次は「女神」と(1)
あの日、ウォーターミー駅で豪華寝台列車に乗った私たちは無事に小さな漁村に造られた広大なリゾート地まで着いた。私たちは誰も死なずに、事故も起きずに、始まりの場所から先に進むことができたのだ。
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エミリー・ブレンジャー子爵令嬢は妹アリスの嘆願で絞首刑だけは免れた。しかし、国外追放されて二度とエイトレンスに戻って来れなくなった。
氷の貴公子と私の結婚式は間もなく近づいている。私は刑務所にいる元ガトバン伯爵夫人に会いに行った。私の元継母だ。
私は彼女に快く思われていないとずっと思っていた。彼女はクリスと結託して、ガトバン伯爵家の財産を手に入れようとしていたと取り調べで白状した。
王立魔術博物館の「闇の禁書」を閲覧したのは、いざという時に禁書の一つである「時の書」を使って、過去に時間を戻して事をやり直せるようにするためだったと白状した。
だが、結局「時の書」をエミリーも元ガトバン伯爵夫人も読みこなせかったようだ。
独房にいる継母は哀れを誘う姿になっており、私も少し心が痛んだ。
「フローラ、ここから出してちょうだい。あなたには本当に悪い事をしたと思っているわ!」
私を見るなり元継母は言った。
「クリスがあれほど愚かな計画を立てているとは知らなかったのよ」
元継母は涙を流して、両手を胸の前で振り絞って私に懇願した。彼女はひどくやつれていた。父のお金を湯水のように使って美貌やドレスに大金を注いで着飾っていた頃とは、大違いの容貌になっていた。
「クリスと関係を持ったの……?」
私は一つだけ確認したかった。誰にも聞かれずに、そのことを確認したかった。
父はひどく落ち込んでいたが、王家の花嫁となった私の前では気丈に振る舞っていた。だが、内心は再婚した妻に裏切られていたことが父にひどいショックを与えていた。
エミリー・ブレンジャーはクリスとはまだ深い関係になっていなかった。
今世で私を裏切ったのは、ソフィアとクリスだけなのか、どうしても最後に確認したかったのだ。元継母は私とクリスの婚約を知っていた。娘の婚約者と関係を持つという恐ろしい事をしたのか、知りたかったのだ。
「クリスと男女の関係を持ったのかしら?」
「……!」
元継母は黙りこんだ。
私はそれで全てを悟った。
あの修羅場の夜に追い出されたソフィアは路頭に迷って既に亡くなっていたことが後で分かった。
「私はあなたを助けることができません。お父さまがどれほどショックを受けたかあなたなら分かるでしょう?」
私はじっと自分の腕時計を見た。
――クリスは私を最終的に殺すつもりだったはずよ。財産だけが狙いだったのだから。
「あなたは……私の社交界デビューの支度の手伝いに行くと言いながら、エミリー・ブレンジャー子爵令嬢とクリス・オズボーンの計画を助けていた。彼らの手伝いを続けていた。あなたは、クリスが私を……私を……」
声が震えてしまった。
「クリスが私に手ひどい事をして裏切ったまま結婚をして、伯爵家の財産を手にいれるために、私をこの世から消すつもりであることをあなたは知っていたわ……」
私の言葉に元継母は黙っていた。
「私は許さないわ」
私は静かに元継母に背を向けた。
「ごめんなさい。私は力になれないわ」
刑務所から私は泣きながら出てきた。継母はいつか自分を受け入れてくれるとずっと思っていたから。でもそれは最初からあり得ないことだったのだと悟ったから。
今、どうしたら良いのか分からなかったから。
クリスが病院で目覚めたと聞いたのは、それから数日後のことだった。私は見舞いに行った。
病室に現れた私を見てクリスは心底驚いた顔をした。
「お金のためにおばあちゃんの遺産口座を取ったわね。忘れていないわよ」
私の顔を穴が開くほど見つめたクリスは言った。
「君は……第三連特殊部隊のオリヴィア?」
――もしかして思い出したの?
「……ええ、そうだけれど」
「なんで君が生きているんだ?」
「死んだはずの私はこの世界でとても幸せに生きているわ。ところで、あなたの足と手は動くのかしら?」
「いや、動かない」
クリスの言葉に私は深い満足を覚えた。
「フローラとして伝えるけれど、ソフィアは隣の街外れで亡くなっているのが見つかったわ。お気の毒に」
私はそれだけ言うと、病室を出た。
『あなたは死なない程度に本物の魔力をまとっていたようだけれど、トケーズ川のモヤに魔力を隠す前にソフィアに少しは分けてあげるべきだったわね、残念だわ…不誠実さがどこまでも貴方らしくて涙が出るわ』
クリスに背を向ける前に、私がクリスの耳元で囁いた言葉だ。
数秒後、後ろからクリスの絶叫が聞こえた。
病室の外にはオズボーン公爵が立っていて、私に挨拶をしてくれた。
「ザヴォー・ストーンリゾートを買い取ってくれて本当にありがとう。あなたには本当に申し訳ないことをした。そして、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
私は晴れ晴れとした気持ちで病院を出た。私が運ばれて車椅子生活をしていた病院と同じ病院だった。
エイトレンスの首都テールを横断して流れる国際化線のトケーズ川上空にはモヤひとつなく、青く晴れやかな空が広がっていた。
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