と黒いベストを着たウェイターは、サッとアルベルト王太子に視線を走らせた。アルベルト王太子はおおらかに頷いて見せた。

 

――まぁ作法は気になるけれど、こうなったら好きなものを好きなように食べるわ!


「うん、食欲があることはいいことだ。私にも同じものを同じように持ってきて欲しい」


慇懃なウェイターにアルベルト王太子も同じものを頼みながら、私を見つめてにっこりと微笑んだ。面白がっているようだ。


「つい先週、ある古物商に繁盛しているケーキ屋で会いまして」

「は?話の流れが読めないんだが。それがどう浮気者の恋人に命を狙われているという話につながるんだ?」

 

頼んだ料理が届くまでの間、私はワインを飲みながら、正直に話すことにした。アルベルト王太子のあまりの美貌に全く慣れない。胸が不覚にもドキドキする。


「あのシャム猫はあなたの?」



「そうだ。ユーリーという名だ。元は捨て猫だったのを私が拾った。あぁ、そういえばエイトレンスの古物商の前で拾ったんだ」

「あら。私はケーキ屋でその古物商に時計をもらったんです」

「タダで?」

「えぇ、タダで。これがそれですわ」


私はテーブルの上に古びた時計を出した。これが何なのか、もらった時はさっぱり分からなかった。だが、今なら分かる。前世のダンジョンでの出来事を思い出したから。


――これは、私の時計だったのよ。思い出したわ。


デスゲームとも言える前世の第三特殊部隊の勤務中につけていた時計だ。先週、ケーキ屋で偶然会った奇妙な古物商が私にくれた時は、全然何のことか分からなかったが、前世のクリスの蛮行を思い出した今はわかる。


これは、以前の私の時計だ。


「信じてくれなくてもいいですけれど、これは私が以前つけていた時計なんです。前世でもクリスは浮気していて、浮気に気づいた私をお金目当てに殺したのですわ」


アルベルト王太子はみじろぎもせずに、私を見つめていた。


「今日、聖ケスナータリマーガレット第一女子学院でクリスが私のメイドと隠れて抱き合っているのを見た時に、そのことを思い出したの。オズボーン公爵家の資産と、私の相続する資産、どちらが大きいかを考えれば、謎が解けるわ。クリスは私のお金を狙っている。愛が無いのに、私に愛を囁き、私のメイドと寝ている」



――もうヤケクソだわ。この超絶美形のアルベルト王太子が信じてくれなくてもいい。誰かに聞いてもらわないことには、気持ちの整理がつかないのだから。


氷の貴公子は黙り込んだ。


「君に魔力はあるの?」

「まさか。ないですわ。魔力の供給を受けています。そういえば、ブランドン公爵令嬢はとんでもない魔力の持ち主でしだよね?」


――黙りなさいっ!彼の傷心にこれ以上塩を塗るべきではないわ。


私はワインに酔いすぎていると自分を内心叱責した。


「ごめんなさい。余計なことを口走りましたわ。もう、黙ります」

「私にも魔力はない。前世の記憶か……。クリスは前世でも君の恋人で、君を裏切って浮気をしていて、さらにそれに気づいた君を殺した……?」

「えぇ。一言付け加えますけど、私は正気ですわ」

 

さっきのウェイターが、ケーキとステーキとコーヒーを同時に運んできたので、私たちは2人とも口をつぐんだ。ウェイターにアルベルト王太子と私がクレイジーな話をしていたと吹聴されてはかなわないのだ。



「私がディアーナに振られた理由は、私が何度も何度も浮気したからだ。そして、彼女を諦めきれずにザックリードハルトまで追いかけて行ったんだ」


もぐもぐとケーキとステーキを頬張る私にアルベルト王太子もステーキを食べながら小声で囁いた。


「ジャックも母も父も知っていることだから、君には正直に言うよ」

私は目をぱちくりとさせて見せたが、黙々と食べ続けた。


「振られて当然ね」

冷たくそう言うと、彼は苦笑いしてうなずいた。


「そうだ、振られて当然なんだ。でも、彼女が今でも大好きなんだ。だから、逃げる恋人を追う男の心理は分かる。だが、君にお金目当てで近づいて騙していたとなると、私とオズボーンとでは話が違う。動機が違う」

「えぇ、そうですわ」


私は苦いコーヒーを一気に流しこんで、囁いた。


「ぜんぜん違う。あなたは今でも振られた相手のブランドン公爵令嬢を愛している。他人の妻になったのに」

「手ひどいな……そう。他人の妻になった人を今でも忘れられないんだ」

「そこには愛があるわ。あなたの未練はお金からくるものではない、シンプルに愛のために未練があるのよ」



私たちの見解が一致して、互いにもぐもぐしながらうなずきあった。

「でも、だったらなぜ浮気したの?」

「あぁ、それを言われると、本当に立場がない。不徳の致すところだ。もう絶対にしないよ」

 

一気に食べた私たちはコーヒーを飲みながら、窓の外を見つめた。美しい田園風景に心が洗われる。


「君の奇妙な話だが、信じよう。知っている?ここにはエイトレンスの王位継承権を持つ人間が沢山乗っている。私たちが一緒のテーブルで食事をしているのを見て、明日には新聞に記事が載ってしまう。君は平気?」


私はその可能性を全く考えていなかったので、絶句した。驚いてコーヒーカップを落としそうになった。


「君が婚約解消したいなら、一役買う。ディアーナと別れてから、大勢の人に注目を浴びながら、私がレディと食事をしたのは君が初めてなんだ。多分1年ぶりぐらいだ」

「え?」


――うっそでしょう?待って……待って……よく思い出して。学校のみんなはなんて言っていたかしら?



私はアルベルト王太子がヨーロッパ中で大人気の独身男性だと知っている。彼が婚約解消した女性は隣国の未来の王妃の座についた。既に人妻だ。その後、彼は独身を謳歌しているが、恋の噂はゼロだった。


――そうよ。彼は誰ともデートしていないわ!私が1年ぶりのゴシップの種!?


ジャックと同じテーブルにいるシャーロットを振り向いた。2人は楽しそうに談笑していて、私の方を見てにっこりと微笑んだ。


――ジャック!あなた、秘書官としてわざとやったの?失意のアルベルト王太子のそばに私をわざと居させたの?


最初にアルベルト王太子の車両に私を誘導したのは、ジャックだったはずだと思い出して、私はため息をついた。


周りをこっそりと見まわした。豪華食堂車にいる貴族や著名人たちは、私とアルベルト王太子の様子を密かに伺っている。皆がチラチラ見ているのに気づいて、私は深呼吸をした。空気が足りない気がした。


――気づかなかったわ……。



氷の貴公子の新たな恋人候補として、自分が注目を浴びてしまっていることに青ざめた。



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