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逃げてね(3)

馬車は猛スピードで駅に向かって通りを走った。

「魔力」の供給を行う配達人が街中に配達を行う時間で、「魔力供給馬車」が忙しく配達に奔走している様をあちこちで目にした。


馬車の窓から後ろを振り返って、クリスの馬車が見えなくなったことを確認してホッとした。追手を振り切ったようだ。


往来には貴婦人や紳士、忙しそうな労働者が歩いていたが、私たちの馬車が慌てて走り去る様子を眉をひそめて見ていた。公園の周りの大きな通りを馬車はひた走り、駅に向かう混雑の波に飲み込まれて速度を落とした。


「ソフィアは置いてきてしまいましたが」

「えっ……」


私は事情を知らないシャーロットがソフィアの心配をし始めても、なんと言うべきか分からなかった。ソフィアが私を裏切って、私の恋人と隠れて愛を囁きあっていたことをシャーロットに話せると思えない。


婚約破棄の理由を問い詰めたられたら、継母には話さなければならないだろう。眉を吊り上げて私を見下すように見る継母は、私がソフィアとクリスの裏切りを告白したらなんと言うのだろう。


私は首を傾けてうなだれた。

自分が情けなかった。


ふと、前世で死んだ時の修羅場を思い出した。

――若い裸の女は誰だったのかしら?クリスはゾッとするほどそっくりなクリスだったけれど、メイドのソフィアはあの時の若い女とは似ても似つかないわ……。


あの時のダンジョンで感じた現実感のある生々しい感覚が私に残っていた。前世でクリスは私を銃で撃って殺した。

絶対に忘れられない感覚だ。

「魔力」の供給を高めてもらって、この前世の忌まわしい記憶を捨て去りたい。



――ガトバン伯爵家の有する広大なグリーンスタットの屋敷まで逃げられて、正式に婚約破棄をすることができた暁には、絶対に前世の記憶を捨て去ろう。そのためには魔力でもなんでも買うわ。


フローラ・ガトバン伯爵令嬢としての人生は、幸運な光に満ちていた。人を疑うことも知らなかった。聖ケスナータリマーガレット第一女子学院に15歳で入学した時、父に誇らしげに私は宣言したものだ。


「卒業しましたら、一生お父様のおそばにいますわ」

文字通りそうなるはずの人生だった。


継母が現れても、私の幸運な人生に陰りはないと思っていた。

――お父様が選んだレディですから、きっといつかは仲良くできるわ。


私はそう信じ込んでいた。


裕福な女後継人として育てられた私のところには将来有望な若者が求婚してくるはずであり、オズボーン公爵の嫡男であるクリスは数ある求婚者の中の一人だった。クリス・オズボーンは本性を涙のかけらほども匂わせず、巧みに私と父の心に取り入った。


熱烈でロマンティックな彼の求婚に私はすっかり舞い上がり、心はすっかり彼に捧げてしまっていた。体を捧げるのは踏みとどまったが、いつでも捧げても良いと思えるほどに彼のことを愛していた。


戸惑うほどの溢れる愛に翻弄された私は、愚か者なのだ。

もどかしい。

この落胆と悲しみと怖さをどう表現したら良いのか分からない。



馬車は駅に近づいて行っていた。

旅行用トランクは私の足元に置いてあり、シャーロットが心配そうに涙が止まらない私を見つめて背中をさすってくれていた。その間中、私は自分の心がどこかに行ってしまったかのように思っていた。


「女の一生は男では決まらない」


これは私の祖母の言葉だ。

ガトバン伯爵である父を産んだ祖母は、私におまじないのようにその言葉を囁いてくれた。でも、打ちひしがれている今、祖母の言葉は嘘だと私は思った。


――これほど苦しいのだから、人生は男で決まるのではないかしら?


私の心を打ち砕いたのは、私が恋焦がれたクリスの存在であり、彼は前世で私を殺して今世でも私の恋人になり、私を裏切っていた。


忙しく歩き回る人々が賑わう駅に馬車が滑り込み、私とシャーロットは駅に降り立った。ウォルターミー駅は迷路にように線路が重なり合う、複雑怪奇で巨大な駅だ。1日の乗客数が今世紀のどの駅より多いことで有名な駅だ。


「お嬢様っ!あそこに美味しそうな……っ」


私はシャーロットが嬉しそうに話す声が遠くで聞こえた。だが、私は目の前を通り過ぎた男性に目が釘付けになった。


「エイトレンスの氷の貴公子……?」


彫刻のような美しい顔立ちのために氷の貴公子と呼ばれているエイトレンスのアルベルト王太子が目の前に立っていた。


そのアルベルト王太子の背後に、慌てて走ってくるクリスの姿を見つけた。私はとっさに動いた。アルベルト王太子の胸に飛び込む形でクリスから姿を隠そうとしたのだ。


「なに?君はだれ?」

「フローラです。じっとして!!」


私と氷の貴公子が初めてお互いの姿を認識したのはこの時だった。




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